第91話 大罪魔王グリード
俺は一瞬、それが誰なのか分からなかった。血が水たまりのようになっていて、その中心でうつ伏せに倒れていた少女。
震える身体を無理矢理動かして少女に駆け寄り、そして伸ばされた手に触れる。冷たい、あまりにも冷たい。でも、前に寝ぼけて抱きしめた時も、同じように冷たかったじゃないか。
だから生きてる。そう思いたかったのに、血に濡れた少女の身体を起こした俺の目に飛び込んできたのは、左目から、腹部から、喉から。命と共に血を外に溢れ出させている、助からないと思ってしまう程の怪我だった。
「は、はは。嘘・・・だよな?」
少女からの返事はない。それどころか、さっきから指の一本すらピクリとも動かない。
「だってディーネ、超強くなってたじゃんか。だから、君が負ける筈ない・・・!」
よく見たら髪色が元に戻っている。あれだけ恐怖を感じた嫉妬の魔力も、元の海のように穏やかな魔力も全く感じない。
「少し遅かったようだな、サトータロー」
「・・・あ?」
声が聞こえた方に顔を向けると、腕を組みながら不敵な笑みを浮かべている男と目が合った。人間じゃないというのは羽や角を見たらすぐに分かったけど、なんだあの気持ち悪い魔力は。
「誰だよ、お前・・・」
「今そこで無様に命を散らした嫉妬の魔王ディーネが挑み、そして敗れた魔族の王だ」
「魔族の王?まさか、お前は」
「貴様達人間が余の復活を阻止する為に行動していたのは知っているぞ。くくっ、残念ながら間に合わなかったがな」
男が腕を広げ、そして魔力を放つ。
「余は初代魔王。この地上に混沌と破滅を齎す、大罪魔王グリードだ!!」
「お前が・・・!」
必死に戦った少女の腹部を貫き目を抉り、そして喉を潰したのか。いつも笑っていた、輝いていたディーネをこんなにもボロボロにしたのか・・・!!
「大罪魔王、グリード」
「いいぞ、怒れ。全ての魔力を解放するのだ」
「グリード、グリードォ・・・!」
ディーネをそっと寝かせてやり、立ち上がる。
「てめえええええええッ!!!」
そして魔力を纏い、全力でグリードの顔面を殴った。しかし、グリードはその場から動かずにまだ笑みを浮かべている。
「なっ・・・!?」
「ぬるいわ」
手加減なんてしてなかった。なのに、グリードは全く怯まずに俺の顔面を殴り返してきた。その衝撃で俺は吹っ飛ばされて地面を転がり、そのまま壁に激突して前のめりに倒れ込む。
「分かるか?これが初代魔王の力、とは言ってもまだ半分以下しか魔力は取り戻せていないが」
「初代魔王・・・」
頬が痛む。でも、ダメージを受けた衝撃を、初代魔王が復活してしまったことの衝撃はあっさりと上回る。
「間に合わなかったのか・・・!」
「いいや、その女が此処に来なければ、今日余が再び地上に姿を現すことはなかったであろうな」
「は?どういうことだ」
「余が復活する為に必要だったのは魔力。かつて余の魔力を女神アークライトが封印した根は全て回収したものの、それでもまだ魔力は不足していた。しかし、神罰の使徒殲滅を目的にこの場所へとやって来たその女は嫉妬の魔力を解き放った。それを余は吸収し、こうして封印を破ったというわけだ」
「っ・・・!」
じゃあ、初代魔王が復活してしまったのは。
「その女の勝手な行動が、お前達の頑張りを無駄にしたのだ。それでもお前は、女の味方をするのか?いや、できるのか?」
「違う、ディーネのせいじゃない」
「ふむ・・・?」
「俺達が根の回収に失敗したから、俺達がディーネの変化に気づいてやれなかったから。もっと前に、俺がハーゲンティを逃がしてしまったから・・・!」
「それでも最終的に悪いのはその女。大した力も無い分際で図に乗った、救いようの無いゴミだ」
「っ、なんだとォ・・・!?」
絶対に許さない。もう我慢の限界だ。
「さて、余はそろそろ失礼させてもらうとしよう。魔力は暴走していても、まだお前は完全に力を引き出せていない。最高の舞台を用意しておいてやるから、決戦の時までにせいぜい壊れておけよ、サトータロー」
「殺してやる・・・」
グリードの足元に魔法陣が浮かび上がる。ハーゲンティと同じように転移魔法で逃げるつもりだ。でも、今の俺なら確実にそれを阻止できる。
殺す、殺す、殺す・・・!
