第78話 幻影魔女
「───え」
目を開けたら、いつの間にか俺は見覚えのある場所に立っていた。
急いで周囲を見渡したけど、すぐそばに立っていたはずのディーネ達がどこにも居ない。
「んん・・・?」
明らかにおかしい。
今まで俺は無人島に居たはずなのに、何故か魔闘祭が行われた闘技場の中央に立っている。
どこに目を向けても観客は見当たらないけど、ソンノさんの魔法でこんな場所に転移させられたんだろうか。
というか、何の為に?
ソンノさんって、普段何を考えてるかあんまり分からないけど、宝探しの最中にわざわざ闘技場なんかに転移させるだろうか。
「しゃーない。マナ達もこっちに転移させられてるかもしれないし、とりあえず歩くか」
それから闘技場内をぐるっと歩いて皆を探してみたけど、誰も闘技場には居なかった。
てか思ったんだけどさ、俺水着姿じゃん。
これ他の人に見られたら、闘技場を頭おかしい奴が歩き回ってたって噂されるヤツ。
「あーもう、どうすりゃいいんだよ」
「どうかしたのか?」
「いやぁ、なんか急に転移させられたみたいでさぁ。こんな格好で外を彷徨うのは・・・ってあれ?」
「・・・?」
誰かに声をかけられたから振り向いてみたら、なんと後ろにはテミスが立っていた。
けど、何かおかしい。
そう思って彼女をじっくり観察すること約十秒。俺がおかしいと思ったのは、テミスが可愛らしい水着姿からいつもの服装に戻っていたからだったらしい。
「テミスもここに転移させられたのか」
「え?何を言ってるんだ。今から魔闘祭の決勝戦だろう?」
「はい?」
「久々に本気でタローと闘えるからな。ふふ、楽しみだ」
「いやいやいや、テミスの方こそ何言ってんだよ。魔闘祭があったのって結構前だぞ?今は皆で楽しく無人島生活してる最中で───」
待ってなんだこの状況は。
目の前に居るテミスが嘘を言ってるようには見えないし、まさか今まで見てたのは全部夢だったというのか?
「なんだタロー。私と闘うのがそんなに嫌なのか」
「え、いや、そういうわけじゃ・・・」
少しムッとしながらテミスが顔を近づけてくる。うわぁ、可愛いしいい匂い・・・じゃなくてだな。
本当にこれは現実なんだろうか。
どうしても信じきれない俺は、とある事を試してみることにした。
「なあテミス」
「なんだ?」
「テミスって俺のこと好き?」
我ながら何を聞いてんだよと言いたくなるけど、これに対してテミスがどんな反応をしてくるか───
「ああ、勿論好きだ。それがどうかしたのか?」
「・・・そっか」
数歩後ろに下がってテミスから距離を取り、魔力を纏う。
「ど、どうした?」
「誰だお前。テミスの真似すんのなら、そういうところもちゃんと再現してくれますかね」
「いや、何を言って・・・」
「テミスはな、俺がふざけてそういう事を言うと、顔を真っ赤にしてもじもじしながら小さい声で好きって返事してくれるんだ。堂々と返事してくれるのも、それはそれでたまらんよ。でもな、偽者に好きって言われても全然嬉しくないね」
ビシッと指をさしてそう言ってやる。
もしこれで今目の前に居るテミスが本物だった場合は何もかもを失うけど、それは絶対ない。
「どいつもこいつも────」
何を言ってくるかと、相手の反応を待っていた時。
「えっ、タローさん!?」
「お、ディーネか」
急に景色が変わり、俺の前に立っていたテミスが消えた。それと入れ替わるように、驚いたような表情を浮かべているディーネが目の前に現れる。
もう何が何だか分からないけど、ディーネは水着姿だった。やっぱりあのテミスは偽者で、無人島で宝探しをしてたのは夢じゃなかったらしい。
「ほ、本物だよね?」
「本物だけど、周りにテミスとか居ないよな?早くも第二回魔闘祭開催とかされてないよな?」
「う、うん、居ないしされてないけど・・・、もしかしてタローさんも幻術かけられてたの?」
「幻術?あー、そういうことか」
幻術がどういうものなのかはよく分からんけど、多分幻を見せたりする系の魔法なんだろう。
「てか、マナとハスターは?」
「ご主人さまー!」
「おお〜、マナちゃん。無事だったかぁ」
マナが抱きついてくる。
うむ、このいい香りと肌触りはマナのものだ。偽者なんかじゃない。絶対偽者なんかじゃないぞ。
「マナ、ハスターはどこ行った?」
「なんかねー、しらないおんなの人おいかけていったよ」
「知らない女の人?」
今無人島に来てる女性陣の中で、マナが知らないと言う人は居ない。
ということはつまり。
「敵だね。多分だけど、私達に幻術を使ってきたのがその女の人なんだと思う」
「まじかー・・・」
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「まさか幻術が効かないなんてね。他の子達も幻術を破ったみたいだし・・・うふふ、結構傷ついちゃったんだけど」
「昔は暗殺が仕事だったもんでな。罠、幻術を見破るのは得意なんだ」
箒に腰掛け、桃色の長髪を指先でクリクリと弄りながら、空中に浮遊している女性。
見た目が完全に〝魔女〟であることを物語っているが、ハスターにとってそんなことはどうでもよかった。
「で、美人さん。今から俺と、2人だけの宝を探しに行かないかい?」
相手はどストライクな超美人。
もう口説くことしか考えておらず、一応は警戒しながらもハスターは女性に話しかける。
「あら、いいわね。じゃあ私は貴方の命という宝が欲しいかな、夜殺の影さん?」
「俺のことを知ってんのか。なるほど、サトーの野郎とディーネちゃんに効くレベルの幻術を使えるとなると、君は最近噂の神罰の使徒に所属してるってとこかい?」
「お見事。貴方や他の六芒星みたいに恰好いい渾名みたいなのは特に無いけれど、そうねぇ・・・」
女性は笑い、唇に指を当てながら魔力を纏った。
「神罰の使徒所属、ネビア・レテネブラ。うふふ、《幻影魔女》───とでも呼んで頂戴」