6話 市壁の外は
一部(一応)流血描写があります。
夕食の仕込み前の時間は母さんとリタさんとで厨房は常にバタバタしている。
「あれまぁ、こりゃ随分しおれているじゃないか」
「はぁ……すみません」
リタさんが近隣農家の使い走りの少年に文句を言っている。少年の方はというと謝罪を口にしながらもふてくされた顔をしている。状態の悪くなった野菜を混ぜたのは確信犯だったのだろう。
「ま、今回は良いけど次からは気をつけとくれよ」
彼女も引き際を分かっている。頼まれた野菜を突っ返されては少年の立つ瀬がない。次回からは「うるさい客」として記憶されるだろう。『金の星亭』がこんなちょっとした強気の態度に出られるのも、最近の客入りが良くて仕入れの量が増えたからだ。
俺がこの世界で生活して、気がつけば一年が過ぎていた。その間に、細々ながら経営の改善に向けて動いてきた。目に見える形で結果が出るまでは時間がかかる。小さな誤算や失敗もあったけれど、今のところ上向きの状況だ。宿の全面改装に向けての貯金も出来ている。
「そんなことがあったのか」
「リタさんが上手くやっていたけどね」
仕事終わりの一時に昼間の一件を父さんに話した。
「うむ。近々、農村に行ってみるか」
「父さん……脅すの?」
「……狩りのついでに、野菜の出来を見に農家に顔を出すだけだ」
父さんは呆れたような顔をして答えた。でも父さんが行っただけで抑止力になってしまいそうな気がする。
「それ、ぼくもいっちゃ駄目?」
「お前にはまだ早い……と言いたいところだが、ルカは市壁の外に出たこともなかったな……」
「うん。農村に行くだけでしょ? 野菜を届けてくれるのはぼくよりちょっと年上くらいの子じゃないか」
「しかし、狩りにも行くからな……」
「その時は大人しく村で待ってるから!」
こうして、ようやく俺は市壁の門をくぐるチャンスを設けたのだった。
*****
「よぅ、坊主」
朝食を終えて、農村へ続く南門の前に居たのはゲルハルトのおっさんだった。
「ゲルハルトさん? なんで居るの?」
「今日一日、俺は坊主の護衛だ」
「えー……」
父さんを見上げると、ちょっとバツの悪い顔をしていた。自分でも過保護だと思っているんだろう。
「久々に指名の仕事が来たと思ったら、ガキのお守りとはなぁ」
「ごめんなさい」
「いんや、ツいてる。一日お守りでおまんまが食えるんだからな。ははは」
ゲルハルトはポジティブだった。彼曰く、自分は慎重派だと。迷宮に潜らず、さほど危険もない仕事ならおっさん的には歓迎だそうだ。
衛兵と手続きを取り、南の門を出ると広い一本道が続いていた。野菜や人を積んだ荷馬車が時折行き交う。しばらく歩くと、木の杭と木塀に囲まれた一角と家々が見えてきた。あれが農村か。
「広いねぇ、父さん」
「家がまばらにあるからな」
父さんの身も蓋もない解説の通り、初めて訪れた農村は家が密集した市壁内と比べてぽつりぽつりと民家があり、その周りに畑が広がっている。さらさらと風を受けて揺れているのは麦だろうか。腰をかがめてせっせと草取りをしている女性の姿があった。どこからか鶏の鳴き声も聞こえる。
「まずは村長の所に行くぞ」
俺たちは村でも一際大きい家の一軒に向かった。戸を叩くと、腰の曲がった老人が出迎えてくれた。
「ベンノ爺さん、元気か」
「おお、マクシミリアン。残念だがな、お迎えはまだだよ。一体何の用向きだい?」
「狩りのついでに息子に畑を見せてやろうかと」
笑って良いのかよく分からない冗談と共に、中に通された。クッションのおかれたベンチをすすめられ、そこに座る。ゲルハルトのおっさんがここに座れと膝を叩いていたが無視した。
「お前さんの息子も大きくなったのう……それにどうやら、景気が良いようじゃないか」
「それほどでも無い」
「うちの倅の話じゃ、以前より随分仕入れの野菜を買ってくれると聞いているがね」
「他の宿屋と同じ位だろう?」
ベンノ村長はしわくちゃの指を組みながら、にこにこと笑っている。
「それが出来そうもないから、儂らは心配しとったんだ。お前さんさえ良ければ、いつだってこの村に住んでもいいと言っておったろう」
「それはすまんな……」
村長と父さんは前々から面識があるらしい。確かに、客商売よりは土と共に汗を流している方が父さんには似合う。
「それより爺さん、収穫の方はどうだ」
「今のところ暦通りだな。出来もまずまず、といったところだが……」
「何か困ったことでも?」
「森の猪が増えているようでな。柵を越えて畑を荒らしおった。冒険者ギルドに間引きを頼もうとしていたところだ」
「なら今日の狩りは猪を狙っておこう」
村長は父さんに礼をのべ、また生きているうちに顔を出すようにと言った。だー!だからその手の冗談は、笑って良いのか分からないんですけど!
