第94話 世界樹は語る
最終章です
「え、ええと。つまりタローは別の空間に存在する世界から、女神ユグドラシルの魔力を唯一使いこなせる対グリードの切り札として、この世界やって来たってこと?」
「まあ、そうだな」
「・・・・・・」
ぽかーんと、あのベルゼブブが口を開けて俺を見てくる。いや、ベルゼブブだけじゃなくて他の皆も同じ感じだ。
「ごめん、黙ってて。ユグドラシルの言うとおり、俺は元々違う世界に住んでた人間なんだ」
「というか、今あたし達の前に女神様が居るっていうのが信じられないんですけどー・・・」
ラスティの視線の先で、ふわふわと宙に浮いている女神はにっこり笑う。皆にも見せてみたいもんだ。コタツに潜りながらミカン食ってテレビ観てるこの女神の普段の姿を。
「それで、佐藤太郎。貴方、また魔力が暴走しかけていましたよね?」
「え、いや、それは・・・」
「ギルドで眠っていた少女から感じた魔力、あれは嫉妬ですね。なるほど、あの少女が大怪我をしたのを見て激おこぷんぷん丸状態になった感じですか」
「・・・すまん。でも、グリードだけは絶対許さない。次会った時は、必ずこの手で───」
「頭を撫でてあげるんですね、分かります」
「ちげえよ!!」
一瞬その光景を想像してしまい、あまりにも気持ち悪かったのでつい怒鳴ってしまった。ああもう、疲れる。
「まあ、レベルが低いのにステータスが皆を上回ってたりしたてたのは、ユグドラシルの魔力を俺が持ってたから。だからさ、皆みたいに努力して強くなったわけじゃないんだ」
どう思われてるのだろうか。皆は俺を強いって言ってくれてたけど、ただ単純に神様の力を借りて使っていただけ。しかも、この世界の人間じゃない。そんな俺を、話を聞いた皆はどう見ているのか。
「うん、そうか。だからといって、私はタローを嫌いになったりはしないよ」
「へ・・・」
不安になりながらもテミスを見ると、何故か彼女はいつものように優しい笑みを浮かべていた。
「別の世界から来た人だったとしても、タローはタローだ。身体の中に宿しているのが女神様の魔力でも、努力してそのステータスを手に入れたわけじゃなかったとしても。そんな事を言われたからといって、タローを好きだというこの気持ちが変わることは絶対にないから」
「ふふん、そんなの当たり前じゃない。私だって、テミスと同じ気持ちなんだから。これから先もずっと、私は優しい貴方のことが大好きよ」
「テミス、ベルゼブブ・・・」
あ、やばい。
「というか、普通そんな力を得たんだったら調子に乗ったりするもんだと思うけど、タローくんが本気で力を使うのって必ず誰かのためじゃない?それが他人から貰った力だったとしても、あたしはかっこいいと思うけどなぁ。なんか選ばれた勇者みたいな感じよね!」
「そうだな。タローなら安心だが、この馬鹿が力を授かっていたらと考えると寒気がする」
「ムッカ〜〜〜!だからアレくんはモテないんだって」
視界がぼやける。
「ま、いいんじゃねーの?お前がモテんのは納得いかないが、神罰の使徒をぶっ潰すために戦うのなら、おっさんの力を貸してやんよ」
「僕の魔力は僕にしか扱えないように、この世界の女神が持つ魔力は君にしか扱えない。それは相当凄いことだと思うけど、どうして君は胸を張らないんだい?」
「そんな凄いお前がいなかったら、俺達魔王軍は第二魔界に潰されてた筈だ。元々敵対してた魔族を助けるために、わざわざ手を貸してくれた優男を責める奴なんて誰もいないって」
不意に腰のあたりに軽く衝撃が伝わる。ぼやけていても、マナが笑顔で抱きついてきたというのは分かった。
「えへへ。マナもご主人様のこと、だいすきだよぉ」
ああもう、畜生。
「あらら、泣いてるじゃないですか」
「う、うっせー。泣いてないって」
ニヤニヤしながらユグドラシルが顔を近づけてきたので、急いで目元を拭いてから皆に顔を向ける。
「ありがとう、皆。やっぱり俺、この世界が大好きだ。だからこそ俺は戦うよ。必ずグリードをぶっ倒して、平和な日々を取り戻してみせる」
「まったく、仕方ないから私達も世界のために戦ってやろう。まずはエリスが言っていた世界樹への攻撃を阻止する。もしあれが折られたら、間違いなくこの世界は終わるからな」
ソンノさんがそう言った。そういえばさっきテミスの師匠がそんな事を言ってたけど・・・。
「折られたらって、あれはこの世界への攻撃を開始するって意味じゃないんですか?」
「やれやれ、これだから異世界人は」
な、なんかムカつくな。
「この世界には、世界樹という超巨大な大樹が存在します。まあ、その大樹は私自身なんですけど」
ソンノさんの説明を引き継ぎ、ユグドラシルが語り始める。
「んん?」
「大樹のままだと動けないので、佐藤太郎、貴方の中にある私の魔力を使い、こうして仮の姿で貴方達の前に姿を現しているのです。今は世界の魔力が安定しているので、こういった時以外は不可能ですが。とりあえず女神=世界樹、世界樹=女神=この世界と思ってもらえれば」
「ややこしいわ!」
「そんな世界樹が折れるということは、女神が死ぬということです。女神が死ねばこの世界の魔力を安定させる者は消え、乱れた魔力を体内に入れた人々は死に絶え、世界のバランスは崩壊。グリードの望む混沌と破滅の世界がやって来る」
と、ユグドラシルが言い終わるのと同時に景色が切り替わる。一瞬でギルドの中から外へ。振り返れば、雲を突き抜けそびえ立つ超巨大な大樹が目に飛び込んできた。
「なっ・・・!?」
「これが世界樹です。あ、向こうに見えるのが浮遊大陸アトランディアですね」
それから別の方向に顔を向けると、左の端から右の端まで続く浮遊大陸が見えた。さっきまで俺達はあれの真下に居たのか。
「グリードの魔力で少しずつこちらに向かってきているようです。まあ、幾ら桁違いの魔力を持っているとはいえ、途中で何度か休憩を挟む筈。それでもあと三日程で此処に到着するでしょう」
「それまでに迎え撃つ準備をしないと」
「いえ、もう時間はありませんよ。かなり強大な魔力反応が一つ、それから古代魔獣と思われる魔力反応が数千。あと10分程で世界樹に到達します」
「面倒だな。ここにいるメンバーだけでその数を相手にしなきゃならないってことだ」
ソンノさんが魔力を纏う。そしてユグドラシルの目の前まで歩き、彼女を睨むように顔を上げた。
「おいユグドラシル。戦闘が始まったら周辺の魔力が乱れまくると思うから、頑張って安定させろよ」
「あら、そんな事が分かる人がいるなんて。もしかして貴女、私の知り合いだったりします?」
「どうだかな」
そんなやり取りをしたあと、二人は同時に視線を向こうへ。俺達も遠くを見つめる。さあ、いよいよ世界の運命を決める戦いの始まりだ。