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4話 方針と信頼

 仕事が一段落してから、今晩も一家揃って会議だ。俺はみんなにお隣の視察を通じて考えた事を伝えていた。


「客層を分ける?」

「きゃくそうってなあに? おにいちゃん」


 首を傾げる母さんと、違う意味で分かっていないソフィー。


「うーん、『金の星亭』と『剣と穂先亭』は利用しているお客さんが似ているんだ。つまり、隣り合っていると常にお客さんの取り合いになってしまう。今までは良くてもこれから自分たちで経営する宿なんだもん。一番利益が出る態勢にしないと」


 そう言いながら昨日、寝る間を削って作った計画書をテーブルに広げようとした時だった。


「そこまでして利益を出す必要があるか? ルカ。父さんは反対だ」


 一言、鋭い声を出したのは父さんだった。


「でも、父さん。今までの顧客を手放さずに、宿泊料を上げるチャンスなんだよ! 例えばさ、ここをかつての『金の星』のメンバーみたいな人達に使って貰うためには、今のままの『金の星亭』じゃ無理だよ?」

「そんな事は父さんは望んじゃいない。今の『金の星亭』のお客さんを大切にしたい」


 単なる競合を避ける意味だけじゃなくて、『金の星』の隆盛を、かつての賑わいを取り戻すには今の一泊銀貨一枚の安宿では限界がある。そういう意味も含めて俺は高級路線への変更を提案していたが、父さんは反対の声をあげるとむっつり黙ってしまった。


「もう、なんで分かってくれないんだよ!」


 今までだって無茶苦茶をしてきたのに、父さんはずっと見守ってきてくれた。こんな風に真っ向から反対されるのは初めてだ。


「あの……とりあえずやってみるってのはどうでしょう」


 話が平行線になろうかというところでユッテがおずおずと手を挙げた。


「ユッテ」

「高級路線、って言われてもあたしにはどうしたらいいのかまるでわかんないけど。やってみてから考えるってのは?」

「うん、やってみてダメそうならぼくも諦める」

「……分かった。やれるところまでやってみろ。ただ、父さんは……今のままでいいと思っている」


 一応父さんからOKは出たものの。限りなく物別れのような雰囲気で場は解散した。


「……ねぇ、母さん。ぼくなんか悪いこと言っちゃったかな」


 自分の提案に夢中で俺は何か見落としていたかもしれない。しょんぼりと肩を落とす俺を見て、母さんは微笑んだ。


「マクシミリアンはちょっと意固地になっているだけよ」

「意固地?」

「うーん……元の仲間達への意地っていうのかしら。言葉にしにくいけれど」

「どういう事?」

「この宿が一流冒険者の泊まる宿になったりしたら、どんな顔していいかきっと分からないのよ」


 その辺の繊細な部分はまるで考えていなかったな……。


「でも、ルカ。気にしなくてもいいわ。あの人もいつまでも閉じこもっている訳にはいかないんだもの」

「閉じこもっている? 父さんが?」

「ええ、本人は絶対に認めないでしょうけど。説得は私がするわ。だからルカ。せっかくだから、この宿をヘーレベルクで一番の宿を目指していきましょう」


 それが私達の戦い方でしょう? といって母さんは俺の頭を撫でた。そうか、戦いか……父さんが冒険者として戦えなくなって宿屋として戦うとしたら。やっぱり目指すは一流だ。


「うん。ユッテの言うとおり、やれるだけやってみよう」


 俺は母さんの言葉に深く頷いた。まず整えなければならないのは外側だ。それには褒賞に貰った100枚の金貨、それから今まで貯めた売店の売り上げを使わせて貰う。厨房と外の外壁の他に、壁紙や家具も入れ替えないといけない。これはバスチャン親方に急ぎ見積もりを出して貰わないと。


「それからあと必要なのは人だ……これはまた商人ギルドにお世話にならないと」


 明日からまた忙しいぞ。俺は必要なもののリストをざっと整えると、すぐに寝床に飛び込んだ。




「まずは大工のバスチャン親方の所に。それからギルドに……」


 朝のバタバタを終えて、リストを片手のぶつぶつ言っているとふっと頭上からリストの紙を取り上げられた。


「ん……? 父さん」


 振り向くとそこには父さんがいた。昨日の今日で、なんだか気まずそうな顔をしている。


「……前に言ったろう? なんでも一人でやろうとするな、俺を頼れ」

「でも……父さんは反対なんでしょ?」

「うーむ……。ハンナに発破をかけられた。俺が協力しないでどうするんだと」

「母さんが……」


 昨日、あの後母さんから父さんにちゃんと言ってくれたらしい。


「ルカ、すまない。俺も臆病になっているところがあったと思う。お前の挑戦は俺の挑戦だ。いいな?」

「……そうこなくっちゃ!」


 良かった。なんだかんだ言って家長は父さんだもの。段取りまでは俺がやっても、諸々の手続きは父さんだし。それに……足並みが揃わないまま事を前に進めたって、ねぇ。

 ほっと胸をなで下ろした所で、さっそく俺達二人はバスチャン親方の所へと向かった。


「この予算で出来るだけ上品に高級感のある内装にしたいんです」

「うーーん、そうだなぁ。なんとかなりそうだが……ちょっと時間をくれないか」

「もちろんです」


 大口の発注に、もったいぶりながらもちょっとホクホク顔のバスチャン親方。以前はずいぶん勉強して貰ったもんな。ようやく恩返しが出来たようで嬉しい。


「さあ、次は商人ギルドだね。まずは事業計画からバルトさんに説明しないと」

「ルカ……それは父さんにまかせてくれないか?」

「父さんが?」


 最近は開き直ってギルドでは俺が何もかも説明していた気がする。だってその方がてっとり早いんだもの。ところが、今回は父さんからバルトさんにプレゼンするっていうのか。


「一流の冒険者は仲間に背中を預ける事を知っている。ルカ、お前にもそれを覚えて欲しい」


 ぎくり……言われてみればその通りなんだ。家族を……共同経営者を信頼出来なくて何が事業だ。父さんが自分でやると言っている以上、ここは任せるか。

 そんな訳で、商人ギルドへの事業計画のプレゼンと人材募集の依頼は父さんがやることになった。


次回更新は7/29(日)です。

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