第83話 来るべき日はすぐそこに
「て、テミス、大丈夫か!?ベルゼブブも怪我だらけじゃないか!いったい何があったんだ!?」
「お、落ち着いて・・・」
「そうよ。こんな怪我、しばらくすれば治るんだから」
あれから俺達はアレクシスとラスティ、四天王二人組と合流してテミス達を捜した。
そして今、テミス達は洞窟の中から出てきたんだけど、怪我の具合を見て思わず気絶しかけてしまった。
「ベルゼブブは魔王だから大丈夫だろうが、テミスは重症だぞ。右腕と肋骨数本が折れてるからな。打撲や擦り傷も数箇所、早いとこ治療しないと傷痕が残る」
「誰の仕業だァ!!」
「落ち着いて・・・いたた」
「テミス、お前はタローと先にオーデムに戻れ。まだ遊びたいって気持ちはあるだろうが、それよりも治療を優先しろ」
そう言ってめちゃくちゃ機嫌が悪そうなソンノさんが、空間魔法で島とテミスの家を繋げてくれた。
よく見たらソンノさんも怪我してるみたいだ。
この人が怪我するレベルの相手が来てたってことか。もしかすると、俺達に幻術を使ってきた奴なのかもしれない。
「ソンノさん達はどうするんですか?」
「私は残って各自が捕らえた神罰の使徒の雑魚共から話を聞く。それと、四天王のワカメ野郎が見つけた敵船の調査もしたいからな」
「おい待て、僕はワカメじゃない」
「私とディーネも残るわ。怪我の心配はしないで。何度も言うけど、この程度ならすぐに治るもの」
「だからといって無理はしないでくれよ?ちゃんと消毒とかしないと傷とか残るかもしれないし。まあ、大丈夫だとは思うんだけど・・・おいで、マナ」
「はーい」
それから駆け寄ってきたマナを抱きかかえ、俺達は家へと帰宅した。
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「タロー、何か手伝えることはないか?」
「コラコラ、怪我してるんだから座ってなさい」
「でも・・・」
あれから、教会である程度怪我を治してもらったテミスだけど、身体のいたるところに包帯が巻かれて、さらに折れた右腕にはまだ汚れていないギプスが。
そんな状態にもかかわらず、今俺が行ってる晩飯作りを手伝おうとしてくれるテミスの優しさったらもうたまらんのだけど、やっぱり俺としては安静にしていてほしいわけで・・・。
「てーみーすー」
「うぅ、分かりました」
残念そうにテミスが俺から離れ、リビングにある椅子に腰掛けたのが見えた。
付き合ってる今なら分かる。別に俺一人で料理させると台所が爆発したりするかもとか、料理がダークマター化するかもとか、そんな事を彼女は思っていない。
ただ単純に俺と一緒に料理を作りたいと思ってくれてるんだろう。ああもう、可愛いなぁ。怪我してなかったら頭撫でてから抱きしめてたかもしれない。
「さて、美味しいのを作りますか」
マナはぐっすり寝てしまってるから俺とテミスの分だけでいい。とりあえずテミスに負けないレベルのものを作るために頑張るとしよう。
「テミスの、師匠が・・・?」
俺が作った料理を二人で食べながら、今日起こった神罰の使徒による襲撃事件についての話をする。
その途中でテミスの口から語られたのは、敵の中にサタンと同じく外法で蘇ったテミスの師匠がいるという衝撃の事実。
そして、その師匠との戦闘でテミスはこれほどの怪我を負ったというのだ。
「テミスの師匠はサタンと違って意識があったんだろ?なのに何で、弟子だったテミスにこんな酷いことを・・・」
「意識はあっても術者の命令には逆らえないらしい。でも、師匠は〝王国に復讐する〟と言っていた。師匠が亡くなったあの日に何があったのか・・・それが分かれば師匠の目的も分かると思う」
スープを飲み干し、テミスが溜息を吐く。
「はぁ、なんだか疲れた。数年ぶりにハーゲンティが姿を現したかと思えば自分のクローンに殺されかけて、次はずっと憧れていた師匠が敵になるなんて」
「それって俺がテミスと出会ってからだよな。なんかごめん・・・」
「い、いや、寧ろ幸せなことの方が多くなってるよ。こうしてタローと話が出来ているだけでも幸せだし・・・」
目を伏せてそう言うテミスの顔は真っ赤だった。
ほんと、こんな可愛い子が俺に好意を寄せてくれてるなんてなぁ。付き合ってるといってもまだキスぐらいしか恋人らしいことはしてないけど、テミスが言ってくれてるように話が出来るだけで幸せだ。
「た、タローは私のことをどう思ってる・・・?」
そんな時、おずおずとテミスがそんな事を言ってきた。俺にどう思われてるのか心配しているようにも見える。
毎日こう思ってるに決まってるのに。
「テミスは可愛くて優しい、最高の彼女だよ」
「っ、そうか」
めちゃくちゃ嬉しそうだ。
最近分かったことだけど、テミスは俺の前だとわりとコロコロ表情が変わる。
町中で男の人に絡まれた時は苦笑いを浮かべながらその場をやり過ごそうとするのに、俺が声をかけた時はぱっと華が咲いたような笑顔を見せてくれる。
困ってる時も、他の人が相手だと大丈夫ですと言うのに、俺には若干泣きそうになりながら助けを求めてくるし・・・可愛ええ。
「あ、そういえば。師匠とソンノさんが闘っている時、師匠が突然〝ソンノさんが何者なのかを知っている〟と言っていたんだ。それってどういう意味だと思う?」
「ソンノさんが何者なのか?めんどくさがり屋で怠惰な幼女ギルド長だろ」
