第87話 凍てつく闇に染まる者
「分からない、分からないよ」
突然ディーネがそんな事を言ってきたのは、昨日の夕方だっただろうか。
魔神封印の根を回収できずに王都に戻り、ソンノ・ベルフェリオと数十分程言い合ってから別の町に移動したベルゼブブとディーネ。そこにあった宿で、顔が真っ青になっているディーネがベルゼブブにそう言ったのだ。
「皆大切な人。だって友達だもん。でもね、邪魔なの。そう、邪魔なんだよ」
何の話か分からず返答に困るベルゼブブに、ディーネはさらに一人で語り続ける。
「皆のもの?違う、私だけのもの。じゃあどうすればいい?どうすれば分かってくれる?」
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ」
「ああそうか、殺せばいいんだ。だって邪魔だもん。仕方ないよね。きっと許してくれるよ。邪魔だから殺す。ふふ、ふふふふ、そうだ、殺すんだ・・・」
「殺すって、誰を?何のことか分からないけど、そんな事をしたらタローに嫌われるわよ」
そう言った瞬間、どす黒い感情が渦巻く濁った瞳がじっとベルゼブブを見つめた。
「タローさんに嫌われる?なんで?」
「っ、貴女ねぇ・・・!」
「タローさんならきっと分かってくれるよ。だって、私はタローさんのことが大好きなんだから。あんなに優しくて強くて格好良くて友達思いで素敵で皆を幸せにしてくれる人は居ない。でもタローさんはいつも誰を見てる?隣を歩いてるのは誰?私じゃないよね。私はずっと後ろを歩いてる。背中を見つめることしかできないんだよ。手を伸ばしても届かない。だったらどうする?隣に立てばいい。タローさんが私に手を伸ばせばいいの。私はいつだってタローさんのことだけを考えてるんだから。どんな時でも私は伸ばされた手を取るよ。そうすれば私もタローさんも幸せだもんね。そうだ、そうしよう。いつがいいかな。今日かな、明日かな。邪魔者は消せばいい。なんで今頃気付いて────」
「ディーネッ!!」
ベルゼブブがディーネの胸ぐらを掴み、そのまま壁に背中をぶつける。瞬間、ディーネの笑みが消えた。魔族の頂点に立つ魔王の身体がぶるりと震える。
「魔力が・・・」
ずっと魔力が乱れているだけかと思っていたが、違う。いつもの穏やかな魔力とは違う、どす黒い負の魔力がディーネの体内に渦巻いている。
「貴女、いったい何が────」
言い終わる前に弾き飛ばされた。壁を突き破って外に投げ出されるも、慌てずそのまま着地する。
「ベルちゃんも私の邪魔するの?」
誰だ、あの女は。
崩れた壁際に立ち、自分を見下ろしているディーネを見ながらベルゼブブはそう思った。まるで別人、いつも行動を共にしている心優しい少女はどこに行ったのか。
しかし、あれはディーネ本人だ。感じる魔力はディーネのものだし、宿に着く前に一応魔眼でステータスも確認した。
「っ、そうだ。もう一度魔眼で」
ベルゼブブは太郎にも使用したことがある自身の魔眼で、ディーネのステータスを見る。そして戦慄した。
【Lv1000】
魔力が暴走しているあの少女は、いつの間にか自分のレベルを遥かに上回っていたのだ。
「まあいいや。待ってたら来てくれるかな。ふふ、来てくれるよね。だってタローさんだもん」
「ま、待ちなさい!」
「うるさいよ」
軽くディーネが手を振った瞬間、ベルゼブブは地面にめり込んだ。周辺に建つ家や宿も音を立てて崩壊していく。
「邪魔するのなら、ベルちゃんも消すよ」
そして、ディーネは何処かに向かって跳躍した。あまりの速さにベルゼブブは彼女を追うことができず、力が抜けてその場に座り込む。
それが昨日の出来事。現在ベルゼブブは、起こったことについて太郎に説明している最中である。
「おいおいまじかよ・・・」
太郎が頭を抱える。
「昨日ソンノさんと話をしたばかりなんだ。ディーネの様子がおかしいから、明日話を聞こうって」
「チッ、Lv1000とはな。サタンに勝ったタローならなんとかできるだろうが、そんな化物が町を襲ったりしたら終わりだぞ」
ソンノもどうしたものかと腕を組みながら唸る。
「というか、ソンノ・ベルフェリオ。どうして貴女がタローと二人で行動しているのよ」
