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『金の星亭』繁盛記~異世界の宿屋に転生しました~【Web版】  作者: 高井うしお
二章  『金の星亭』発展計画

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1話 ぼくらのかんがえたさいきょうのやどや

ただいま。再開します。

 冒険者ギルドでたむろする初心者パーティーの間では、ある二つの噂が飛び交っていた。一つは迷宮(ダンジョン)最奥を進む上級パーティー『黎明の翼』が、さらに深層を発見したということ。そしてもう一つは、この街一番の安宿についてだ。


 初心冒険者にとって前者は憧れの高みで、羨みはするもののどこか遠い出来事だが、一方は非常に卑近な問題だ。なにかと物要りな割に実入りの少ない彼らは、どこで金を使うかは頭の痛い問題なのだ。


「なぁ、おまえらあそこを定宿にしているんだろ。改装して随分ましになったって本当か?」

「まぁ、たしかに。去年の冬は隙間風が酷かったけど今年は心配ないな」

「なら、そっちに移るかなぁ。欲しいものがあるんだけど手持ちが乏しくてな」

「でも飯がひどいって聞いたぞ」

「特別美味い訳でもないけど、普通だよ」


 むふふふふ。それは『金の星亭』(うちの宿)だよ、諸君。なんとお代は朝食付きで銀貨1枚。いらっしゃい、いらっしゃい。

 ――俺は今、冒険者ギルドに来ている。父さんが狩りの精算をするのに無理矢理ついて来たのだ。だって見てみたいじゃないか。ほらMRだよ。市場調査。


「なんだルカ、にやにやして」

「いやね、うちの事が噂になってるよ」

「ほう」


 冒険者ギルドの建物は、街の門からほど近く。他の家々とは違って全体に石造りで堅牢な砦のような造りをしている。中は広く、大きなカウンターがあって役場や銀行のような内装だ。待合ベンチの代わりに丸テーブルと椅子がいくつか設置してある。


 父さんを待っている間、俺はそこにいた冒険者たちの話を盗聞きしていたのだ。


「ギルドって広いんだね」

「ああ、特にこのヘーレベルクの街は冒険者で持ってるからな」

「父さんは他の街にも行ったことがあるの?」

「もちろん。護衛の依頼もあったし、他にも色々旅をしたな」


 旅かぁ。いいな……俺はこのヘーレベルクでも市場と教会くらいしか行ってない。行動範囲が狭すぎるな。もっと色々見て回らなきゃ。


 今は秋。まもなく、このへーレベルクにも冬がやって来る。冬には雪が降り、野営は厳しく過酷になる。よって冒険者たちの動きも鈍くなる。寒いと人は動きたくなくなるのはどこも一緒だ。

 逆に俺たちには稼ぎ時だ。冬の間ににどう稼ぐかが宿屋の命運を分ける。


「ねぇ、父さん。沢山本があるね」

「あぁ、資料用の本だな。情報収集用にギルド員が読めるように置いてあるんだ。二階にも図書室があるが……小難しい本ばかりだな」

「へぇ。ぼくもギルド員になったら読めるかな」

「おまえにはまだ早い」


 ぽふ、と父さんが俺の頭を押さえた。うーん。家の中での状況や、やってくるお客さんの情報だけじゃなくてもっと広い情報が欲しいんだよな。顧客のニーズを知るには最適な場なんだけど。あと迷宮(ダンジョン)も見てみたい。そんなことを考えながら家路についた。




 夜半、俺たちは毎月恒例の家族経営会議のため、仕事を切り上げて部屋に集まる。居間のテーブルに帳簿と売り上げを積み上げる。ソフィーは疲れて眠そうだったので今夜は欠席だ。


