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5話 冬ごもりの冒険者(前編)

 朝、慌ただしくお客さんに食事を出し、掃除をして昼食を食べたら学校へ向かう。そんな毎日を俺は過ごしていた。


「……あ」


 ホコリかな、と思ったら雪だった。どうりで冷え込む訳だ。この日、ヘーレベルクに初めての雪が降った。チラチラと舞うような粉雪が音も無く降り注ぐ。


「さぶいさぶい……悪いけど坊主、ホットワインをくれるか」


 剣士のレオポルトが暖炉の前で手をこすり合わせている。仲間のエリアスやカルラもヘルミーネも同じ物を注文した。四人で暖炉に一番近い席で団子になっている。


「おう……あったかい」

「ふうふう」


 ホットワインを受け取ると一口すすって、彼らは息をついた。


「思ったより早く雪が降ったなぁ」


 そうエリアスがこぼしながらローブの前をかき合わせる。


「この冬はどうするんです? 迷宮(ダンジョン)には潜らないの?」


 そう聞くと、エリアスはかぶりを振った。


「僕らはまだ初心者だからね。冬の間はそれぞれ腕を磨くことにしたよ。僕は魔術の指南を受けることになってる」

「俺とヘルミーネは剣術の道場に通う」

「私は狩りをして過ごそうと思ってる」


 冬になると野営が辛いので、冒険者はあまり迷宮(ダンジョン)に行かなくなる。宿屋の稼ぎ時だが、なにもその間だらだらと沈没している訳でもないのだ。


 ヘーレベルクには、引退した冒険者のやっている剣術や魔術の指南所が数多くある。特に初心冒険者はそういうところに通って腕を磨くのだ。


「若いのにそんなに火の前に集まって。なっちゃいねぇなぁ」


 そんな四人に割り込んできたのはやっぱりゲルハルトだ。そんな風に言っている本人は、モコモコの羽毛入りの上着を着込んで重装備だ。冬仕様という意味で。


「俺くらいになると冬の準備はばっちりだぜぇ。お前らももっと厚着しないと風邪引くぞ。無いなら早いとこ市場に行って買ってくるんだなぁ。明日にはもっと値上がりするだろうよ」

