第79話 剣帝襲来
「おいテラ。なんだいこの状況は」
「はは、知らねー」
突如海辺で黒装束の大群に囲まれた、魔王軍四天王のテラとヴェント。
少し離れた場所には黒く巨大な船が砂浜の上に乗り上げている。あれを使って上陸してきたのかとヴェントは考えたが、いったい何の為にこんな無人島に来たのだろう。
「君たち、僕らに何の用だい?」
「聞くだけ無駄だって。絶対敵だぜ、こいつら。てか、こんな暑い日にとんでもない格好してるよな」
「察してあげろ。船の中が快適すぎて、外がこんなに暑いと思ってなかったんだよ、きっと」
と、そんなことを言っていた彼ら目掛けて、黒装束達が一斉に魔法を放つ。
しかし、相手は四天王2人。
それぞれが簡単な魔法で渾身の魔法を跳ね返し、逆に黒装束達を吹き飛ばした。
「ふん、その程度かい?何が目的なのかは知らないけど、ちゃんと相手を見てから喧嘩を売りなよ」
「てかこいつらあれじゃね?サタン様を蘇らせたヤツとフレイが所属してるっていう」
「神罰の使徒か。まあ、可能性はあるね」
2人は顔を見合わせる。
向こうに停泊している巨大な漆黒の船を調べれば、黒装束の正体や敵の極秘情報が分かるのでは?
と、そういう意味を込めて。
「うし、調べるか!」
「一応警戒はしておこう。入った途端に大爆発っていう船型の罠かもしれない」
「大丈夫だって。その時はヴェントを盾にして、俺は瞬時に海に飛び込むからな!」
「どういうことだ!?」
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「おう、テミス。ここに居たのか」
「え・・・」
洞窟内を歩いていたテミスとベルゼブブの前に現れたのは、それぞれが想いを寄せている黒髪の青年だった。
何故彼がここに居るのかとテミスは考えてみたが、別に彼も宝を探す過程でこの洞窟に足を踏み入れただけだろう。
そう思い、特に警戒することなく青年───太郎に駆け寄る。
「・・・?ディーネはどうしたんだ?」
「途中ではぐれた。結構複雑な構造の洞窟でな。今はディーネを捜してる最中なんだ」
「ん、そうか」
「ってあれ、ベルゼブブは?」
「え?」
振り返ると、さっきまで居たはずのベルゼブブの姿が消えていた。
怖い系が苦手なテミスは、顔を真っ青にしながら目の前に立つ太郎の背後に隠れる。
「ちょ、大丈夫か?」
「心霊現象!?む、無理無理!私達はお宝を探していただけなんです許してくださいお願いします・・・!」
「落ち着いて」
普段は基本的にクールだが、太郎の前だと格好つけたりせずにこうして怖がるテミス。
しかし、太郎に優しく頭を撫でられたことで多少落ち着きを取り戻し、震えながらも周囲を見渡す。
「大丈夫だよ。さぁ、先に進もう」
「そ、その前にベルゼブブとディーネを見つけないと・・・」
「途中できっと合流できるさ。俺は、テミスと二人だけで宝探しをしたいんだ」
「え、いや、でも・・・」
「正直他の皆が居ない方がいい。テミスさえ居てくれればそれでいいんだ」
それを聞き、テミスは太郎を突き飛ばした。
「おっと、どうした?」
「何者だ。そう言われるのは嬉しいけど、タローは絶対にそんな事を言ったりしない。なぜなら彼は、私だけではなく皆を大切に思っているからだ」
魔力を纏い、太郎を睨む。
すると突き飛ばされた太郎は突然口角を吊り上げ、そしてテミスの前から消えた。
「なっ、幻術だったのか・・・?」
「ええ、そのようね」
隣を見れば、消えたはずのベルゼブブが立っていた。相当イラついているらしく、彼女は腕を組んで何も無い場所を睨みつけている。
