第93話 浮遊大陸アトランディア
「な、なんだ・・・!?」
テミスが立ち上がり、窓を開けた。急に外が真っ白になったかと思ったら、今度は真っ暗になったのだ。夜空を照らしていた月や星は消え、黒い紙を貼り付けたかのような空がどこまでも広がっている。
「ううん、違う。これは空じゃないわ」
隣にいたベルゼブブがそう言う。よく見れば彼女の頬を汗が伝い、ぽたぽたと地面に落ちていた。
「ダークフレア!」
そんなベルゼブブの手のひらから放たれた魔法は、窓の外に広がる空へ向かって猛スピードで飛んでいく。しかし、突如炎は何かに衝突したかのように弾け、そして消えてしまった。
「・・・バリアのようなもので覆われた何かが王都の、王国の上空に出現したみたいね」
「ど、どういうことだ!?王国よりも巨大な魔物が存在するということか!?」
テミスが取り乱す気持ちも分かる。そんなにも大きな生物が現れたとしたら、この国は一瞬で踏み潰されてしまう。でも、多分あれは魔物なんかじゃない。
「お前ら、全員起きてるか!?」
そんな時、突然扉が乱暴に開かれて中にソンノさん達が駆け込んできた。
「グリードの奴、まさかあれを別空間から引っ張り出してくるとは・・・!」
「え、別空間からって・・・?」
「本とか読んだりしてないのか?あらゆる魔法を弾き返す空間障壁で覆われた浮遊大陸アトランディアとか、一度は聞いたことぐらいあるだろう!?」
「アトランディアですって!?」
ソンノさんの言葉に反応したのはベルゼブブ。窓の外を指さしながらソンノさんに近寄り、ものすごい剣幕で声を出す。
「魔界じゃ誰でも知ってる昔話に出てくる、幻の浮遊大陸アトランディア!世界を支配しようとしていた魔王グリードと、それを阻止しようとした女神アークライトが戦った決戦の地!でも、なんでそんなものが今出現したのよ!」
「グリード率いる古代魔獣が住み着いていた浮遊大陸は、決戦の最中にアークライトが別空間に封印したという。それをグリードがこの空間に出したってことだ」
「こ、古代魔獣は普通の魔獣の数倍は強いと言われているわ!もしアトランディアから古代魔獣達が地上に降りてきたら・・・」
「恐ろしい数の死者が出るだろうな」
部屋が静まり返る。そりゃそうだ。突然浮遊する〝大陸〟なんてものが王国の真上に出現して、そこから古代魔獣とやらが降りてきたら大勢の人が死ぬというのだから。
「は、早く何とかしないと!」
「でも、ベルゼブブの魔法を弾くほどの障壁が展開されている。多分私達の攻撃は効かないぞ」
ラスティとテミスがそう言う。
「ソンノ嬢の空間魔法でも?」
「無理だ。いや、一瞬なら可能か。だが、消した瞬間に恐らく障壁は再び大陸の周囲に展開される。私の魔力も無限じゃないからな。消す度に再展開されるのが分かっているのに無駄な魔力は消費したくない」
「うひょお、どうしようもないッスねぇ」
ソンノさんの空間魔法ですら障壁を突破出来ないというのを聞いて、ハスターが頭を搔く。
「魔王様の魔法が弾かれただと・・・!?」
「んじゃあ俺達四天王の魔法じゃあれは破れないってことだな」
自分達の魔法ではどうしようもないというのを思い知らされ、ヴェントとテラがうーんと唸る。
「タローでも無理なのか?」
アレクシスにそう聞かれたけど、俺は首を横に振った。
「空間に干渉する魔法でも無理なんだ。パワーだけじゃ、多分障壁を破壊する事なんて不可能だと思う」
「チッ、奴め。何が目的でアトランディアを────」
「決戦の地に相応しいだろう?」
どうしようもないこの状況に全員が苛立ちを感じ始めた時、突然部屋の扉付近から声が聞こえたので振り返ると、腕を組み扉にもたれかかる一人の女性が立っていた。
「エリス・・・!」
「やあ、ソンノ。君にしては随分取り乱しているようだが」
「なんだお前、余裕ぶってのこのこ姿を見せやがって!!」