父さんは村の入り口を出たところで、俺たちと別れて森へ向かった。別に村長宅でお留守番でも良かったのだが、せっかく専属護衛が居る訳で。村の周辺をゲルハルトと散策することにした。だけどもポカポカ陽気に農村風景という、緊張感のかけらもない道中である。
くるりと周囲の景色を堪能して十分俺が満足してから、父さんが消えて行った森が見渡せ腰掛けるのにちょうど良い岩を見つけて、パンと果物を広げてランチタイムにした。
「あのマクシミリアンが、俺に子守を頼むとはなぁ」
モシャモシャと昼飯を食べながら、ゲルハルトのおっさんが感慨深げに言う。「あの」の部分がとても気になる。
「……父さんの若い頃ってどんなだったの?」
「鼻っ柱の強いガキでなぁ。坊主はあいつの父親の話は聞いているか?」
「少しだけ」
「そうか。……坊主の爺さんは俺からしたら化け物みたいな男でなぁ。その父親の背中を追いかけて、とにかく名を上げようとがむしゃらだったな」
結果、取り返しのつかない怪我を負ったが人生はそれでは終わらない。生きていく為には働かなくてはいけない訳で。まだ赤ん坊の俺やお腹の中のソフィーを養う為に宿屋を始めた時は、周囲は大層驚いたそうだ。そうだろうな。
「俺が今も迷宮に潜ってて、あいつが宿屋の主人だとよ。何があるかわかんないもんだなぁ」
その時、草陰から小さな影がこちらに飛び出した。
「坊主! さがれ!」
言うより早く、ゲルハルトは手にした盾で向かってきた何かをぶん殴った。すぐさま剣を抜くと吹っ飛んでいった草むらに突き刺す。
「おい! やっぱ今日の俺はツいてるぞぉ」
嬉しそうにおっさんは角のついた兎を振り回していた。うわ、血が。……一角兎は我が家の食卓にものぼるが、普段はお肉になっている状態でお会いする訳で。ドン引いている俺など眼中になく、ゲルハルトはサクサク血抜きの作業に入っていった。その動きには微塵のためらいもなく、彼もまた歴戦の冒険者であることを物語っていた。
「おおーい! ゲルハルト! 悪いが帰りはコレを運ぶのを手伝ってくれ」
そして、大声とともに父さんも戻ってきた。……片手で首のない猪を抱えて。街中ではなかなかお目にかかれない清々しい笑顔と共に。
「……化け物の血は健在だな」
ゲルハルトのおっさんは遠い目で父さんを見たあと、俺に視線を移した。
「ゲルハルトさん、言いたいことがあったらどうぞ」
「……坊主はどんな大人になるのかね、と」
「ぼくは、がむしゃらに父さんの跡を追おうなんて思ってないですよ」
冒険者ね……。迷宮には行ってみたいけど……剣やら魔法やらの能力以前に俺はグロ耐性をつけなきゃならないみたいだ。
R15つけた方がいいのかなぁ……。次回は4/30(日)予定です。




