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番外編 結婚したいの

 春がやってきた。家々の軒先に飾られた鉢植えがこの『金の星亭』のある馬車道通りを彩っている。もうすぐ花の祭りの時期がやってくる。


「ほら~、ちゃんと試着してユッテちゃん」

「あ、あたし……いや入ると思うし……」

「こういうのは入ればいいってもんでもないのよ!」


 ユッテは花娘の衣装を持った母さんに追いかけられてる。ユッテの衣装はやはり瞳の色に合わせて淡い藤色だ。祭りの日は従業員達に宿を任せて家族みんなで山車を見学に行く予定だ。ユッテはまだ衣装が恥ずかしいみたいだけど。


「ルカ君ー!」

「あ、アルベールさんとレリオさん。王都から帰ってきたんですね」

「ええ、祭りのために。久々にあたしたち一家揃っての興業ができる絶好の機会ですからね」


 フィオーレが生まれてからは、アルベールさんの奥さんのリオネッラはこのヘーレベルクに残り、義弟のレリオと二人で旅興行に出る事が多くなった。昔は王宮のお抱えの楽士になると嘯いていたアルベールだったが、今は気楽なこの暮らしを気に入っているようだ。


「ルカくん……」

「あっ、フィオーレちゃん。居たの」

「うん!」


 リオネッラさん譲りの蜂蜜のような金髪に緑の瞳。花の祭りの日に産まれたフィオーレはもう五歳になろうとしている。月日が経つのは早いなぁ。


「フィオはもう竪琴も横笛もお手の物なんですよ」

「へぇ。さすが音楽一家」


 僕が感心して声を上げると、レリオさんは苦笑しながら囁いた。


「いつものアルの親馬鹿です。話半分に聞いて下さい」

「レリオ……そんな事ないぞ。少なくとも歌に関しては俺を超えてるんじゃないかって……なぁフィオ?」

「うふふふ。パパにも負けないよー」


 フィオーレは元気でおしゃまな女の子だ。こういう所はアルベールに似たのかな、と思う。


「あ、その顔は疑ってますね、ルカ君」

「いえいえ、そんな事は……」

「フィオーレ、ちょっと歌っておあげ」

「うん、パパ!」


 アルベールの無茶ぶりにも臆する事なくフィオーレは答えた。そしてスウ……と息を一杯吸い込むと、大きな口を開けて歌いはじめた。


 木陰にて、君思う

 遠くにありて、無事を祈る

 例え縁なき場にあれど、

 君振り返れば、その身の傍に

 心ばかりは、肩に寄り添う


「……すごい。子供とは思えないや」


 僕はフィオーレの小さな体から出ているとは思えない迫力のある歌声に驚いた。


「でしょうでしょう! まるで雲雀か小夜啼鳥(ナイチンゲール)か!!」

「はは……それにしても懐かしい歌ですね」

「ああ、あの頃はルカ君も綺麗なボーイソプラノでしたね……リズム感は壊滅的でしたけど」


 それはエリアス達一行を送り出した時の歌だった。それにしてもアルベールのやつ、余計な事ばかり覚えて……。


「あー! フィオちゃん。パパ帰ってきたんだ、良かったね」

「ソフィーおねえちゃん!」


 ソフィーとフィオーレは、かつてのラウラとソフィーのようにまるで姉妹のように交流している。ソフィーの顔を見たフィオーレはハッとした顔をしてアルベールの服の裾をひっぱった。


「パパ、お土産渡しにきたんでしょ! 駄目じゃない忘れたら」

「あー、そうだった。はい、これ王都のチョコレートの詰め合わせ」

「うっわー、美味しそう」


 僕はそれを見て思わず声を上げた。砂糖が貴重な上、チョコレートなんてこのヘーレベルクではなかなか手に入らない。ディンケル商会でも扱ってないんじゃないかな。……あれ、僕チョコレートなんて食べた事あったっけ?