エリスって、テミスの師匠だったはず。そう思った直後、ソンノさんが部屋の中だというのに魔法を放った。空間を揺さぶり発生させた衝撃波が、床を砕きながら現れたエリスさんに迫る。
「少し落ち着いたらどうだ?サトータローも居るようだが、戦闘を望むのならば確実に五人は殺してやるぞ」
けど、衝撃波をモロに食らってもエリスさんはその場から動かなかった。壁が吹っ飛ぶ程の破壊力を誇る空間魔法を食らったというのにだ。
「師匠・・・」
「テミスか。お前もいつまで起きている。早寝早起きを心がけろと毎日言っていただろう」
「何が目的でここに?」
「グリードからの伝言だ」
「っ・・・」
その一言で空気が変わる。
「さっきも言ったように、王国の・・・いや、この大陸の真上に出現した浮遊大陸アトランディアは、グリードが最終決戦の地として用意したものだ。まあ、安心するといい。アトランディアは明日には海の上に移動するだろう」
「最終決戦・・・」
「そう、最終決戦の為にな。あの男は強者との死闘を望んでいる。二千年前にアークライトと全力で潰し合った時のように、今度はサトー、お前と限界を超えた決戦をしたいんだと」
「俺?」
「グリードが長い年月をかけて封印を破った理由はそれだ。どうやら知っていたらしい。女神ユグドラシルが、別の世界から人間を一人こちらに転移させようとしていたのを」
心臓が跳ねた。全員の視線が俺に向けられる。
「ユグドラシルの魔力をその身に宿すことができる人間は二千年間現れなかったが、遂にお前という存在があちらの世界で誕生した。そして、半年ほど前に異界間召喚が行われたというわけだ」
「なんで、知ってる・・・」
「私は知らなかったが、グリードは全て知っていた。お前が異世界から来た人間だということも、女神アークライトがあれからどうなったのかも、な。さて・・・」
汗が零れ落ちる。今までずっと黙ってきたことを、今この場にいる全員に知られてしまったのだ。
「我々神罰の使徒は、これより世界樹への攻撃を開始する」
「なっ・・・!?」
「あの大樹から出る魔力がグリードの魔力を封じ込めようとしているらしいのでな。さあ、戦争だ。我々を止めてみせろ、世界樹の六芒星と魔王軍」
転移魔法でエリスさんが消える。しかし誰も動かなかった。いや、動けなかったというべきか。
「た、タロー。今の、話は・・・」
テミスに震える声でそう聞かれたけど、俺は顔を上げることができない。そんな時、とても懐かしい魔力が部屋の中を満たした。
「情けない面ですね、佐藤太郎」
エメラルドグリーンの髪を腰の辺りまで伸ばした、何故かニヤニヤしている女性が何も無かった場所に姿を現す。
「お、お前、ユグドラシル・・・!?」
「ええ、ユグドラシルです。でも残念ながら、魔力を安定させている最中の本体は裏世界から出すわけにはいかないので、貴方の前に居る私は、僅かな魔力で生み出したとても不安定な存在だと思ってくれれば結構ですよ」
「・・・?・・・!?」
駄目だ、もう疲れた。それに、どうやら全員が同じことを思っていたようで、状況の整理にはまだまだ時間がかかりそうだった。
ヴェント
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年齢:211歳
身長:177cm
体重:67kg
特技:スカートめくり
趣味:魔法研究
好みのタイプ:清楚な女性
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風魔法を操る魔王軍四天王の一人。一応これでも世界樹の六芒星と互角かそれ以上の強さを誇っているが、扱いが完全に雑魚キャラ。
初めて太郎と闘ってからは何かと行動を共にすることが多くなり、しょっちゅう喧嘩しているけど実は意外と仲がいいのかもしれない。
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ここから次の章に移ります。いよいよ物語も終盤です。