第95話 戦場を駆ける
轟音が響き渡る。それと同時に、数十体の魔獣が空高く吹っ飛んだのが見えた。
「山断ッ!!」
アレクシスだ。地面を蹴って跳躍し、振り上げた大剣を勢いよく振り下ろす。魔力を纏わせたその一撃は広範囲の大地を粉々に粉砕し、さらに多くの魔獣を吹き飛ばした。
「アレくん、右!!」
不意に少女の声が聞こえた。それはアレクシスも聞いたようで、叩きつけた大剣を持ち上げて右に跳ぶ。
「あっはっはァ!!ほらほら、避けなきゃ死んじゃうよ!!」
「グオオオ・・・!」
「死刃嵐ィ!!」
黒い刃が大量に降り注ぎ、アレクシスに迫っていた魔獣達が瞬時に肉片と化す。ベチャベチャと音を立てて散る魔獣だったモノの上に勢いよく着地したのはラスティ。鎌を持っているので性格はブラックモードである。
「よーし、おじさんとも遊ぼうかい」
ラスティの真横を通り過ぎた影。キラリと光ったのは糸だろうか。そう思った瞬間、大量の首が地面に落ちた。
「おらああああッ!!」
さらに影は疾走する。崩れ落ちた先頭の軍団を突破し、後ろに控えていた魔獣達が次々と命を散らしてゆく。ハスターも、ああ見えて相当強い男なんだと改めて実感した。
「行くわよ。時代遅れの魔獣共に、私達魔王軍の魔導を思い知らせてやりなさい」
「了解です」
「よっしゃあ、暴れるぜ!」
向こうではヴェントとテラが魔獣に突っ込んでいく。そして、彼らを送り出したベルゼブブは膨大な魔力を解き放った。
「消えろ、スカーレットノヴァ!!」
空に描かれた魔法陣から紅い弾丸が発射された。それは凄まじい速度で地上に迫り、魔獣の軍団を消し飛ばす。
「おい馬鹿、殺すつもりか・・・!」
「あらあらどうしたの?ちゃーんと手加減したから大丈夫だと思うけど、もしかして死ぬのを恐れてたりするのかしら?」
「私は最強だから余裕で跳ね返せるけど、他のヤツらが巻き込まれたら大変だろうが。これだから頭の悪い子供は・・・」
「な、なんですってぇ!?」
そしてこんな時でも喧嘩を始めるギルドマスターと魔王様。なんだろう、あれを見てたら敵の数は多すぎるけど負ける気がしない。
「さあテミス、俺達も行くか」
「ああ、必ず勝とう」
「マナもがんばるよー!」
強大な魔力反応が一つと、ユグドラシルは言っていた。少なくとも一人は神罰の使徒が来ているんだろう。ここは俺がそいつと戦った方がいいかもしれない。
「幻襲銀閃!!」
テミスが分身を二人生み出し、魔獣に斬りかかった。続いてマナも笑顔で駆け出し、雷魔法を容赦なくぶっ放す。
「やるな、テミス。だが、その程度では私の相手にはならないぞ」
「っ!!」
俺も戦闘を開始しようとした瞬間、目の前を凄まじい速度で誰かが通過した。その直後、剣と剣がぶつかり合って発生した金属音が響き渡る。
「テミス!」
「だい、じょうぶ・・・!」
ギリギリと剣を押し付け、テミスの体を切り裂こうとしているブロンドの髪の女性。まさか────
「師匠・・・!」
「まだ腕は治っていないようだが、前とは少し違うな」
「女神様が言っていた強大な一つの魔力反応、それは師匠のことだったようですが、どうして貴女一人なんですか!?」
「さあな。それは魔神に直接聞け」
テミスが弾き飛ばされる。咄嗟に俺は動き出そうとしたけど、着地したテミスは来なくていいと俺に言う。
「師匠の相手は私に任せて、タローは古代魔獣達から世界樹を守ってくれ!」
「で、でも!」
「あの日にいったい何があったのか、どうして師匠は神罰の使徒に手を貸しているのか・・・勝って私はそれを聞きたい」
「テミス・・・」
距離はあってもわかる。俺を見つめる彼女の瞳からは、一人でエリスさんを倒すという強い決意を感じた。
「あーもう、じゃあ無理だけはしないでくれよ!テミスの力、師匠に見せてやれ!」
そんなテミスに俺は拳を突き出しながらそう言うと、彼女も満面の笑みを浮かべながら同じように拳を突き出してきた。くそっ、反則級に可愛い・・・とか思ってる場合じゃなかった。
「さあ来い魔獣共!異世界から来た女神代理、佐藤太郎が相手になるぜ!」
必ずこれを乗り切って、グリードを止めてみせる。そう胸に誓い、俺は魔獣の群れに向かって駆け出した。
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「さて、始まりましたね」
女神は呟く。僅かではあるが、魔力が乱れ始めている。あまり長くは居られない。
「強大な魔力の持ち主は、別に佐藤太郎一人で始末出来るでしょう。ですが、彼は私達と同じように〝攻撃型魔法〟を自由自在に使用できる訳では無い。あの数の古代魔獣を相手に、世界樹を守るのは少々厳しいですかね」
振り返り、静かに眠る少女を見つめる。
「そして彼女は躊躇っている。魔力を使うべきか、ギリギリまで魔力を回復させるか。ふふ、やはりまだまだ未熟ですね」
眠る少女に話しかけているのか、それとも戦場で神罰の使徒を迎え撃っている者達に話しかけているのか。
「佐藤太郎にとって、最も大切な存在はあの銀髪の少女なのでしょう。ですが、貴女のこともその次の次くらいには大切に思っている筈です。やれやれ、彼も罪な男ですねぇ」
少女に歩み寄り、女神は微笑む。
「今回の戦闘で世界樹の防衛に失敗すれば、その時点でこの世界は終わりです。私の魔力を持つ最強の人間がどれだけ頑張っても、一人で戦い続けるのは不可能。さてさて。女神として、世界樹として、世界そのものとして。ユグドラシルの結末を見守るとしましょうか」