7話 ツいてない日と市場調査
「卵を貰えるかな。目玉焼き両面よく焼きで」
「はいよ!」
呪文のような言葉を発するお客の冒険者ヘルマン。これはファミレスバイトのブレックファーストのサービスを参考にした。試しに導入した朝食オプションサービスはポツポツと利用者が増えつつある。主な客層は冬に長期滞在をうちに決めたお客さんたちだ。元々のお客さんにはイマイチだ。
迷宮にあまり行かない冬場に始めなければ、もう少し勢いが出たかもしれない。まぁ、馴れないサービスに厨房がパンクしても困るからこれはこれで良かったことにしよう。
そんな、平和極まりない朝を迎えいつものように登校したのだが……。
「おにいちゃん、そこにすわって」
「はい……」
学校に着くなり、大変不本意だがソフィーから説教をくらっている。朝から機嫌が悪かったが、このところの放置ッぷりにとうとう不満が爆発したらしい。
「ソフィーとあそばないで、どーしてフェリクスお兄ちゃんとばっかりあそんでるわけ?」
「いや、あれは遊んでた訳じゃ……」
「どーしてどーして……うわーーーん」
あーあー。泣き出した。
「分かった、お兄ちゃんが悪かった。だから泣くな」
「うわーーー!」
困った。しばらくはこれ手がつけられないぞ。俺は何度もこれからは一緒に遊ぶと、泣くのはやめてくれと懇願する羽目になった。
「疲れた……」
ソフィーは泣きすぎて、シスター・マルグリットに連れて行かれた。他の友達だっているだろうに。どうも異性のきょうだいの扱いは分からない。
「悪かったな」
原因の一つでもある、フェリクスから謝罪された。
「いや、あれはソフィーのわがままだから」
「じゃあ、ガツンと言ってやれよ」
「ああいうのは嵐が過ぎるのを待つに限る」
達観している俺をなぜか気の毒そうに見るフェリクス。ふん、人生経験はお前より長いんだよ。面倒になって俺は本棚から適当に本を取り出して読み始めた。
「『紫の騎士』……これでいいか」
しばらく読み進めていたが……これ……タイトル詐欺だ!てっきり当たり障りのない活劇物かと思いきやロマンスものだ。それも際どいたぐいの。
誰だよ、こんなものを教会に寄付したのは。分からない単語はちょいちょい出てくるが、先生に聞いたらセクハラになりそうだ。しかたなくラウラやディアナに見つからないように本棚の隅に押しやった。
「今日は早引けしようかな……」
ソフィーが落ち着いたら、早めに今日は帰ろう。何もかも上手くいかない日ってのはある。この学校はみんな来られる時に来ている訳で、授業は自由参加だ。遅刻とか早退とかいう概念はない。
「もう帰っちゃうの?」
上着を着た俺にラウラが聞いた。
「うん、ソフィーがあんなだし今日はもう帰るよ」
「なら私も早めに帰ろうかな」
「ラウラまで?」
「どうせお母ちゃんにお使い頼まれているし、ちょっと市場に寄り道しようよ。ソフィーも機嫌が直るんじゃない?」
市場には父さんと何度も来ているが目的買いばかりでゆっくり回った事はなかったな……。気分転換にはいいかもしれん。
「ソフィー、帰るぞ」
「なんで?」
ソフィーを迎えにいくと、ケロっとして友達と遊んでいた。なんでってお前が泣きわめくからじゃないか……。
「ラウラが市場に行くって。ぼくらも一緒に見て回ろうよ」
「うん! いいよ!」
現金な妹とラウラと連れだって、市場に向かった。今日は10日に一度の市の日で広場中に露店商のテントが立ち並んでいる。屋台からなにやら香ばしい匂いも立ち上って、前世の縁日を思い出した。
「ラウラは何を買うの?」
「塩と、金釘とリボン」
「脈絡ないな」
「リボンは自分用だよ。ルカ君も一緒に選んでね」
長くなりそうな予感がする……。ともあれ、俺たちはまず食料品を並べた露店を覗いた。見たことのない干した木の実、何かの乾燥した草。あれ、あの黒いのは胡椒かな。ソフィーも珍しげに見てまわっている。
「何かお探しかい?」
店主とおぼしき男から声がかかる。
「塩を……。あとあの胡椒はいくらですか?」
「塩はこの升で銀貨1枚。そこの胡椒は一袋で金貨1枚」
胡椒はとんでもなく高かった。そういや昔、世界史で習った。輸送は人力だものな……。ここらへんで採れないものはそりゃ高くもなるか。ラウラはすぐには決めずに三軒ほど同じような店をまわり、一番安かった二軒目の店で塩を買った。
「お待たせ」
「次は金釘か……」
「それは買うところは決まっているから」
露店ではない商店にラウラは入っていく。ちょっとソフィーが飽きてきてそうだったので、店の外で待つことにした。
「ソフィー。人が沢山だなぁ」
「んー」
「みんなこうして店を回って買い物するんだな」
「たいへんだね」
買う物によって店も違うし、いちいち値段を聞かなきゃならないし、相場を知って交渉もいる。賢い買い物はなかなかハードルが高そうだ。
「ルカ君、ソフィー! 次はこっちだよ!」
ラウラの次の目的地もすでに決まっているらしい。ついて行くと、色とりどりのリボンや小さなアクセサリーなんかを扱う小物屋だった。
「これとこれと、これとこれ。どれがいいと思う?」
……差が解らない。微妙な色の違う緑のリボンを目の前にして戸惑う。ただ、どれでもいいよ、と答えたら不正解なのは知っている。前世で学習済みだ。一本一本、ラウラの髪に当ててそのうち一つを選んだ。
「これが似合うと思うよ」
「やっぱり? 私もこれにしようと思ってた!」
なんてスマートな7歳だろう。惚れても良いんだぜ。
「おにーちゃんー、ソフィーもほしい」
「お金持ってないから駄目だよ」
「えー」
えー、じゃない。元々寄り道なんかするつもりじゃなかったからな。何かあった時の為に母さんが入れてくれた銀貨がブーツの底に隠してあるが、こんなところでは使えない。
「今度な、今度!」
「いやーほしいー」
あー!もう、置いていこうかな。イライラしていると、ラウラが申し訳なさそうにした。
「ごめんね……逆効果だったかも」
「ラウラは悪くないよ。ソフィー、欲しかったら父さんか母さんに自分で言いな」
あんまり甘やかすのも良くない。結局、ぐずるソフィーを引きずって帰った。
「ただいまー」
「おかーさん! あのねソフィー、リボンがほしいの」
ド直球だな。予想通り「リボンならあるでしょう」と母さんにスルーされていた。頑張れ妹よ。まず母さんを説得できなきゃ先はないぞ。
夜の仕事を終えて、寝間着に着替えるとここのところ日課になっている木剣を構える。結局俺は剣を振れるところまで行けなかった。それなりに悔しかったので、就寝前にこそこそ闇練習をしている。よろけてベッドの上にこける度に、ソフィーが迷惑そうな顔をしている。
「おにいちゃん、はやくねようよ」
「もうちょっとだけ!」
構えをしながら、今日のことを思い出す。日本の買い物は便利だったな。安いものを血眼で探せばキリがないけど、何がどこにあるかいくらなのかすぐに分かったし、品数も豊富だった。店で見つからなきゃネット通販もあったしな。
今は宿で手一杯だけど、そのうち総合量販店なんて出したら儲かるかもしれん。ノートの片隅にちょっと書き加えて俺は眠りについた。
ブクマ100件越えました。読んでいただいてありがとうございます。