4話 少年、学校に通う
自己紹介で早々にスベった俺は冷や汗をだらだらかいている。なんだよ『趣味はお金の計算』って。守銭奴か。よく考えたら、俺には同年代の友達がいない。ここで孤立したらぼっち人生スタートじゃないか……。
その時、救いの手が差し伸べられた。
「ルカ君ー!!」
ラウラだ。にこにこと笑顔で手を振っている。
「ラウラの知り合い?」
「うん、ルカ君のところでお母ちゃんが働いてるの。いい子だってお母ちゃんがいつも言ってる」
「ふうん」
隣の子がラウラに尋ねている。良かった。ぼっちは回避できそうだ。
「じゃあ、二人ともこっちへいらっしゃい。少しお話をしましょう」
シスター・マルグリットが俺たちを呼ぶ。教室の隅の机で俺たちは向かい合った。
「簡単に今できることを聞くわね。ほら、みんな年齢も来る時間もバラバラだし、何を勉強するかその子によって違うの」
言われてみれば、その通り。教室にいる子供たちの年齢はバラバラだ。ちなみに一番小さいのはたぶんソフィーだ。みんな家の仕事もあるし勉強の進度も違うんだろうな。
「ソフィーちゃんはなにがしたい?」
「ソフィーはね、じをおぼえたい! おにいちゃんのおてつだいをするの」
「そう。なにか好きなことは?」
「えをかくのがすきだよ!」
ソフィーは他のシスターから字を習ったり、お絵かきをして過ごすみたいだ。家で家事に追われているより子供らしい過ごし方だろう。家事が嫌な訳ではないけどね。
「ルカ君は? 何ができるの? さっきの話だと計算はできるようだけど」
「計算は一通りできます。字は書けますがへたくそなのと難しい単語は解りません」
数学をやれと言われたら困ってしまうが、四則計算くらいならできる。当たり前だけど。ただ、家に本なんかは無いし、語彙や読解力には不安がある。
「その年齢で凄いわ。どの位できるかは、やりながら教えて貰いましょう。このあと二人とも別々になるけど大丈夫ね?」
「だいじょうぶだよー」
「問題ありません」
ソフィーは他のシスターに比較的年少の子のいるグループに連れられていった。
「じゃあ、ルカ君はこっち」
シスター・マルグリットは大きな文字の書いた表の前に俺を連れてきた。一番上端の文字を指して聞く。
「これは読める?」
「“アラゥ”……『あ』です」
ここの文字はいわゆる表音記号だ。基本はローマ字みたいにすれば読めるのだが時々例外がある。ただ英語よりは簡単な感じがする。彼女は俺が一通りの文字が読める事を確認した。
「うーん、そうね。文字に関しては書き取りと本を読みながら勉強しましょうか」
シスターの視線の先には本棚があった。沢山の本が雑然と並べてある。彼女は俺に好きな本を読んで、分からない所は質問する様に、と言った。
「それから作文をしましょう。この紙に、そうね……とりあえず自分のことでいいわ。書けたら先生に見せてちょうだい」
次に、じゃあ算数をしましょう。と石版を取り出した。そこに蝋石で一桁の足し算を書く。
「これの答えは解る?」
「9です」
「正解。それじゃあ……」
シスターは足し算、引き算、掛け算、割り算と次々に問題を出す。俺はそれに暗算で答える。電卓がないせいと、子供の頭が柔らかいせいか、俺の暗算テクはかなりのものになっていた。帳簿のチェックは毎日してるからな。
とうとう三桁の割り算で暗算はギブアップして蝋石で数式を書き込んだ。
「これも正解。うーん、凄いわ。こちらは教えることがないわね。商学校にも行けるわよ」
「商学校?」
「商業ギルドが運営している学校でね、卒業したらかなりいいところに勤められるわ」
「へぇ……人材育成もやっているんだ」
冒険者ギルドより、かなり組織がしっかりしてるな。役割や成り立ちが違うってのもあるだろうけど。
