番外編 魅惑のハンナさん
ヘーレベルクで最大のクラン『金の星』その所属パーティ『黎明の翼』には二人の花形がいる。一人はクランの創始者の息子マクシミリアン。大剣と盾を軽々と振り回す偉丈夫で、ついた二つ名は『暁星の剣士』。そしてもう一人は可憐な見た目とは反して攻撃魔法を自在に操る『炎雷の寵姫』ハンナ。
これはルカの生まれる少し前、二人がまだただのパーティメンバーだったころのお話……。
『金の星』の集会場は特にやることのない所属冒険者で溢れている。冬のダンジョンに好んで潜るものは居ないからだ。いるとしたら相当食い詰めて余裕がないがただの無謀な挑戦者だ。普通は雪のない時期にたんと稼いで、この時期はゆったり休養したり、鍛錬したりにあてる。
「……はい、上がり。私の勝ちね」
私が揃ったカードをパサリとテーブルに並べると、斥候のブリッツが悲鳴を上げた。
「嘘だろ! なにかイカサマしてないか?」
「してないわよ。あなたが弱いの」
「うう……」
テーブルの上の金貨を私が手元に引き寄せると、ブリッツがその手を掴んできた。
「もう一勝負!」
「ええ~」
その時だった、集会場のドアが開いて入ってきたのはマクシミリアンだった。
「――それくらいにしておけ、ブリッツ」
「おかえり、マクシミリアン」
私は彼に駆け寄って雪を払ってやる。この寒さだというのにマクシミリアンは薄着で平気な顔をしている。
「あああああ、さむうううううい」
そしてその横でがくがく震えているのは、マクシミリアンと同じ剣士のフェルディナントだ。彼はマクシミリアンと違って軽い身のこなしを生かした双剣使い。まだ十五歳で冒険者になったばかり。だけどギルドの訓練所でマクシミリアンが見つけてきた逸材だ。
「早くこっちの暖炉であったまんなさい」
「……フェルディは鍛え方が足りん。センスはあるのに……」
「そんなこと言ってないで、マクシミリアンも早く火にあたりなさいよ。今、あっためたエールを持ってくるわ」
「ああ、ありがとうハンナ」
そうして私が台所で熱いエールを二人分準備している時だった。急に集会場の方から口笛や、はやし立てる声が聞こえた。
「何かしら」
ひょいと覗き混んだ私は思わず熱々のエールを取り落としそうになった。
「やるなぁ! 色男!」
「うらやましいぜ!」
そこには小柄でふわふわの茶色い巻き毛の女の子が、顔を真っ赤にしながらマクシミリアンに手紙を渡していた。
「あ……あの、お返事はいらないので……読んでください……」
嘘つきー。絶対返事を期待してるくせに。マクシミリアンは無表情のまま、その手紙を受け取った。するとその女の子はパッと顔をほころばせて逃げるように集会場を去っていった。
「すごいわねぇ。今月何回目?」
「カサンドラ!」
それを物陰からじとーっと見ている私の後ろから、声がした。薬師のカサンドラだ。
「あの何考えてるのか分からない奴のどこがいいのかしら?」
「そこがいいんじゃないっ!」
私が思わずカサンドラに言い返すと、カサンドラはにんまりと笑った。
「惚れてるわねぇ……」
「わ、悪かったわね……」
「あんたも果敢にアタックしてるのに、あいつの鈍いこと鈍いこと……頭に羊毛でも詰まってるんじゃないの。あんた苦労するわよ?」
「しょうがないじゃない……好きになっちゃったんだから!」
どんなに一緒に窮地を切り抜けても、いつも側に居てもマクシミリアンは私の気持ちに気付いてくれない。この苦しい恋に終わりはくるのかしら。
「ハンナ、あんたもちょっとびびってるんじゃない? このまんまでもいいかってさ」
「え……そ、そんなことは……」
「じゃあ、このカサンドラ様がひとつ助けを授けて進ぜよう……」
そう言ってカサンドラが懐から取り出したのは濃い紫色の液体の入った瓶だった。
「こ、これは……?」
「簡単に言うと惚れ薬よ」
「ほっ、惚れ薬……!?」
「これはね、恋人草という花のエキスとトカゲの舌と山羊の睾丸を煮詰めたもので、互いの気持ちを高め合う効果があるの。つまり、マクシミリアンにまったく脈がなければ効かないのだけど……」
私は思わずごくりとのどを鳴らした。材料はなんだか不穏だけど……。
「つまりマクシミリアンが私を好きかどうかが分かるのね……」
「そうね。飲んだもの同士が引き合うから貴女も飲むのよ」
「ちょうだいっ!」
「はい、金貨三枚!」
「買った!」
問題はこれをどうやってマクシミリアンに飲ませるかだけど……。
「これに入れちゃえ!」
私は、エールにその惚れ薬を入れた。そしてマクシミリアンの元に持って行く。
「お待たせ! ……あれ、フェルディは?」
「ああ部屋に戻った。それはハンナが飲んだらどうだ?」
「……え? あ、そうね。勿体ないもんね」
私は惚れ薬入りのエールをマクシミリアンに渡して、自分もこっそりエールに混ぜて飲んだ。
「うん、なんかよくあったまるな」
「でしょ……うふふふ」
「ハンナ……?」
「マクシミリアン……なんだか具合が……二階に連れて行ってくれる?」
「あ、ああ……」
ふらふらしはじめた私を見て、マクシミリアンは私を抱き上げて二階の部屋に連れていってくれた。
「そこのベッドに座らせて……」
「ああ」
「マクシミリアーン!!」
――ルカが生まれたのはそれから十ヶ月後だった。
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