「タローを使えば私が堕ちるとでも思ったのかしら。残念だけど、全く似ていない幻術で私を惑わそうなんて、六百年早いのよ」
「フッ、これでネビアの幻術は全員に破られた・・・というわけか」
「・・・敵よ、テミス・シルヴァ。相当濃く強力な魔力を感じるわ」
二人の前に、突然一人の女性が姿を現す。
綺麗なブロンドの長髪を首のあたりで束ねて鎧に身を包んだその女性は、まるで騎士のようにも見えた。
「─────え」
そして、そんな女性を見たテミスは目を見開いた。対して女性はテミスを見て優しく微笑む。
「久しぶりだな、テミス。こうしてまた会えたこと、私は嬉しく思うぞ」
「な、なんで、どうして貴女が・・・」
「何よ、知り合いなの?」
ベルゼブブの問いに、震えながらテミスは頷く。信じられない・・・しかし女性から感じる魔力はとても心地よく、そして懐かしかった。
「しかし、あのひよっこが今では世界最強格の一人とは。ふふ、しばらく見ない間に大きくなったものだ」
「どうして・・・」
「ん?」
「どうして貴女が─────あの時死んだ筈の貴女が生きているんですかッ!!」
次の瞬間、テミスの頬が切れた。
恐ろしい速度で放たれた斬撃。いつの間にか女性の手には、ぼんやりと輝いている剣が握られている。
「ああ、なるほどね。テミス・シルヴァ、貴女が魔界に来た時相手にしたのは誰だった?」
「それは・・・まさか・・・」
「お父様と同じ存在。死者を冒涜する最低な外法、それの使い手によって再び肉体を手に入れた───屍人」
ベルゼブブが魔法を放ったが、それは超高速の斬撃によって消し飛ばされる。
「なのに、何故貴女は意識があるの?雑魚屍人やお父様のように、必ず狂って蘇るというわけではないのかしら?」
「狂う?この私が?くく、ははははは!あの程度の魔法で、私が自分を見失う筈がないだろう?」
「なら貴女は、あのクズの外法で肉体を手に入れ、更に自我を保ったというのね?」
「ふふ、そうだ。愚かなゴミ以下の虫共が湧く王国に、この手で復讐する為にな!!」
女性の姿が消えた───と思った直後には、既に女性はベルゼブブの目の前で剣を構えていた。
間に合わない。
咄嗟に魔力を防御壁のように前方に放ったが、凄まじい速度で放たれた数十の斬撃が魔王の魔力を一瞬で消滅させる。
「ちょっと、テミス・シルヴァ!これはいったいどういうことなのよ!」
「復讐・・・まさか、貴女は」
「意識は保っているが、私の意思は術者のネクロに逆らえない。本当は手を出したくないんだが、本気で立ち向かってこなければ私はお前達を八つ裂きにしてしまうぞ?」
弾き飛ばされたベルゼブブがテミスに激突し、そのまま二人揃って広い空間へと吹っ飛ぶ。
身体を強く打ってテミスは顔を歪めたが、相手の恐ろしさをよく知っている彼女は痛みを堪えてすぐに立ち上がる。
そんなテミスの目の前に向こうから一本の剣が飛来し、そして地面に突き刺さった。
「さぁ、それを使って立ち向かってくるがいい。紅魔王と銀の戦乙女の力、この私に見せてみろ」
「ああもう、テミス!あの女は貴女にとってどういう存在なの!?面倒だから私も本気を出すわよ!」
ベルゼブブが纏うものに匹敵するレベルの魔力を纏った女性が、ゆっくりと二人に向かって歩いてくる。
そんな女性との本格的な戦闘を始めようとしているベルゼブブに、テミスは拳を握りしめながら言った。
「あの人は、かつて《剣帝》と呼ばれていた最強最速の剣士、エリス・オルフェリオ。私を、あのハーゲンティの手からソンノさんと共に救ってくれた恩人で、数年前に命を落とした───私の師匠だ」