3話 レディ・ソフィー
「誕生日おめでとう!」
今日は妹の5歳の誕生日だ。俺の誕生日の時と同じようにお昼にごちそうが並ぶ。
ソフィーへの誕生日プレゼントは、母さんからは小さなピンクのポシェット。母さんは何気にプレゼントの趣味が良い。父さんからのプレゼントは新しいリボン。市場で欲しがってたもんな……。母さんからの入れ知恵なのがバレバレだ。
俺は自分で知恵を絞ったぞ。俺からは……これだ。ソフィーに一枚の紙を渡す。
「おにいちゃん、これなあに?」
「これは、チケットだよ」
「ちけっと?」
「この券で一つだけ、ソフィーの言うことをなんでも聞くよ」
お金をかけないプレゼントっていったら「肩たたき券」くらいしか思いつかなかった。ソフィーの肩を揉んでも仕方ないので、ソフィーのリクエストになんでも答えることにしたのだ。
「ほんとうに~?」
「……本当だよ」
近頃はクラスメイトと遊ぶことが増えているので、俺に対するソフィーの信頼は失墜しているようだ。疑わしげな目線が飛ぶ。
「うふふ、なら魔法をかけちゃいましょう」
母さんは部屋から指輪を一つ持ち出した。それをギュッっと紙に押し付けると、俺のあげたチケットにハンコのように模様が浮きあがった。
「さぁ、これで紙に書いたことが必ず実行されるわよ」
「うわーい!」
かかか、母さん!余計なことを!ソフィーが無茶苦茶なことを言い出したらどうするんだ。
「母さん!」
「心配しないでも大丈夫よ。この指輪の効力はそんなに強くないから。ルカが自分で出来るようなことくらいしかさせられないわ」
ちょっとした契約なんかに使う簡単なものだから、と母さんは……優しげに言っているけどちょっと面白がってるでしょ。
「んー……じゃあねぇー……」
ソフィーはこめかみを押さえて考えだした。
「ソフィー、もうチケットを使う気か?」
「おにいちゃんはだまってて!」
怖い……。今の形相も怖いが、何が怖いかってソフィーが何をやらかすのかが怖い。
「きめた!!」
「……何?ぼく何をするの?」
ソフィーはニンマリと笑うと言った。
「きょういちにち、ソフィーをおひめさまにしてください!」
「お姫様?」
「そう、ソフィーはおひめさま。おにいちゃんは、それをまもるきしさまだよ」
「騎士……?」
漠然としすぎている。そもそも普段からソフィーが転ばないようにとか、迷子にならないようにとか俺なりに妹を守ってるつもりだ。
ソフィーはわざわざ部屋から木剣を持ってきて俺を跪かせると、恭しく肩に剣を添え任命式らしきことまでした。
「……で、一体何から守ればいいんだよ」
「では、ぼうけんのたびにでかけましょう」
レディ・ソフィーは自分から敵に特攻するスタイルのようだ。お姫様はお城で帰りを待つんじゃないのか?
「さあ、うまを!」
「ソフィー、馬なんか居ないよ」
「うまも、おにいちゃんやって!」
えええ……。ソフィーが無理矢理俺におぶさる。たまったもんじゃないと降ろそうとしたが……体が動かない。くっ、これが魔法の指輪の力か。
「さあ、まいりましょうー」
俺の木剣を持ったお姫様は、意気揚々とぺちぺち俺の尻を叩く。
「くそぅ……」
そんな訳で、俺はよろよろと馬……兼騎士として冒険の旅に出るのであった。
「……いないねぇ」
ヘーレベルクは今日も平穏無事である。俺以外は。よって敵など居ない。いつもなら10分で着く広場までの道のりを、ソフィーを乗せてえっちらおっちら随分時間をかけて歩いた。
「もういいだろ。帰ろうよ」
「いや! もうすこし!」
別に良いんだよ、かわいい妹の誕生日だ。ちょっとくらいのわがままならお兄ちゃん頑張るよ。でもそろそろ体力の限界が来るぞ。このままじゃソフィーごとひっくり返りそうだ。
「なにしてんだ? そんな格好で」
そんな俺たちに声をかけたのは荷物を担いだユッテだ。商品を持ってうちに向かう途中らしい。
――そりゃ奇妙だろう。俺はぜいぜい言いながらソフィーをおぶっているし、ソフィーはその上で木剣を掲げている。……なんでお前が剣を持っているんだよ。
「どうしたソフィー? 兄ちゃんに遊んで貰っているのか? でもなんか大変そうだぞ」
「まぁ! これはたいへんなぶじょくだわ! さあ、きしさまけっとうよ! わたくしのめいよのために!」
「……どこで覚えたんだよ、そんなの。ぼく決闘なんてしないぞ」
ソフィーはそれでもぐいぐいと木剣を俺に押しつける。あくまで決闘は騎士である俺の役目であるらしい。喧嘩を売ったのはソフィーだけど。……というかそもそもユッテはそんな大したこと言ってない。完全に言いがかりだ。
「ああ……こりゃあ……」
ユッテはなにか合点がいったようだ。俺にはひたすら理不尽に思えるが。
「ユッテ、何か思い当たることでも?」
「いや、こないだソフィーにおとぎ話をしたろ?」
「……なるほど」
前にうちに泊まったとき、ユッテはソフィーにお姫様の出てくるお話をしていた。これはそのごっこ遊びってことか……にしてはなかなかのハードモードだ。
「適当にやられてやるから、かかってきな」
事情を察したユッテが小声でささやく。ああ!救いの女神様!!
「それでは、いざ尋常に……勝負!」
「ふはははは、小僧! その勝負受けてやろう。我が拳の前に勝てると思うな」
……ユッテ、素手なの?予定調和のプロレスとはいえ、女の子相手にこっちは木剣。全然、尋常な勝負じゃない。
「こないのならこちらから行くぞ!」
「ちょっと、待ってユッテ! ぐえっ」
ユッテが俺の腹にパンチを入れる。続けて蹴りが飛ぶ。なんだよ!ユッテもノリノリじゃないか!!
「きしさま! がんばって!」
ソフィーから無慈悲な声援が飛ぶ。この状況でどうすればいいのか。俺はとりあえず木剣を構えた。構えだけは形になっている。闇練習の成果だね!そしてそのまま振り下ろす。もちろんユッテには当たらないようにね。
「ああ! やられた!」
ユッテがやられた振りをして倒れ込んだ。
「ソフィー姫様、貴女の名誉は守られました」
「ありがとう、きしさまー」
うっとりご満悦の妹の笑顔が迎えてくれた。ええ、お兄ちゃんは頑張りましたよ。……すごく釈然としないけど。
俺はもう、馬はこりごりというか無理なので、なぜか倒された方のユッテがソフィーをお姫様抱っこで家まで帰った。さらにご機嫌のソフィー。ユッテの仕事が仕事とはいえ、体力面で完全に負けているのが悲しい。
5歳の初めの一日を、上機嫌で過ごした小悪魔……もといソフィーは興奮しすぎたのか夜になるとすぐに眠ってしまった。俺が夕食の手伝いで一仕事終えて部屋に戻ると、上掛けを蹴り飛ばして大の字になっている。
俺はそれをかけ直してやりながら眠る妹に語りかけた。
「こんなことしなくてもソフィーはいつでもうちのお姫様だよ」
――その声が聞こえたのかどうなのか、うっすらとソフィーは微笑んだ。
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