「ルカ君……あなた本当に7歳よね?」
シスター・マルグリットが首をかしげる。しまった、子供らしくするのを忘れていた。愛想笑いで誤魔化したけれど……。それにしても就職か。家業を継ぐことしか考えていなかったけれど、それ以外の選択肢だってあるんだよな……別に商店に勤めたっていいし、それこそ両親のように冒険者になるって手もある。俺は今更なことに気がついた。
「おにいちゃんみてー」
休憩の時間になってソフィーがやってきた。謎の絵を見せてくる。なんだろう……本気で分からん。足のようなものが生えているようなので多分なにかの生き物だと思うんだが……。
「ルカ君、おやつ持ってきた?」
「あ、ラウラお姉ちゃん」
「やだ、ラウラでいいわよ」
「う、うん。持ってきたよ、ラウラ」
俺はちょっとどぎまぎしながらバッグから林檎を引っ張り出す。
「ほら、これ」
「ソフィーもりんご!」
「あー、じゃあ分けっこしない?」
ラウラはオレンジを取り出して、ナイフで切り分けはじめた。リタさん仕込みの手際の良さだ。
「ラウラー? なにしてんの?」
「おやつの取り替えっこだよ」
栗色の髪の少女が寄ってきた。さっきラウラに話しかけていた女の子だ。
「わたし、ディアナ。ねぇわたしとも取り替えっこしましょ」
ディアナが取り出したのは胡桃だ。わー、色々あって嬉しいな。単純に喜んでいると少年が割り込んできた。
「おい、なにチビと遊んでるんだよ」
黒髪の気の強そうな年長の少年だ。やっぱりこの手のタイプはどこにでもいるんだな。典型的なガキ大将って感じだ。
「なによ、フェリクス。あっちいってなさいよ」
「なんだよ。そんなんじゃ嫁に行けねーぞー」
追っ払おうとしたラウラに、フェリクスは憎まれ口を叩きながらベーッと舌を出した。
「なに言ってんのよ。小さい子もいるのよ」
小さい子。地味に傷つくな。まぁ事実だけど。俺が小学校一年なら向こうは五年生だ。だが、この状況はいかんな。俺は構える。目を大きく見開き、上目遣いで見上げる。その上でコクン、と小首を45度傾けた。
「お兄さん、けんかしないで? いっしょにおやつ食べよ?」
俺の『必殺ショタスマイルⅡ』が炸裂した。
「お、おう……おい、ルカっていったな。これ食え」
フェリクスは小さな焼き菓子を投げてよこした。うっしゃ、堕ちたぜ。ちょろいな。
「わーい、ありがとうお兄さん」
「フェリクスだ。うちはパン屋だからな。余りモンだよ」
「フェリクスのうちはヘーレベルクでも一番大きいパン屋なのよ」
ディアナが小声でそう言い添える。
「へー。うちはヘーレベルクで一番安い宿屋だよ。よろしくお願いします」
「へっ。オレはパン屋なんか継がねーよ。学校辞めたら冒険者になるんだ」
「あんたまだそんなこと言ってんの?」
「ラウラには分かんねーだろうな。男のロマンってやつが」
ギコギコと行儀悪く椅子を揺らしながら少年は髪を掻き上げた。
「ぼうけんしゃさんならうちにいっぱいいるよー」
ソフィーが早速、菓子を口に放り込みながら答えた。
「へー。うちにも客で来るけどな。どうだ? ルカのうちは宿屋なんだろ。話聞いたりするのか」
「うん。迷宮の話とか聞くよ」
「迷宮かぁ……。ヘーレベルクの男として生まれたからには一度は行ってみたいよな」
「うん。行ってみたい」
できれば、今すぐにでも行きたい。お客の半分自慢話より、実際に見た方が商売のヒントがざくざくありそうだ。
「ほーら、ルカのほうがよっぽどロマンを分かってるぜ」
フェリクスは俺の頭をクシャクシャと撫でた。俺は頭ごと揺さぶられながらちょっと後悔した。しまった必殺技が効き過ぎた。というか今の所、男にしか効いてねぇ……!
そんな風に慌ただしく、学校生活一日目は終わった。