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番外編 夢の階

 アレックスはシャツを脱ぐと椅子にどかっと座って俯いた。僕は戸惑いながらアレックスの首筋に触れた。


「いいのか?」

「ああ、やってくれ」

「……あの、失敗しても怒らないでよ?」

「いいからやれって! お前がいいんだ。男だろ、ルカ!」


 じれたアレックスはとうとう声を荒げた。だけど……だけど……僕はどうしても決心がつかない。だって……。


「僕は床屋じゃないんだって!」


 僕がハサミを握りしめてそう言い返すと、アレックスはぶすっとした顔で答えた。


「多少不格好になっても構わん。気合いだ気合い」

「うう……」


 今朝がた突然アレックスがやってきてハサミを突き出された時は肝が冷えた。そしてその次に口にしたのが「髪を切ってくれ」だもんなぁ。確かに肩過ぎまで伸びているけどさ。


「とうとう冒険者ギルドと商人ギルドの共同条文が出されるんだ……」

「でも、それはアレックスがこれまですっと動いてきた結果じゃないか。それにもうお互いその了解で取引してるだろ」

「ああ。でもな、形にするって事が大事なんだ。子の代孫の代まで続ける為に」

「それと僕が髪を切るのとどう繋がるのさ」

「それは……その……」


 アレックスは急に照れくさそうに鼻の下を掻いた。


「俺が夢を形にしようと思ったきっかけがルカだったから。それから……子供時代に完全におさらばしようかな、って……この髪型は昔からだったし」

「そっか。わかった」


 僕はどきどきしながらアレックスの髪にハサミを入れた。ジャッキジャッキと遠慮無くアレックスの髪を短くしていく。


「おい……おい……もういいぞ」

「いや、こっちがなんか短くなって変だから……あれ?」

「おいおい」


 駄目だやっぱり上手く行かない。左右のバランスを整えていくうちにどんどんアレックスの髪が短くなっていく。


「ルカ、そーこーまーで! アレックスが可愛そうだ」

「……ユッテ」

「貸しな」


 俺の体たらくを見たユッテがつかつかと酔ってきてハサミを取り上げた。そして俺がへんてこにしてしまったアレックスの髪を整えていく。


「よし」

「うん、さっぱりした」


 目にかかる前髪も長い後ろ髪も失ったアレックスはぐっと大人っぽい風貌になっていた。


「いいじゃん!」

「……へへ。どうだ男ぶりがあがったか?」

「うんうん」


 僕がうなづくとアレックスは片眼をつむってポーズを決めた。


「よし、じゃあ会合に行ってくる!」

「ああ! がんばれ!」


 アレックスは笑顔で金の星亭を後にした。


「ユッテは器用だなぁ」

「別に……ルカが下手くそなだけだろ。それに小さい子の髪はよく切ってたし」

「そっかー」

「でもすごいね、アレックス……長い時間をかけて夢を実現したんだね」


 ユッテが珍しく他人の功績に興味を示したのを僕は不思議に思った。


「どうしたの?」

「ちょっとうらやましいなって……いや、別に今の生活が不満な訳じゃないけど……」

「アレックスが夢のために商学校に入ったのはちょうどぼくらくらいの歳だよ?」

「そっか……」


 それからユッテは少し考え込んでいるようだった。僕はユッテの考えがまとまるまでそっとしておこうと思った。


 そして夕食を終えて部屋に戻ろうとした時、ユッテが僕の袖を引いた。


「ルカ、ちょっと部屋にきてくれないか?」

「うん、いいよ」


 ユッテの部屋は相変わらず物が少ない。そんな部屋に一つだけある花瓶……。昔僕があまりにも殺風景なので今はソフィーの部屋になっている物置部屋から持ってきたのだ。

それをユッテは抱えて中身をベッドにぶちまけた。


「うわぁ……金貨ばっかり……ため込んだなぁ……」

「うん。全部で百枚くらいかな」

「すごい……」


 僕は金の星亭が軌道に乗ってからは欲しい本があったら買ったりと節約をあまりしてないのでこんなに手持ちはない。


「ちまちま貯めてたらこんなになった。それで……ルカに相談なんだ」

「なんだい?」

「あたしはこれをスラムの孤児達の為に使いたい。ブレスレットの安定収入で暮らしは随分よくなったけど……今だにあのボロ屋にぎゅうぎゅうで暮らしているし……」

「クルトに相談したら?」

「あいつは……あたしが稼いだ金はあたしの為に使えって言うんだ」


 そう言ってユッテは俯いた。


「スラムから抜けられたあたしの事はみんなの誇りだって……でもさ、あたしだってルカに手を差し伸べられなければ無理だった。だから……なにかしたいんだ」

「……そうだなぁ」


 僕は目の前の金貨を見つめた。クルトの気持ちもわかる。彼らは彼らなりにプライドがあって、日々を暮らしているのだとこちらもなんとなく察している。


「ちょっと思いついたけど、金貨百枚じゃたりないなぁ……」

「そっか……」


 ユッテは残念そうに俯いた。そんなユッテの肩を僕は笑いながら叩いた。


「うん、全然足りない。大規模な孤児院を作るには」

「……ルカ!?」

「ねぇ、ユッテ。僕らはあの頃ほんの子供で手を伸ばせる範囲なんてほんのちょっとだった。だけど……僕らはもう大きくなったし。まぁガキだけどさ。アレックスは十六歳で大きな夢に向かって今日叶えた。僕らも挑戦してみてもいいかもね」

「……大きな夢」


 ユッテは顔を上げた。紫色のいつもは表情のわかりづらい目がキラキラしている。


「孤児院かぁ……いいなぁ」

「もっといろんな人を巻き込んで、うんとでっかい孤児院を作ろうよ。この街のスラムがなくなるくらい」

「……うん」


 こうしてこの日、ユッテの新しい夢が産声をあげたのだった。


気が付いたらユッテの話になっていた……。


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