「お前だけは絶対に殺してやるッ!!!」
グリード目掛けて全力で地を蹴る────その直前、突然ものすごい力で足首を誰かに掴まれた。
「なっ、え・・・?」
振り返って視線を落とすと、俺の足首を掴んでいたのはディーネだった。目は開いていない、魔力も感じない。なのに、ディーネは確かに俺の足首を掴んでいた。
「っ、しま・・・!」
止まってしまった。そしてその隙に、グリードは俺の前から姿を消した。くそっ、いつもいつも最後に・・・!
「なんでだよディーネ!今君が俺を止めなければ、俺は確実にあいつをぶっ殺せてた!」
しゃがみ、ディーネの体を起こしてそう言う。
「なあ、なんでだ!?ディーネだってあいつを倒すために戦ったんだろ!?だったらなんで俺を止めた!!」
どれだけ大声を出してもディーネは返事をしてくれない。視界が滲む。こみ上げてきた涙が零れ落ち、ディーネの頬に当たって弾ける。
「なあ、頼むよ。返事してくれ・・・!」
魔力を感じる。ソンノさん達がここに向かってるんだ。でも、そんな事はどうでもいい。祈るようにディーネの手を握りしめ、俺は声を掛け続ける。
「ディーネ・・・」
それでも、ディーネからの返事は無かった。
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「あまりにも酷い怪我だ。こんな事は言いたくなかったが、今後ディーネが目を覚ます可能性はほとんど無いだろう」
ソンノさんの言葉を聞き、全員が息を呑んだのが分かった。俺も言葉を失った。ベッドを見れば、身体中に包帯を巻かれたディーネが横たわっている。
「ちょ、ちょっと!目を覚ます可能性はほとんど無いって、なんの冗談よそれは!」
「こんな時に冗談を言うと思ってるのか?」
「神罰の使徒は、エリスとかいう女以外は全員雑魚でしょう!?そんな連中を相手に、ディーネが死ぬ寸前まで追い詰められたなんて、そんなの信じられない!」
「初代魔王グリード、奴が既に復活しているとしたら?」
「・・・は?」
ソンノさんが俺を見てくる。
「見ろ、タローが怪我してる。ハーゲンティの技ならタローにもダメージを負わせることは可能だが、これは槍で攻撃された跡じゃない。タローの耐久を上回る威力を誇る、素手での攻撃だ」
「うそ、でしょ・・・」
まだ頬は痛む。ソンノさんの言うとおり、あの時グリードに殴られた俺は、この世界に来て初めてただのパンチでダメージを受けた。
「復活は阻止出来なかったが、あの男はまだ完全に魔力を取り戻せているわけじゃない。それでも暴走状態に陥っていたディーネを圧倒し、タローにダメージを与えたんだ」
「ねえ、なんでそんなに魔王グリードについて詳しいの?」
「私はギルドマスターだから、色んな情報が入ってくるんだ」
「貴女って毎回そう言ってるわよね」
呆れたような視線をベルゼブブに向けられてるけど、ソンノさんはまったく気にせず話を続ける。
「グリードを、神罰の使徒を叩くなら今だ。奴が魔力を全て取り戻したら勝ち目が無くなる」
「ええ、そうね」
ベルゼブブの髪が紅に染まる。同時に魔力が全身から溢れ出し、ギルド内をビリビリと震わせた。
「大事な親友を傷つけられたんだもの。絶対に許さない。全員まとめて叩き潰してやる・・・!」
これは憤怒の魔力だろうか。このまま彼女が魔力の放出を続ければ、恐らく王都は木っ端微塵に消し飛ぶだろう。
ベルゼブブは本気で怒っている。いや、彼女だけじゃない。ヴェントやテラもきつく拳を握りしめているし、世界樹の六芒星の面々も魔力を抑え切れてない。
「・・・全員、一度外に出て落ち着け。今後どうするかの話はその後しよう」
そう言って部屋から出ていったソンノさんに続き、皆も怒りを抑える為に外へと向かう。でも、俺だけはその場から動くことができなかった。
ラスティ・アグノス
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年齢:18歳
身長:159cm
体重:???
特技:歌うこと
趣味:食べ歩き
好みのタイプ:面白い人
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世界樹の六芒星の一人であり、アレクシスの幼馴染。細身だが巨大な鎌を軽々と振るい、さらに鎌を持つと性格が豹変する。
髪をツインテールにしている彼女は歌うことが好きで、かなりの美少女なので男性からの人気はテミスに次ぐ二番目。
よくアレクシスと付き合っていると勘違いされているが、本人はずっと共に過ごしてきた彼のことをどう思っているのだろうか。