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セラミックの激うま恐竜レシピ  作者: 印朱 凜
エピソード3 恐竜ずし
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恐竜ずし 13貫目

 

 Dr.はカウンター中央に陣取って言う。


「ハイ! お久しぶり、美久さん。空港からはちょっと遠いね。でも恐竜料理を食べるためにスケジュールを調整して来ましたよ」


 ハンクの横には挨拶もそこそこに、いつの間にか姿を現わした松上晴人が座った。彼もスーツ姿で、いつもの評論家風情だ。

 少し緊張した面持ちで割烹着のセラミックは、すしに挑戦してみた事を発表する。すると座高もあるマックスが、上半身を仰け反らせて手を叩いた。


「何だすしか、この臭いからカリー&ライスかと思ったぜ。俺はそっちでもいいがな」


 ジョンは小さなセラミックにも敬意を表しているのか、隣のマックスを肘で小突いて言った。


「美久さん。今日はこの場でしか食べられないであろう、素晴らしい和食を期待しています」


 セラミックはニッコリ微笑むと、まずはアテの2品をカウンターに提供した。アンモナイトの一夜干しを炭火で炙ったものと、鹿の子切りに包丁を入れたベレムナイトを藁で軽くスモークした肴である。

 タコとイカに似ているが、潮の香りが一味も二味も違う。双方とも密かにテチス海でゲットしておいた先見の明が生み出した2皿である。


「ほう、これは珍しいジュラシック・シーフードですね。盛り付けといい、前菜としてワクワクさせてくれます!」


 ハンクは褒めてくれたが、味はともかく体格のいいジョンとマックスには腹の足しにもなっていないのは明白だ。見極めた後、いよいよセラミックはオフタルモサウルスのすしを手早く握った。4人分となると結構な仕事量だ。


「へい、お待ち! まずは魚竜の酢〆からです。つまりビネガーフレーバーですかね?」


 熟成をかけた魚竜の肉は、ほんのりと桜色で繊維も細かく適度に脂の照りもあり、艶々と輝いて見える。意外とすしダネに向いた食材なのかもしれない。

 箸の使い方が稚拙なアメリカ勢は、ハンクを筆頭に松上の真似をして手ですしを摑むと、各の舌の上に放り込んだ。


「Oh! これが魚竜の味ですか! 目が覚めるようです。……感動しました!」


 薄き赤酢の酸味に負けじと昆布の風味が、歯切れのよい濃厚な赤身の舞台で共演していた。それは舌の上に乗せただけでハラリと溶け崩れてゆくシャリと一体となりたくて、爽やかな印象を口中に残した後は、真夏の夜の夢を思わせるかのごとく消え去った。


「次、皮付き魚竜のタタキです。う~ん、ステーキで言うとミディアムレアかな?」


 セラミックは皮目を炙ったオフタルモサウルスのすしダネに、煮キリを刷毛でサッと塗って出した。マックスはペンキでも塗ったのかと揶揄したが……。

 奥歯にすしが中程まで食い込んだ瞬間! 溢れ出すジューシーな肉汁! それにも関わらず、本来有り得ないはずの香ばしくクリスピーな皮目のインパクト!

 男は思わず2~3秒絶句した。咀嚼しながらブルーの瞳を振り子のように左右に泳がせる。慣れ親しんだビーフと比べても、明らかに異なる歯応えと油膜の織りなすスプラッシュは、彼にとって味覚の革命をもたらせたはずである。


「更に、魚竜のヅケです。マリネといえば分かりやすいかも」


 松上は、ハンクに『醤油主体の調味液(ソース)にネタを漬けておく事からヅケというのです』といった説明をしたと思う。ここでも魚竜の持つ野性味と旨味とが、まるで割烹着の魔術師によって魔法をかけられたかのように渾然一体となって表現されている。

 小さなすしでも何貫も揃えれば、結構ボリュームがあるなとマックスは思った。


「最後に煮魚竜です。全てのすしに江戸前流の技法を施しています」


 そう言いながら魚竜の煮汁を甘辛く煮詰めたツメを仕上げにコーティングした。火を通すと脂の乗った魚竜肉は魅惑の甘みとコクが増し、ホロホロのシャリと絡んで掟破りなまでの喉越しを生み出したのだ。

 ジョンは感心したのか、ついにカウンター越しのセラミックに向かって声を発したのだ。


「素晴らしい! 古代のオフタルモサウルスを何だか理解できたような気がする。それにしても素材の持ち味を活かした、なんて繊細で洗練された料理なんだ! 和食なんて合わないと思っていたんだが」


「フフフ、ありがとう。おまかせコースの締めに、この椀物もどうぞ」


 セラミックはジョンに綺麗な塗りの椀を渡す。すし屋の大将から応援で頂いた逸品だ。ふたを開けた彼は、その香りに自宅近くのフィッシャーマンズワーフを思い出した。


トリゴニア(三角貝)のお吸い物です。身も心も温まりますよ」


 牡蠣のようで蛤より濃厚な身質のトリゴニアは、出汁の海からその故郷の豊かさを余すことなく表現したかのようである。胃腸の襞に染み渡るような、滋養に満ち溢れる優しさとでも言えるのだろうか。

 Dr.のハンクは、まだ若いセラミックのセンスと美学に脱帽し、自分のチョイスが的確であった事を松上に対して自慢げに話し始めたのだ。


 


 


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