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10話 星のラプソディー

 夏も終わり、『金の星亭』(うち)の改装もいよいよ最後の大窓の取り替えを残すのみとなった。


「おーい! マクシミリアン! ハンナ! 元気にしてたか」

「あら……イェルターさん、わざわざこられたのですか?」


 イェルター老はバスチャンさんと最後の大窓を抱えて、この日は自ら足を運んで来た。


「ふふん、こいつを見る顔が見たくてな」

「親父が今日はついて行くって聞かなくて……」

「これは俺の道楽だ。邪魔するんじゃない」


 いくら自営業でも公私混同は良くないよ爺さん。


「驚けよ。なかなかの自信作だ」

「イェルターの親方がつくったのか?」

「おう、マクシミリアン。なんせ元は俺が言い出したことだし、息子に仕事を譲って手が空いていたしな。つい力が入っちまったよ。俺もまだまだいけるな」


 もったいぶって取り出したのは布に包まれた窓。はらりと布を取り外すと、注文通り……いや、それ以上の拵えの大窓が姿を現した。


「うわぁ……」

「素敵……」

「おお……」

「きれい!」


 俺たちはそれぞれ感嘆の声を漏らした。自信の作だというこの窓には、大小の五芒星の連なる彫刻に、それを埋めるように波型の線が浮かんでいる。窓を留める金具は華美ではないがスッキリとした弧を描き、全体の印象を引き締めている。


「な! たいしたもんだろう」


 イェルター老はそう言って鼻を掻いた。すごいなんてもんじゃない。匠の技だ。前に見せて貰った薔薇の飾り窓より、よっぽど抜きん出た一品だ。


「たいしたなんて言葉じゃすまないな……」

「いいんですか、こんな立派な窓を……」


 父さんも母さんも絶句している。


「かかかか! 俺がこの家を建てた時にやりたかったことがようやく出来たぜ!」


 呆然としている俺たちを前に、老いた職人は得意げにそう言って笑った。




*****




 ぼろぼろの傾いた窓を取り替えて、傍目にも綺麗になったうちの宿にはぐんとお客さんが入るようになった。これなら冬が終わる前には支払いもできるし、そこそこの蓄えもできるだろう。ありがたい事だ。そして――新しい窓が呼んだのは客だけではなかった。




「もし、失礼いたします」

「はい、なんの御用でしょう」


 その若い男は薄汚れた太い緑と赤の縞のチュニックに鼠色のマントという珍妙な格好をしていた。いつものように母さんが応対に出る。


「よろしければ今夜、こちらの軒先をお借りできないでしょうか」


 男はリュートをかがけた。これはもしや……。


「……吟遊詩人!」

「ご明察です、坊っちゃん。まぁしがない芸人でございます」


 やっと男のなりと態度に合点がいった。


「でもなんでうちにくるの?」

「申し訳ないですけれど、うちでは大した稼ぎにはなりませんよ」

「女将さん、つかぬことをお聞きしますが」


 男は新しくなった大窓を指さした。


「この星の紋章に、屋号。あの大クラン『金の星』の縁の宿でしょう?あたしはピンときたんですよ。このヘーレベルクで歌うんならここだと」

「は、はあ。まぁ確かにそうですが……」


 なんか嫌な予感がしてきたぞ。男はぐいっと身を前に乗り出した。


「あたしの十八番は『金の星の歌』でして」


 はーい。ビンゴ。たしか歌になってるって、タージェラさんから聞いたな。


「そんなわけでして、こちらの納屋にでも一晩お邪魔させていただきたいのです」

「はあ……、うちは歓迎ですけど」


 むうう。身内が題材の歌を聴かされるのか。というか、そもそも。


「母さん、うちの納屋ったって……人が泊まれないよ」


 大量の薪と、斧と箒や――なんかごちゃごちゃしたものが押し込んである。人が横になれるスペースなんてない。


「私たちの住んでいる屋根裏でよければ、空いてる部屋を使ってくれてかまわないわ」

「おお、奥様は慈悲深い!!」


 芝居がかった男だ。大げさな手振りで恭しく礼をした吟遊詩人はニッと笑った。


「あたしはアルベールと申します。いずれ王都の宮廷のお抱え吟遊詩人となる男です。お見知りおきを」

「あっ、ハンナです」

「ルカです」

「ははは、冗談ですよ」


 分かりづれぇ……。というかちょっと暑苦しい。




 屋根裏にあがり、父さんと母さんが物置部屋と化していた空き部屋をちょっと片付けてアルベールを案内した。


「こんなとこで悪いんですけど……あとで寝具を持ってきますね」

「いやいや、屋根があるだけで十分ですよ」

「そういうわけには……」


 いかないよなぁ。客ではないけど、こっちが落ち着かない。俺は洗面たらいを渡す。


「これ、使ってください」

「これは坊ちゃん、お気遣いをありがとうございます」


 ――その後、さっぱりと旅の垢を落として髭を剃り、撫で付けた髪を飾り紐でくくって現れたアルベールは……かなりの美男だった。先ほどの大仰な振る舞いもなっとくの男振りだ。


