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『金の星亭』繁盛記~異世界の宿屋に転生しました~【Web版】  作者: 高井うしお
番外 道端の花

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5.野薔薇

 ルカの言う「売店」の仕事はおもしろかった。ルカには何か考えがあるらしく、市場の店舗とは違った決まり事があるけれど、それ以外はあたしの提案をどんどん受け入れてくれる。はじめは干し肉と傷薬くらいだった商品はどんどん増えて行った。中でもルカが言い出した初心者向けの小冊子を作るのは楽しかった。実際は大して売れなかったけれど。




「クルト! 今日はごちそうだぞ」

「なぁに、ユッテ……わっ、この肉なに?」

「今な、お世話になっているとこから残り物を貰ってきたんだ。そこの亭主が狩りが得意でさ、獲りすぎたんだと」


 マクシミリアンさんが大量に獲ってきたウサギをお裾分けにもらったのでクルトに渡すと、ぽかんとしていた。そして怪訝な顔で聞いてくる。


「へーえ。……ユッテ、最近どこにいってるの? 危ない事してる訳じゃないよね?」

「ああ、心配すんな。宿屋の手伝いさ」


 ほっとクルトが息を吐く。クルトはおせっかいで心配性だ。あたしは『金の星亭』での仕事と並行して、迷宮(ダンジョン)での仕事も続けていた。おかげでこのところの懐事情は暖かくなっていた。このままの状態が続けば、迷宮(ダンジョン)での仕事を減らしてもいいかもしれない……そんな風に考えていた矢先の事だった。




「おい、お前……お前だよ! ちょっと来い」

「ん? あたしか?」


 迷宮(ダンジョン)の入り口の建物付近であたしに声を掛けたのは、荷物持ち(ポ―ター)として潜りはじめた頃、ついていた先輩荷物持ち(ポ―ター)だった。


「ああ、お前余所でも冒険者に品物を売りつけてるらしいな」

「売ってるけど、それがなんだ」

「他のやつらがお前の事をやっかんでる。気をつけろ」

「……分かった」


 目立ちすぎたか……こうなったらどちらか一方を取るしかないだろうか。そう思いつつも数日がすぎた。迷宮(ダンジョン)の前で一仕事終えて帰ろうとした時、いきなり乱暴に襟首を掴まれた。


「……ぐっ、けほっ。何するんだよ!」

「何がじゃねぇよ」


 そのまま、あたしは地面に叩きつけられた。見上げると、あたしより少々年嵩の荷物持ち(ポーター)数人立って睨んでいる。


「お前……警告はしたろ?」

「はっ、なんの事だか……」

「ふざけるな! なんだこれは!」


 頬を強く叩かれる。鉄の味が口の中に広がる。口の中が切れたようだ。目の前にはルカと作った小冊子が転がっていた。


「こんなもの作って商売の邪魔しやがって」


こいつ……すっかり頭に血が昇ったあたしは対格差も考えずにそいつに掴みかかった。


「冒険者ギルドに金も払わずによそで商売だなんていい度胸だな!」

「そんなのあたしの勝手だ。商人ギルドの許可はあるんだからな!」


 罵りながら揉みあう。腹にも顔にも上から拳が降ってくる。チカチカする視界。よろけた拍子にあたしのシャツの片袖がビリっと大きく破れた。


「……あっ」

「これに懲りたらもうやめるんだな」

「……」


 一通り小突き回して満足したのか、そいつらは捨て台詞を吐いてその場を去っていった。

 口の中がじゃりじゃりする。あたしは水を含んでペッと吐き出した。赤く染まったつばが地面に落ちる。そっと口の中に触れてみる。


「いっ! つ……つ」


 思ったよりひどく切れているようだ。はたかれた頬も腫れているだろう。それに……この袖。


「はぁ……これで行くのか。畜生、ついてない」


 ぼやきながら身を起こし、『金の星亭』へと向かう。そんなあたしに目をくれる人間なんていない。ただの内輪もめ、そんな風にしか周りには見えていないし荷物持ち(ポーター)同士のごたごたに首を突っ込む物好きなんていない。


 けれど、温厚なルカとその家族たちが驚くのが目に浮かぶ。こんな格好で行ったら心配をかけてしまうだろう。でも……行かなくてもきっと心配をかける。あたしは重たい足取りでルカの元へと向かった。


「ユッテ! どうしたの!!」

「なんでもない……」

「そんな訳あるか!」


 案の定、ルカは驚いた顔をして駆け寄ってきた。適当に誤魔化そうとしたが、肩をつかまれる。


「とりあえず……説明してくれよ」

「……あたしが悪い」


 震えた声を出すルカ。あたしは売店に並んだ冊子のひとつをルカに差し出した。


「こりゃちょっとやりすぎたな。他の荷物持ち(ポーター)どもから突き上げを食らった」

「それじゃあ……」


 そう言ってルカは言葉を詰まらせた。責任を感じているようだ。その背中をポンと叩いてやる。


「気にするな。以前からこっちで稼いでるのが気に食わないって連中だ」

「だって……でも……」


 ルカの目からみるみる涙が溢れる。ああ、どうしよう。そんな泣かせるつもりはなかったのに。


「ルカ、お前が泣くなよ。あたしはどうすりゃいいんだ」


 そんなあたしたちの様子を聞きつけて、ハンナさんが駆け寄ってきた。いつになく厳しい声で事情を聞かれる。あたしが答えると、腹を立てた様子で立ち上がった。それをマクシミリアンさんさんが止めた。


