番外編 宿泊客
「いらっしゃいませー! お二人ですか?」
「はい」
その日やって来たのはぼくと同じ位の男の子と女の人のお客さんだった。
「同室でいいですかね、今空きがなくて」
ぼくがそう聞くと、女の人の方がずいっとぼくに顔を突き出して言った。
「もちろんだ」
「あ、はい……ではこちらにどうぞ」
ぼくは二人部屋に一行を通す。
「食事は下でやってますんで」
そう言い残して去ろうとすると、女の人がグッとぼくの手を掴んだ。
「君、名前はなんていうんですか?」
「……ルカです」
「ふーん……?」
なんだかめちゃめちゃ見られてるなぁ……。ぼくが居心地悪くもじもじしていると、パッと手が離された。
「合格」
「……はぁ?」
「あ、いや……うん。ここには風呂があるんですよね」
「はい、下にあります。順番待ちになっているんですけど、予約していきますか?」
「はい、お願いします」
ぼくが順番の書いた板を渡すと女の人がニッコリと笑った。うわぁ、美人の笑顔は迫力あるなぁ……。
そう思いながら下の食堂に行くと、珍しくタージェラさんが早い時間からエールを飲んでいた。
「珍しいですね。こんな時間から」
「うむ、なんだか急にカイの様子がおかしくなってな、仕方ないから早めに切り上げてきた」
「ふうん、なんか変な物でも食べたんでしょうか」
「カイに限ってそれはないと思うが……明日には調子が戻っているといいんだがな。たまには日のあるうちに飲むのも悪くないさ」
そう言ってタージェラさんはエールを飲み干した。
しばらくすると、迷宮から人々が帰って来る。
「ルカ、今日のローストは?」
「今日は真珠鳩です」
「おや、珍しいな」
「最近父さんがうんと東からきたお客さんにもらった投石器にはまっちゃって、やたら獲って来るんです。よそでは出せないお得な値段にしときますよ? 脂ものって美味しいです」
「それじゃあ、それをもらおうかな」
ヘルマンさんは兜を脱ぎながら、ぼくに注文した。ヘルマンさんは今では大手のクランに所属しているのにわざわざ隣の本館じゃなくてこっちに泊まりに来る。
「うーん、いい匂い」
「あっ、お食事ですか」
さっき二階に通したお客さんが下に降りてきた。
「はい、おすすめの料理と、彼女にはワインを」
「食事はいいんですか」
「はい、その……小食なんです。レイさんは」
細いからなぁ……食べないともっと痩せちゃうぞ。食い物を扱ってる商売人としてはそうしてもいっぱい食べさせたくなっちゃうけど。腰とか砂時計みたいだ。……おっぱいは結構あるけど。
「お兄ちゃん、なに見てるの!」
「へっ、なんでもないよ」
ぼくがぼんやり考え込んでいると、突然ソフィーが視界に飛び込んできた。
「嘘! 女のお客さんをジーッと見てたもんね」
「見てないよ!」
「ユッテお姉ちゃんにいいつけてやろ」
「やめろ、めんどくさい事になるから!」
ぼくはソフィーを止めた。けどちょと遅かったみたいだ。
「ルカ、どうしたって?」
「いや、なんでもないよ……」
「誤魔化すな、全部聞いてたぞ」
「誤解だよ……!」
ぼくはユッテに弁解をした。しかしユッテは苦々しい顔でこう言った。
「まったく色気づきやがって、そんなに大きい胸がいいのか」
「そんな事ないよ! そんなのよりぼくは……ぼくは、その……」
「ふん、まあいいや。ほら、お客が増えて来た。三番テーブルに行ってくれ」
「ああ、うん」
ぼくはやっと解放されたので、そこからは仕事に没頭した。
食事が終わったお客さんから、板の順番にお風呂に入る。ぼくはお風呂の水の管理や石鹸やタオルなどの備品の準備にさらに忙しくなる。
「ふう、あと一組……あ、あの二人組のお客さんだ」
「やあ、ここに入ればいいのかしら」
ぼくがお湯を入れ替えていると、女の人――レイさんがやって来た。
「フィルのやつ、一緒に入ろうと言ったらビンタしてきた」
「あはは……」
このお客さんはちょっと変だ。
「そうだ、ルカ君が一緒に入りませんか」
「い、いえ……! 怒られちゃいますので!」
「ふうん」
やっぱりこのお客さんは変だ!
「それじゃ、あとで備品は取りに来ますので」
そう言ってぼくはそそくさとそこを後にした。うーん、ああいうのをなんて言うんだっけ……昔知っていた気がするんだけどなぁ……。
それからしばらく時間がたったので、ぼくは裏庭の風呂に向かった。
「備品を取りに来――!?」
そこには一糸まとわぬ姿のレイさんがいた。
「もうそんな時間ですか。風呂というのは体があたたまるものなのですねぇ」
「ななな、なにしてるんですか」
「暑いので冷ましていました」
そうレイさんが言った瞬間、その背中から黒い翼がバッと広がった。
「ううう~~~~!!」
獣舎にいるカイがうなり声を上げる。
「あっ、しまった」
「ああああ!?」
「ルカ、君は口は固いですか?」
「うっ、あ、はい!!」
「実は私はドラゴンなんですよ。内緒ですよ?」
レイさんはふふふ、と笑ってその場を後にした。腰を抜かしたまま取り残されたぼくは一人、カイに語りかけた。
「……カイ、お前の勘はすごいな。……ドラゴンだって」
「ぐぅ……」
カイはそうだろうとでもいうように小さく唸った。
せっかく作ったお風呂、本編ではあんまり登場させられなかったので書きました。
それと新作を書いています。久々のファンタジーです。是非読んでください。
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