第88話 目覚めるは嫉妬
目の前に居るのは確かにディーネだ。なのに、この違和感は何なんだろうか。
まるでハーゲンティ達が持つ魔力・・・いや、それ以上に歪んだ負の魔力を感じる。この子の身にいったい何があったのか、それを聞く前にディーネは俺に抱きついてきた。
「私、今幸せだよ。静かな場所だから、私とタローさん以外の話し声は聞こえない。全員凍ってるから、今ここに居るのは私達だけなんだよ」
「っ、どういうことだよ」
「え?」
「なんでこんな事をしたんだ!その魔力はなんだ!?島で神罰の使徒に何をされたんだよ!」
「・・・」
「町を凍らせたのは、本当にディーネなのか!?俺達をからかってるだけなんだろ!?」
「よくないなぁ、現実逃避。タローさんの為に私はこうしてるのに」
・・・今、なんて言った?
「これが、俺の為だと?」
「そうだよ。私達、ここで一緒に暮らすの。でも人が居るとうるさいし邪魔でしょ?だから凍らせちゃった」
「何を言ってんだ!!」
肩を掴んでつい怒鳴ってしまった。
「関係ない人達を凍らせて、君は殺したんだぞ・・・?」
「一応関係なくはないよ。だってあの人達、全員神罰の使徒所属だからね。この町の住民は多分全員あの人達に殺されてる。ふふ、安心して。タローさんに嫌われたくないから、ああいうクズ以外は殺さないようにしてるの」
「・・・違う」
「何が?」
「ディーネは、そんな事を言わない子だ」
「言うよ。それが私だもん」
なんでずっと笑ってるんだ?目の前の少女が恐ろしくて仕方ない。震える身体を無理やり動かし、俺は後ずさる。
「さ、タローさん。私ならタローさんの全部を受け止められる。タローさんになら何をされてもいいの。だから、こっちに来て」
「・・・無理だ」
「どうして?」
「俺には、テミスが────」
ぴしりと、確かにそんな音が聞こえた。
「テミス?私の前で、私以外の女の名前を口にするの?なんで?」
ディーネが一歩前に踏み出す。
「テミスが何?もしかして、まだタローさんの目には私じゃない女が映ってるの?ここまでタローさんのことを想ってる私よりも、他の女を選ぶって?」
さらに一歩。
「あは、あっはははははははは!!なんで!?ねえ、どうしてなの!?じゃあ私は何をすればいいの!?教えてよタローさん!!」
「ぐっ・・・!?」
凄まじい魔力がディーネの身体から放たれた。それは以前闘ったサタンの魔力に匹敵する程のものだけど、今のディーネが放つ魔力を浴びる度に寒気がする。
「全部・・・」
「やめろディーネ!今は仲間同士で争ってる場合じゃ───」
「凍れぇッ!!!」
まるで波が広がるように、あらゆるものがバキバキと凍りついてゆく。どういうことだ、いつもの水魔法は使わないのか?
「くそっ、やめろって・・・!」
迫り来る氷の波を殴って砕き、笑うディーネに向かって走る。そんな俺を見たディーネが氷を槍のような形にして何十本も飛ばしてきたけど、躱したり破壊したりしながら一気に距離を詰める。
「まずは誰から殺そうか。やっぱり私からタローさんを奪ったあの女かなぁ!」
「ふざけんな!そんなこと、ディーネにさせてたまるかよ!」
本当はしたくないけど、一度気絶させるしかない。ディーネの目の前に移動した俺は、彼女の魔力を消し飛ばすために魔力を腕に集中させた。
だが。
「あっはっはっはっはっはァァァッ!!!」
「っ────」
右半身に走った衝撃。そのまま俺は派手に吹っ飛び、凍りついた家の壁を突き破って冷たい床を転がる。
「くそっ、寒すぎだ・・・!」
吹雪のせいでどこから攻撃が来るのか全然見えない。それに、ダメージは受けてないけど徐々に身体の感覚が無くなってきてる。
・・・このまま戦闘を続けると、恐らく負けるのは俺だ。
「タローさんの為に私はこんな事をしてるのに、邪魔しないでよッ!!」
「だったらいつものディーネに戻れって!」
「ほんと、いい加減にしなさい」
猛スピードでディーネがこっちに向かって地を蹴った。それが見えたので迎え撃とうとした時、俺の目の前に今のディーネと同等の魔力を纏ったベルゼブブが降り立つ。
「まだ生きてたのか死にぞこないめ・・・!」
「魔王だもの。あの程度で死ぬことは無い」
二人の魔力がぶつかり合う。衝撃波が周囲の家屋を粉々に粉砕する中、至近距離で凄まじい魔法の撃ち合いが始まった。
「今までずっと、ただ魔力が暴走寸前に陥っているだけだと思っていた。でも違う。今の貴女の中にはもう一つ、私と似たような魔力が流れている」
真上からベルゼブブの魔法を食らい、ディーネが顔面から地面に倒れ込む。その衝撃で地面にはクレーターが出来上がり、赤い液体が飛び散ったのが見えた。