「そ、それはそうだけど・・・それを言われた時、ソンノさんは激しく動揺していた。きっと、ソンノさんが誰にも知られたくない事を師匠は知っているんだろう」
「ソンノさんが動揺、ねぇ」
ちょっと想像できない。
「次にソンノさん達と会った時に、いろいろ話を聞いてみるか」
「うん、そうだな」
突世界樹の六芒星や魔王と互角かそれ以上の力を持つ者達の集まり、神罰の使徒。
いつか裏の世界でユグドラシルが言っていた〝初代魔王の復活〟を目的としているのなら、俺は女神の力を授かった者として奴らを止めないとな。
それはそうと、折れた右腕の代わりに左腕を使ってるテミスだけど、とても食べづらそうだったからはい、あーんってしてみたら、顔を真っ赤にして照れながら食べてくれたのが可愛いすぎて・・・。
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「・・・なんだネビア。島に行ってから随分と機嫌が良いじゃないか」
「うふふふ、そうかしら」
あの時、太郎達の前から消えたネビアとエリスは転移魔法を使ったわけではなかった。
気配を完全に消し、全員に数秒間だけ幻術を使って自分達の姿が見えなくなったように錯覚させただけである。
「それにしても、魔導船や部下達を放置することになるなんて。帰ったら怒られちゃうわね」
「使えない駒に用はない。さて、お前の機嫌が良い理由を是非聞きたいものだな」
「・・・ふふ、とっても面白い子に出会ったのよ」
「面白い子?」
「あのショートカットの子よ。髪が蒼い・・・」
「魔王軍の四天王、ディーネか。〝あの方〟に言われたとおりのことを言ったのか?」
「ええ。そのディーネって子のことは全然知らないけど、とっても動揺してたわ。あれならきっと・・・ふふ♪」
「幻術か・・・!」
殺気を放ちながら偽の太郎とテミスを睨みつけた直後、突然二人が消えて見知らぬ女性がディーネの前に現れた。
その女性が自分に幻術を使ってきた術者だと理解するのに時間はかからず、躊躇うことなくディーネは魔法を放つ。
「うふふ、少し落ち着いたら?今の貴女を見たら、大好きなサトータロー君はどう思うんでしょうね」
しかし、魔法は女性の身体をすり抜ける。
「面白い子。どうしてそんなに怒っているの?」
「貴女がタローさんとテミスさんを使って私に・・・!」
「嫉妬、したんでしょう?」
「っ・・・!」
「今も魔力が上昇し続けている。嫉妬は怒りとなり、そして貴女の心を蝕んでゆく」
「う、うるさい!」
それでもディーネは魔法を放つ。
動揺を隠すように、何度も何度も女性目掛けて水の弾丸を放ち続ける。
「貴女は絶対に嫉妬してはいけないものね。その嫉妬は大切なものを奪ってしまうから」
「何を、言って────」
「貴女の大切なタロー君、また魔力が暴走したらお父さんの時みたいになっちゃうかもよ?」
次の瞬間、凄まじい魔力がネビアに襲いかかった。
殺意と怒り、様々なものが混ざりあったドロドロの魔力が全身を突き抜け、思わずネビアは後ずさる。
「なんで知ってる」
「ふ、ふふ、すごい魔力・・・!」
「もう忘れようと思ってたのに・・・なんで今更、そんな事を思い出さなきゃいけないの・・・」
対してディーネはどす黒い負のオーラを纏いながら、ネビアに向かってゆっくりと歩を進める。
「もう遅いわ。貴女はさっき嫉妬してしまった。気付いているんでしょ?貴女の中で眠っていた力が再び目覚めたって」
「黙れ・・・」
「愛しのタロー君がその力で怪我することはなくても、彼の心にヒビが入るのは確実。さあ、貴女はどうする?」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ・・・!」
「一応これも〝あの方〟からの命令なのよね。ネクロがベルゼブブ入手に失敗したから、私が貴女の力を目覚めさせて仲間にする。ま、今は無理でしょうけど」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ・・・・・・!!」
「タロー君に見せてみましょうよ、〝本当の貴女の姿〟を」
「黙れってばッ!!!」
大声と共に放たれた魔力が女性の魔力を消し飛ばす。それからしばらく俯いて息を整えていたディーネだったが、気がつけばディーネの前から女性の姿は消えていた。
そして代わりに現れたのは、彼女が絶大な信頼と好意を寄せている黒髪の青年、佐藤太郎である。
(っ、タローさん!?)
今の自分を鏡で見たら、きっととんでもない顔をしているだろう。
咄嗟に背を向けたディーネだったが、まだ太郎はディーネに気が付いていないようだった。
(・・・タローさんも幻術を)
その場から動かない太郎を見てそう思ったディーネは、その隙に呼吸を整えて自分を落ち着かせる。
彼にだけは知られたくない、知られるわけにはいかない。自分の過去を、何があったのかを。
〝本当の自分〟を。
今思えば何度も何度も嫉妬していた。気付かないフリをしていただけで、本当の自分はもう顔を出していた。
これ以上嫉妬してしまえば、確実にこの心地よい関係は終わる。
だからこそ、彼女は偽りの仮面を被った。
「えっ、タローさん!?」
「お、ディーネか」
最愛の彼に見せたのは、いつも通りの〝偽の自分〟の顔だった。