「ギルドに報告に行ってくる。商人ギルドと……冒険者ギルドにもな」

「父さん、ぼくも行く!」


 それまでしゃくり上げていたルカが突然叫んだ。マクシミリアンさんがいくら止めても聞かない。それは、それまでの様子が嘘のような力強さでマクシミリアンさんまで気圧される勢いだった。そのまま冒険者ギルドと商人ギルドへの報告に付いていき、帰って来ると彼は言った。


「ユッテ、こんなことになってごめんな」

「小突かれるくらい、なんでもないよ。こっちこそ、ごめん。心配かけたくなかった」


 その目に浮かんだ労りの色。それであたしはもう十分だ。あとはここだけの商売とクルトの元での内職で食いつないでいこう。……あたしはそう思ったのだけれど。


「父さん、母さん。今度のことはぼくが相談もせずにはじめたことだ。だから落とし前はぼくにつけさせて欲しい」


 翌朝、昨日とは打って変わって好戦的にルカは言った。待ってくれ、あたしの事でいらない手間を掛けさせたくない。


「ルカ、あまり気負うなよ。あの紙きれをひっこめればそれですむ話だろ」

「ユッテはそうかもしれないけど。……殴られたら、ぼくは殴りかえしたい」


 なんて事をいうんだこいつは。ギルド相手に喧嘩でもおっぱじめるつもりか。


「そんな訳で、ユッテ。悪いけどこの件が片付くまでは迷宮(ダンジョン)には行かないで欲しい」

「……何をする気だよ」

「何が起きるか分からないからだよ」

「とは言っても、あたしにだって生活があるんだぞ」


 ジリジリとあたしとルカの間に緊張が走った。そんな無茶はして欲しくない。今だって安全で結構な食い扶持を貰っているんだこれ以上、迷惑なんて。そんなあたしたちの間にハンナさんが割り込んできた。


「ユッテちゃん。私たちから提案があるんだけど……」

「なんですか?」

「あのね――この宿で働かない? 住み込みで」

「えっ? ……本気ですか? あたしは孤児ですよ?」


 驚いてあたしはハンナさんを見つめた。突然何を言い出すんだろう。


「ユッテちゃんのことなら、もうよく知っているつもりよ。……正直な、頑張り屋さん」

「……やめてください」


 顔が熱くなっていく。褒め言葉なんて馴れなくて。


「前から考えていたの。リタさんだけじゃ人手も足りなくなっているし、雇うならユッテちゃんがいいって」

「すまんな。こちらから言い出す機会をうかがっていた」


 ああ、気持ちは嬉しいけど。でも……この人たちは本当にいい人たちだ。


「あの……迷惑です……きっと迷惑、かけます」

「荷物持ちポーターの仕事にも愛着があるだろうが」


 マクシミリアンさんのちょっと的外れな気遣いにあたしはぶんぶんと首を振った。


「違うんです、そんなんじゃなくて……」


 あたしは何とか次の言葉を絞りだそうとする。


「住んで貰うのは、私たちと同じ屋根裏になるけど。どうかしら?」

「ユッテおねえちゃんいっしょにすむの? なら家族だね!」


 「家族」という言葉を聞いて、あたしは思わずソフィーを見つめた。


「家族? あたしが……?」

「だっていっしょにすんで、はたらくんでしょ?」


 ソフィーはにっこり笑って続けた。


「おねえちゃんができるなら、ソフィーうれしいな」

「ソフィー……」


 家族。ああ……あの日、曇り空と教会の鐘の音と共に失った物。あたしを、「家族」とこの人たちは呼んでくれるの? 気がつけば、瞳からポロポロ涙がこぼれ落ちていた。泣いたのなんて一体いつぶりだろう。


「いいわね! ユッテちゃん、これで決まりで」


 ハンナさんがあたしの手を取る。あたしはコクコクと頷くことしか出来なかった。


「あの……! その……頑張ります……」


 抱えきれない気持ちが湧き上がってくる。あたしはそのまま逃げ出すように裏庭に駆け出した。


「家族……かぁ……。ふふっ、簡単に言ってくれるよなぁ」


 クルト達も家族って言えなくも無いけれども……。どっちかっていうとお互い支え合っているような……。なんて言うんだろう、こんな包まれているような気持ちになるのは……。


「ユッテ!」

「わっ……びっくりさせんな」


 突然裏庭に顔を出したルカが後ろから声をかけてきて、あたしは飛び上がった。


「ぼく、出かけるからうちのことよろしくね」

「ああ……うん、わかった」

「家族だもんね」


 へらへらしているルカにあたしは足下の小石を投げつけた。まったく、余韻もなにもない!


「うわっ、危ないな!」

「ごめん! ありがとう! とっとと行け! ばーか!!」

「あはは。じゃ、行ってくる!」


 笑いながらルカは駆けだして行った。いってらっしゃい。どんな結果でもあたしは待ってる。


「家族……だからな」


 ――見上げると、初夏の青い空がそこには広がっていた。


100話目となりました。読んでいただきありがとうございます。

そして本日、書籍2巻の発売日です。こちらの方もよろしくお願いいたします。

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