「それは、嫉妬。昔の話だったから忘れていたけれど、恐らくあの事件の時から貴女はその魔力を身に宿していたのね」
「・・・ふふ、それはどうかなぁ」
ゆらりとディーネが立ち上がる。頭が切れたのか、ダラダラと血を流しながらまだ奇妙な笑みを浮かべる彼女は、これまで見てきた相手の中で最も恐ろしい存在だ。
「べ、ベルゼブブ。どういうことだよ」
「第二魔界の男が言っていた七つの魔力、その中の憤怒と暴食の魔力を私は持っている。そしてディーネは」
「まさか・・・」
テミスの名前を出した途端、ディーネの様子は明らかにおかしくなった。もしも本当にそうだとしたら、ディーネはベルゼブブに匹敵する程の────
「嫉妬の魔王、ディーネってとこか」
突然上に穴が出現し、そこからソンノさんが飛び出してくる。
「島で何かあったんだろうな。恐らくこれまで一度も嫉妬をしたことがなかったディーネは、何かに対して嫉妬してしまった。それがきっかけで眠っていた嫉妬の魔力が暴走したんだろう。ま、その何かっていうのは今のあいつの壊れっぷりを見てたら嫌でも分かるが」
「嫉妬?するに決まってるじゃんそんなの!だって私はこんなにタローさんのことが好きなのに見向きもされないんだよ!?そう、何をやっても隣に立てないんだよ!いつもいつもいつもいつもタローさんはあの女のことばかり!なんで・・・なんで私じゃ駄目なのよッ!!」
ディーネが、泣いている。
「なんでッ!!」
「っ、がは・・・!」
なんて声をかければいいのか分からずに呆然とする俺の隣で、凄まじい速度で殴られたベルゼブブが後方に吹っ飛ぶ。さらに荒れ狂う魔力にソンノさんも弾き飛ばされる。
「どうしてッ!!?」
「なっ・・・!?」
急に周囲が暗くなる。上を見上げれば、恐ろしく巨大な氷の塊が俺にに向かって落下してきていた。
「氷山落とし!!!」
「こんなもの────」
それを受け止め、殴って破壊しようとした直後。突然全身が燃えるように熱くなり、俺はその場に崩れ落ちた。
「な、ぁ・・・!?」
氷の塊は拳が当たる前に全て溶け、熱湯となって俺の全身に降り注いだらしい。魔力を纏っていなかった俺の皮膚は真っ赤になっており、ところどころ皮膚が剥がれている。
ただ熱湯を浴びただけ。たったそれだけの理由で、俺はもう立てなくなってしまった。
「凍らせるだけじゃないよ。今みたいに水を瞬時に沸騰させることもできる。タローさん、優しいもんね。最初は魔力を纏ってたのに、途中から何も無しで私と闘おうとしてた」
「ぐっ・・・」
「だから今、タローさんは私に負けたんだよ。これで皆分かってくれるよね、私はタローさんよりも強いって───え?」
倒れたまま動けない俺を見下ろしていたディーネが、急に自分の頭に手を当てて後ずさる。
「は・・・?え?タローさんより強くなったって、なんで私はタローさんを傷つけてるの・・・?」
「ディーネ・・・?」
「私はただ、タローさんに認めてもらいたかっただけで・・・ち、違うよ、こんな筈じゃなかった。殺すって誰を?なんで?テミスさんもベルちゃんも、皆私の大切な人・・・なのに殺す?私が皆を?」
「ディーネ・・・!」
「嫌だ、違うの。そんな目で私を見ないで・・・!」
様子がおかしい。けど、一つだけ分かることがある。今目の前に居るディーネは、少しずついつものディーネに戻りつつあると。
「大丈夫だ、俺もベルゼブブも怒ってなんかいないから。ほら、一緒に帰ろう?皆が待ってる・・・」
「いや、嫌ぁ・・・」
「ディーネ、俺は────」
「いやああああああああああッ!!!」
それから何時間経ったんだろう。
王都ギルドの医療室で目を覚ました時、集められたいつものメンバーの中にディーネは居なかった。
ディーネ
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年齢:172歳
身長:157cm
体重:にっこり
特技:水を綺麗にすること
趣味:ランニング
好みのタイプ:タローさんみたいな人
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魔王軍四天王の一人で、太郎に恋するショートヘアの女の子。
いつでも明るく元気で、どんな人とでもすぐに仲良くなれるのが長所。魔王のベルゼブブとは幼馴染みで、しょっちゅう行動を共にするほど仲がいい。
無人島で初めて太郎とテミスの仲を見て嫉妬してしまい、それがきっかけとなって魔力が暴走。幼い頃に起こった事件で手に入れた嫉妬の魔力を身に纏い、ベルゼブブをも凌駕する魔王として覚醒してしまった。