「うう……私、買ってくる……」


 弓士のカルラはホットワインを飲み干すと立ち上がった。他の三人もこれには反論せず市場へ向かうと出て行った。


「ゲルハルトさんは迷宮(ダンジョン)に……」

「あぁ? まぁ気が向いたらなぁ。ただ、冬の間くらいはノンビリするさ」


 ゲルハルトは沈没コースらしい。


「しかし、補修してくれて助かったなぁ。去年に比べればずいぶん過ごしやすい」

「そう、よかった。おかげでこの冬はここで過ごすってお客さんも増えましたよ」

「そりゃなによりだ」


 熱石を薪で炙りながらおっさんは笑った。




「冬ごもりの季節か……」


 積もりはしないが、やみもしない雪を眺めながら薪を運ぶ父さんがつぶやく。


「ルカも剣の稽古をするか」

「んぐっ!」


 ――忘れていた。誕生日プレゼントの短剣?それなら毎晩俺の横で寝てるぜ。


「そ、そうだね……」


 曖昧に誤魔化しながら、俺はソフィーを連れてそそくさと登校した。いやね、父さんの顔が怖いんだよ。初心者にも優しいレッスンとか期待できそうにない。


「はぁ……剣の稽古かぁ……」

「剣がなんだって?」


 そう聞いてきたのはパン屋の息子のフェリクスだ。俺は勉強の進度の関係で割と年長組と過ごすことが多い。


「いや、うちの父さんが俺の剣の稽古をはじめるって言い出してさ……」

「お前のとこの父ちゃん、剣が振れるのか?」

「元冒険者だよ」

「いいじゃねぇか! うらやましい!」


 そんなもんかね。フェリクスはその後もなんやかんや言いながらとまとわりついてきた。ラウラとディアナも呆れて遠巻きに見ている。あぁ……俺の癒やしタイムが……。


「なぁなぁ、ルカ。聞いているか?」


 いい加減鬱陶しい。


「そんなら……うち来る?」

「……! いいのか? 絶対だぞ!」


 すごい嬉しそうだ。でも一度、うちの父さんを見てみればいい。そんな気も失せるだろう。仕方なくフェリクスを連れて下校すると、ちょうど父さんが食堂にいた。


「父さん!」

「こ……こんにちは……」


 へいへいビビってるー。案の定、父さんの風体にフェリクスは怖じ気づいたみたいだ。特に左の義手に目が釘付けだ。


「学校の友達のフェリクスだよ」

「ルカの友達か。どうだ? こいつは学校でちゃんとやれてるか?」

「は、はい。俺たち年長組にも負けないくらい頭がいい……です」

「そうか」


 まぁ、さすがに小学生くらいの学力はあるさ。日本の初等教育はこっちと比べたら段違いだからな。色々問題もあるけど。


「フェリクスは剣を習いたいんだって」

「ほう……?」

「おじさん――オレ、冒険者になりたいんだ」

「……」


 父さんは、何か考えるように顎に手をやって黙った。


「……本気か?」

「はい!」


 その問いに、フェリクスは躊躇無く答えた。


「……学校の後にここに寄れ。ルカと一緒に相手してやろう」

「本当ですかっ!?」

「ただし、親御さんの許可をとれ。出来るか?」


 絶対にとってきます、とフェリクスは噛みしめるように言った。俺は外の大通りまで彼を送る。


「あんなこと言って、大丈夫なの?」

「親の許可か?」

「まぁ、それもそうだけど。うちの父さん絶対容赦しないよ」

「むしろ好都合だ。ルカ、あのな」


 道の角を先に行っていたフェリクスが振り返る。


「学校を出たら……オレは、来年の秋にはパン屋の修行が始まる。だからこれが最後のチャンスなんだ」

「フェリクス……」

「まるでセンスがなければ諦めるさ。でも、何もしないのは嫌なんだ」


 じゃあ明日な、と黒髪の少年は夕暮れの街に消えていった。俺が思っていたよりずっと、フェリクスは本気だった。


 その後ろ姿を見送って家に帰ると、父さんの姿は無かった。


「母さん? こんな時間に父さんはどこいったの。もうすぐ夕食で忙しくなるのに」

「なんかバスチャンさんのとこに用事が出来たって出て行ったわよ。」

「ふぇ?」




 ――帰ってきた父さんの手には真新しい木剣が握られていた。……またバスチャンさんに無理を言ったな。


「ルカ、明日から覚悟しとけ」


 本気の人がここにもいた。俺には選択肢は無いらしい。




*****




「よろしくお願いします! 師匠!」

「師匠……。ん、まあ良いだろう」


 翌日、フェリクスは親の許可をもぎ取ってきた。その目は期待に燃えている。実はフェリクスの家からはこれで諦めるだろうから遠慮なくやってくれ、と別口で伝言を預かっている。


「ではこれを取れ。ルカお前もだ」


 父さん、もとい師匠は木剣を投げてよこす。俺たちは慌ててそれを手に取った。


「まずは構えからだ」


 父さんは一歩踏み出し、愛用の剣を両手に――片手は義手だけど――正面に構えた。ピタリと微動だにせず、隙のない構えだ。


「同じように構えてみろ」


 俺たちはそれぞれ木剣を構える。


「脇が甘い。体重は下に」


 父さんは剣から棒きれに持ち替えて、俺たちの構えの悪いところを指導する。本人は撫でてるくらいかもしれないが、棒で突かれると結構痛いんだけど。


「そのまま、姿勢を維持するんだ」


 俺たちはその日、ただただそれだけをやらされた。


「はぁ、はぁ」

「キツいな……」


 冬だというのに、汗びっしょりだ。体がギシギシ言っている。俺は四つん這いで体を起こし魔法で水を出す。


「フェリクス、汗をぬぐいなよ。風邪ひくよ」

「ああ、ありがとう」

「どう? できそう?」


 俺はできそうにない。というかてんで駄目だった。木剣を持つだけでフラフラしてしまい、何度も怒られた。


「どうもなにもまだまだだろう。まだ剣を振ってもいない」


 弛緩しきった体とは裏腹に、フェリクスの目はまだ爛々と光をたたえていた。


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