番外編 フェリクスの夢
「ルカ……ルカ!」
「なんだようるさいなぁ」
「こっち来てくれ!」
うちも客商売だから朝早いけど、パン屋のフェリクスの朝はもっと早い。寝ぼけ眼で朝食の仕込みをしているところに飛び込んできたのがフェリクスだ。
「できた! できた!」
「なんだよ、なにができたのか主語を言えよ」
「だーかーらー、携帯食だよ! 言ったろ! うまい携帯食が出来たんだって」
「それ、ほんとか?」
フェリクスが日々努力をしているのは知っていたけど、こんなに早く形にしてくるとは思わなかった。だってパン屋の修行もがんばっていたんだもの。
「ふと思いついたら試してみたくなってさ、そしたら……」
熱く語るフェリクスの目元は真っ赤だ。ちょっと大丈夫か?
「フェリクス? ちゃんと寝てる?」
「3日くらい寝てないけど、まあいいさ。それより……ううん、実物を見て貰った方が早いな」
フェリクスはごそごそとポシェットから二つの塊をとりだした。
「こっちが試験品1号と2号」
「2種類作ったんだね」
「そう、こっちの1号がはじめに作った方。食べて見てくれ」
試験品1号さんは縦長のクッキーみたいでカロリーバーみたいだ。パッと見今までの携帯食とそう変わりなく見える。
「いただきます……あ、さくさくだ」
「うん、材料は今までと大して変わらないんだけど、一度焼いてから固め直す事で虫が湧くのを防いでる」
「ほー。美味しいよ。これは売れるんじゃないかな。あ、水とってくる」
サクサクのクッキーは美味しいけれど口の中の水分をもっていかれる。
「そこなんだ、ルカ。ダンジョンじゃ水分が常に手元にあるとはかぎらない……あと食べやすい食感にした所為で崩れやすいってのもあるんだ」
「うーん、木箱に入れとくとか?」
「そうするしかないかなー。まぁ次だ。こっちの2号も食べて見てくれ」
フェリスクが次に出したのは、茶色い色のゼリーのような……言わば羊羹のようなもの。
「こっちは穀物や豆の粉、ナッツなんかを甘く煮て固めたんだ」
「もぐもぐ……おいしいけど味濃いね」
ジャムの塊を食べてるみたいだ。これだけで食べるのはちょっとつらいな。
「そうなんだ。でもその分唾液が出るだろ。オレ的にはこっちの方が有力だと思うんだが……ルカ、どう思う?」
フェリクスの真剣な目がこちらを見つめている。俺はなにかいい考えが浮かばないかと天を仰いだ。
「……あ」
「なんだ、どうした」
「この1号は崩れやすいンでしょ? こう……2号で挟んでやったらどうだろう」
「……それだ!」
フェリクスの顔がパッと輝く、その場でナイフで2号を半分にするとサクサクの1号を間に挟んだ。
「うん、これなら2号がクッションになるかも……ありがとうルカ、お前に相談してよかった!」
そうしてフェリクスはまた来た時と同じ様に風のように去って行った。はぁやれやれ、騒がしいヤツ。さぁ、うちはうちでお客さんがお待ちかねだ。
「おおーい、卵両面よく焼きで!」
「はいよ!」
――その後『フェリクス』印の携帯食がダンジョン攻略の必須アイテムとなり、塩味や各種フレーバーや水分補給を兼ねたドリンクタイプなどを揃え、彼が『冒険者の胃袋を掴んだ男』と呼ばれるようになるのはまだ、もっとずっと後の話である。
久々に金の星亭書いたら純粋に楽しかったです。
新作「深川あやかし綺譚 粋と人情と時々コロッケ」というご当地あやかしを投稿してます。読んでくださいm(_ _)m
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