「これからお昼にしますが、一緒にどうですか?」

「ああ、ありがとうございます。温かい食事はいつぶりでしょう」


 押し抱くように鶏肉のシチューとパンを受けとるアルベール。各地を巡り、歌い奏でる彼らの生活は冒険者の暮らしとはまた違う苦労があるのだろう。


「吟遊詩人さんも大変なんですねぇ」


 そんな彼の様子に母さんが同情の目を向ける。


「まあ、気ままな旅暮らしです、色々なことがありますよ。もちろん良いこともあります」


 ふふふ、とアルベールは意味ありげな笑みを浮かべた。良いことも……主に子供には聞かせられないイイことだな。くそ、イケメンめ。うちの母さんは駄目だぞ。父さんLOVEだからな。


「さて、夜までに広場で一稼ぎしてきましょう。今夜はここの酒場を満杯にしてやりますよ。まあ期待していて下さい」


 なら父さんに市場までひとっ走りして貰わないといけないかな。


「ぼく見にいってもいいですか」

「かまいませんよ、もちろん投げ銭をいれてくれてもいいですよ」


 そんなことを言いながらアルベールはリュートを撫でた。




「父さん、広場まで行こう。あの吟遊詩人さんが広場で歌うんだってさ」

「ほう、見たいのか? 夜にはここで歌うぞ?」

「あの人、今夜うちの酒場を満杯にするって言ってた。もし本当なら仕入れが足りなくなるんじゃない? 買い物のついでに覗いてみたいんだ」

「それもそうだな」

「ソフィーもいきたい!」




 俺たちが広場に向かうと、噴水の前に人だかりが出来ていた。その中央にいるのはアルベールだ。客のリクエストか、村娘と騎士の恋歌を歌っている。その声と騎士もかくやという美貌にうっとりと頬を染めている女たちもいる。


 うん、この調子ならやっぱり多めに買い足しをしたほうがいいだろう。チーズや干した果実などの日持ちのするものに肉と野菜も買い求めて俺たちは宿に戻った。




*****




 そして夜、本当に噂を聞きつけた何人かが客として訪れ、うちの食堂兼酒場は言葉通りの満員となった。こんなにお客が居たことはかつてない。


 厨房のカウンター前に作った即席の舞台で、アルベールが歌っている。どこか寂しげな、砂漠の夜の情景がリュートの音にのって語られる。テレビや写真で見た砂漠の風景が思い起こされる。鳥取砂丘も見たことのない俺だが。


「…………ではここであたしの十八番、『金の星の歌』をご披露いたしましょう」


 アルベールはひとつ咳払いをして、弦を弾いた。叙情的なメロディーが流れ、朗々としたとした声が宿中に響く。




 今集えよ、仲間たちよ

 我らの栄光と共に

 血の杯をかわせ、我らの兄弟

 今日の日は別れ明日の日は出会う


 さあ、この星のもとに集えよ

 我らの英雄の前では恐れることはない

 鉄壁の盾、瞬速の刃、敵は必ず屠る


 さあ集えよ、仲間たちよ

 例え倒れても、空には星が

 金の星のもとに、我らはある




 ポロン、とつま弾いて演奏が終わると、客はみな割れんばかりの拍手で答えた。勇ましい内容の割にしっとりとしたメロディーの曲だった。

 ふと父さんを見ると、どこか……ここではないところをみつめていた。父さんが子供の頃は、こんな風にクランの皆が集まって楽器を囲んで飲んだりしたのだろうか。今日のこの日は、かつての賑わいを思い出させるものだったのだろうか。




「さぁ、では皆さん踊りましょう。飲んで騒いでこの世の憂さを晴らしましょう!」


 アルベールの指がリズミカルな伴奏を奏でると、客たちはワッと歓声をあげた。立ち上がり踊り出す者もいれば、椅子を太鼓のように叩く者も。追加の酒を頼む声も次々とあがる。大忙しで父さんも母さんもエールを配り歩く。


 俺も手伝おうと厨房に向かおうとすると、袖をぐいと掴まれた。見ればソフィーが紅潮した顔で鼻息を荒くしていた。緑の瞳が爛々と輝いている。


「おにいちゃん、おどろう!」

「ソフィー、本気か?」

「いいから!」


 ソフィーは強引に俺の手をとると、食堂の中央に飛び出した。酔っ払いたちからはやし声が飛ぶ。


「いいぞ坊主! 嬢ちゃん!」


 このダミ声はゲルハルトのおっさんだな。


「ルカ君! 頑張れー!」


 エリアスまで……。


「無理だよ……! ソフィー」

「だいじょうぶだって!」


 ソフィーにひきずられて、とりあえず見よう見まねのステップを踏む。……ははは、結構楽しい。他の客も次々と踊り出す。よくわからないコーラスをしはじめるヤツも居る。もう無茶苦茶だ。


 その喧噪は、誰かがいかがわしい戯れ歌をリクエストして、両親に俺たちが耳をふさがれて屋根裏に連行された後も続いた。


 無理矢理押し込まれたベッドの中でソフィーがささやく。


「たのしかったねぇ、おにいちゃん」

「ああ……疲れたけど」

「まいにちこうだといいね」

「うん、うん……そうだね。そうしよう」




 あの熱、あの活気。こんな日が続けばいい。俺は心から同意した。今日だけではなくてこれからも。父さんが子供の頃のように、ここで人が集い笑い合えるように。そのためにならなんだってしよう。




 心地よい疲労感に包まれて、俺は目をつむった。


これにて一部完。このあと今日中に閑話をはさみます。

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