「デートに決まってるだろ」
「デートぉ!?」
「うるさい魔王だ。今そんな事はどうでもいいだろうが。親友のお前を遠慮なく地面にめり込ませるような奴が、今何処で何をしているのか。それを早く知ることの方が大事だ」
「・・・そうね」
確かにそうだとベルゼブブは思う。その直後、突然向こうから一人の男が走ってくるのが見えた。
「む、アレクシスじゃないか。どうした?」
「ギルド長・・・タローに魔王も一緒か。た、大変です!クリスタが突然凍りついたとの報告が・・・!」
「なんだと?」
クリスタというのは、王都から南へ一時間程馬車に乗って進めばたどり着ける町だ。まさかと三人は思い、顔を見合わせる。
「でも、氷の魔法なんて使ってるのを見たことがないわ」
「そんな事はどうでもいい。とりあえずクリスタに向かい、町が
凍りついた理由を調査する。アレクシス、私が帰るまでに六芒星全員を集めておけ」
「りょ、了解!」
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「さ、寒っ・・・!」
アレクシスの言うとおり、ソンノさんの魔法で転移したクリスタは氷の世界と化していた。空は雲に覆われ、吹き荒れる冷たい風に乗って雪が顔にバシバシ当たってくる。
隣ではベルゼブブが自分の腕をさすりながら震えてるし、さすがにソンノさんも寒そうだ。そして当然俺も凍えてる。
「ディーネ、ここに居るの!?居るなら返事して!」
ベルゼブブがディーネの名を呼ぶ。けど、どれだけ待っても返事はない。
「と、とりあえず進んでみよう。向こうに誰か人が居るかもしれないし」
俺が歩き始めたのを見て二人も動く。
いったいこの町で何があったんだろうか。なんとなく横に目を向ければ、凍りついた人が苦しそうに上へ手を伸ばしていた。
「や、やっぱりこれはディーネが引き起こした異変じゃないと思う。あの子はこんな事をしたりしないって」
「ならタロー、何故そんなに焦ってるんだ?お前も感じてるんだろう、凄まじい奴の魔力を」
ソンノさんが向こうを睨む。
───嫌だ、認めたくない。そう思っている俺を嘲笑うかのように、彼女は静かに現れた。
「ふふ、やっぱり来てくれた。でも何でだろ。邪魔者が二人もくっついてきちゃったのか」
吹雪が強まる。
「まあいいや、殺せばいいだけだもんね。私の世界に、タローさん以外は要らないんだよ」
ショートの髪がほとんど白色になっている。目の下には、普段のソンノさん以上に濃いクマができているのがはっきりと見える。服装も全然違う。どこか日本の着物っぽいけど露出が多い、そんな服装だ。
「なるほど、こりゃ確かにLv1000はあるな」
「・・・違う」
「あ?」
ソンノさんに顔を向けたベルゼブブは、とても怯えているようにも見えた。
「まだ、上昇してる・・・!」
「おいおい、勘弁してくれよ」
「何を言ってるのかは分からないけど、邪魔者は皆殺しだよ」
「っ・・・!!」
そんな二人の目の前に彼女は突如高速で移動し、そして魔力を放って遥か遠くに吹っ飛ばす。
「やっと二人きりになれたね、タローさん」
「ディー、ネ・・・」
大切な友達を攻撃したというのに頬を赤く染めながら、ディーネは濁った瞳で俺を見つめて歪んだ笑みを浮かべた。
ベルゼブブ
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年齢:169歳
身長:156cm
体重:ブラックアウト
特技:高速飛行
趣味:昼寝
好みのタイプ:太郎以外興味無し
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自分に手を差し伸べてくれた太郎に心底惚れている、魔界を支配している魔王の少女。
昔は人間のことが大嫌いだったが、太郎と出会ってからは普通に人間達と接するように。
普段髪は水色だが、本気で魔法を使う時は魔力の質が変化して髪が深紅に染まる。
ディーネとは幼馴染みで、昔から非常に仲が良い。なので互いに同じ人を好きになっている今の状況でも、特に喧嘩などはしたことが無かったのだが・・・。