「これから仕入れを引いて……払えるのはこれくらいかしら」

「ならバスチャンに払うツケはあと金貨10枚だな」

「春までになんとかなりそうね」


 父さんと母さんは胸をなで下ろした。さぁ、本日の議題だ。


「やっと見込みが立ったところでさ。これからどうしよう」

「どうするというと?」

「経営が成り立ってきたところで、これからの戦略を立てようと思って」

「やっぱり、全面改装がしたいわ」

「そうじゃなくてさ、それは過程でしょ。将来のあるべき姿……どういう宿にしたいかってこと」

「長い目でみろ、ということか」

「そう。これからは目先じゃなくて目標に向かってどう行動するか相談していきたい」

「お前は難しいことを言うな……」


 俺じゃなくて、前世の上司の受け売りだけどね。あの時はへぇへぇと流していたけれど、今だと違う風に受け入れられる。


「むずかしい事を言わなくてもいいんだよ。母さん、例えばソフィーが大きくなったらどうなって欲しい?」

「素敵な人と結婚して幸せに暮らして欲しいわ」

「そんなんでいいんだよ」

「ソフィーが……結婚……」


 父さんはそこに引っかからないでくれ。


「ぼくはね、泊まった人が笑って出て行く宿にしたい」

「笑って?」

「うん、この宿を選んでよかったなって満足して帰って欲しい」

「なるほどね。母さんも同じ気持ちよ」

「父さんは?」


 黙って眉を寄せている父さんに話を振る。


「俺か? 俺は……この宿が……帰る場所になって欲しい」

「帰る場所?」

「ああ、冒険者は大概が根無し草の生活だ。ここを旅だっても……また思い出して欲しい」

「そうか……」


 俺は手元のノートに「選ばれる宿」「帰る場所」と書き込んだ。


「じゃあ、そうなる為に何をするべきかみんなで考えようね」

「ああ」

「そうね」


 俺たちは頷きあって、その日はお開きにした。




*****




「あ、痛い!」

「どうしたのルカ」

「あー、ちょっと切っただけだよ」


 今、俺は野菜の皮むきの特訓中だ。剥いていた芋はずいぶん小さくなってしまった。ファミレスでキッチンを選択しなかったのが悔やまれる。その時は女子高生バイトのミユキちゃんとどうしても一緒にパフェが作りたかったのだ。……思いは通じなかったけど。


 客入りが良くなったのはいいが、だんだん食事の仕込みに手が回らなくなってきたのでもっと手伝えるようになりたいんだけどな。


「やっぱり人を雇おうかしら……」

「それもいいかもね。厨房の手伝いとか短時間でもこれる人いないかな」

「探してみるわ」

「表に張り紙しとく?」


 俺はバイト募集の張り紙の提案をしたが、やんわり却下された。通常人を雇うのは知り合いのつてを挟むか、商人ギルドを通じてが通例らしい。人となりの分かる人や後ろ盾がないと雇うことはあまりなく、そんなしがらみから解き放たれるのは冒険者くらいのものなのだそうだ。


「そうかぁ、まあ客商売だし身元がしっかりした人の方がいいよね」

「そういうことよ」


 うちは商人ギルドに属している。商人ギルドは平たくいえば商売人の寄り合いのようなもので、徴税や開業の手続き、商売人同士の仕事のつなぎやこうした人材斡旋のようなことをしている。


 人員増の件は大人の母さんに任せよう。なんでも一人でやってはだめだな。この世界にはこの世界のルールがある。……しかし、どんな人を雇うかについて俺から言い出せなかったことがある……。


「父さん、母さんが厨房に人を増やそうだって」

「そうか、ギルドで当たってみるか」

「できれば……料理の得意な人を頼みたいな……」

「ルカ。……母さんの前では言えなかったんだな」

「むぐ……」


 父さんにはバッチリ見抜かれていた。……母さんの料理レパートリーは少ない。大抵ゆでるか煮るか焼くかだ。いや、家庭料理ならいいんだよ。ただ飲食店って考えるともうちょっとなにか工夫が欲しい。いい人がみつかるといいなぁ。




 なんだろう、これは、と俺はテーブルに並べられた料理に目をむいた。昼時がボリュームあるのはいつものことだが、鹿のローストにサラダ、豆と干しダラのスープ、それに桃と林檎の蜜煮まである。なんだか豪華だ。母さんからの挑戦状だろうか。


「ルカ、ちょっとこっちにおいで」

「おにいちゃーん、はやく!」


 母さんとソフィーが手招きをした。


「どうしたの? これ」

「夜だとどうしてもバタバタしてしまうからな」

「何? 父さん?」

「なんだ? 忘れているのか?」


 父さんが呆れた声を出し、母さんが椅子を引いて俺を座らせる。


「ルカ……7歳おめでとう!」

「おめでとー!」

「おめでとう」


 お祝いの言葉を貰ってようやく気づく。今日は俺の誕生日だ。


「さあ、これを」


 母さんが差し出したのは、真新しいシャツとチョッキだ。うれしい。ちょっと服がきつくなってたんだよね。


「俺からはこれだ」

 

 父さんからは短剣を貰った。


「ちゃんと振るえるようになったら、狩りに連れて行ってやる」

「ほんと!?」


 やった、市壁の外に出られる。ただし父さんのシゴキに耐えたらだけど。


「ソフィーはこれ!」


 ソフィーがくれたのは1枚の紙。丸めた紙をひらくと絵が描いてあった。


「これがおにいちゃん。あとおかあさんにおとうさん……あとソフィーも」

「ふふっ……ありがとうソフィー」


 ソフィーの自画像はバチバチにまつげが書き足してあった。




こうして俺は、6歳児ではなく7歳児になった。


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