「……食べてもいい?」


 ソフィーがゴクリと喉を鳴らしてそっと手を伸ばした。


「こら、ちょっと待てって……ユッテ! ちょっとこっち来なよ!」

「んー? どうした」

「ほら見て! チョコレートだよ」


 僕はユッテに砂糖細工で飾られた綺麗なチョコレートを見せた。


「なんか高そう……美味しいの?」

「ふふ、王都でも評判の店で買いましたからね。お味はお墨付きです」

「じゃあちょっとだけ僕等で味見って事で!」


 僕とユッテとソフィーはチョコレートを一粒手にすると大事に囓った。


「ん……ちょっと苦いか……あれ、甘い……」

「うふふ、美味しーい!」

「うんうん。これは上等だ」


 それぞれ感想を述べながら、僕達は口の中でとろけるチョコレートを楽しんだ。甘い甘い余韻がお口の中を支配する。


「美味しかったー?」

「うん。ご馳走様」

「じゃあ……フィオと結婚してくれる?」

「……え?」


 まーたはじまった。フィオーレはこの所どこで覚えたのかそんな事ばかり行ってくる。


「こら、フィオ! 君にはまだ早い!」


 これにはアルベールもお冠である。


「フィオをお嫁になんて行かせるものか!」


 前言撤回。こいつはやっぱりただの親馬鹿だ。


「だっていつかはパパとママみたいに結婚するんでしょ? だったらルカ君がいいもん」

「なっ、なっ……」

「フィオ、結婚はまだまだ早いよ」


 言葉を失ったアルベールの代わりにレリオが優しくフィオーレを諭した。するとフィオーレは思いついたかの様にレリオに聞いた。


「そう言えばレリオおじさんはどうして結婚しないの?」


 そう言われればそうだな。レリオは姉のリオネッラによく似てとても綺麗な顔をしているのに浮いた話を聞かない。


「僕はアルと姉さんとフィオとずっと一緒にいるのがいいんだ。そうだな、みんなと結婚したようなもんかな」

「へー……」


 フィオーレは本当に分かったのか分からないけど、とりあえず頷いた。そしてくるっと僕の方を見て手招きをした。


「ルカ君」

「うん、なんだい?」


 僕はしゃがみ込んでフィオーレに視線を合わせた。


「フィオはまだ結婚するのははやいんだって」

「そうだねー」


 僕は笑いながらフィオーレの頭を撫でた。するとスルリとフィオーレが懐に入ってきた。


「だからね、これは予約!」


 そう言ってフィオーレは僕の頬にキスをした。


「えっ!? ちょっと!?」

「わあああああ!!」


 僕の戸惑いの声とアルベールの悲鳴は同時だった。


「ごっ、ごめんなさい! ほら帰るぞフィオ!」


 アルベールはフィオーレを抱えあげて頭をさげた。


「まったく、誰に似たんだか!」

「多分アルだよ」

「レリオ!」


 そうして逃げるように『金の星亭』から帰っていった。僕はポカンとしたままその後ろ姿を見送った。


「はははは!!」

「ソ、ソフィー! 笑いすぎだ!」

「だって……お兄ちゃんの顔……くくく……」

「もう!」


 僕はこれ以上ソフィーにからかわれたくなくて裏庭に逃げ出した。


「女の子ってあんなだっけ……わっかんないな」


 僕が一人で首をひねっていると、コツンと後頭部を軽く叩かれた。振り返るとそこにいたのはやっぱりユッテだ。


「なーに、小さい子にびびっちゃってんさ」

「びびってないよ……ちょっとびっくりしただけ」

「……ふん」


 ユッテは僕の答えを聞いて鼻を鳴らすと、僕の肩を掴んだ。うわ! ぶたれる! そう思った瞬間、頬に柔らかい感触が伝わった。


「ふぇっ!? い、今……何したの?」

「……予約」


 ユッテはそう言い残し、僕を裏庭に置いたまま立ち去った。今の、キス……だよな……。


「やっぱ……わっかんない……」


 僕はもう、そう呟くことしか出来なかった。


楽しかった……また時間見つけて書きますのでリクエストあれば教えて下さい。

さて、今日(9/14)から新作はじめました。

「最強の暗殺者は田舎でのんびり暮らしたい。邪魔するやつはぶっ倒す。」

下のリンクから飛べますので良かったら読んでください。

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