第8話 想いは涙と共に溢れ出す
太郎
「あれ、なんか今回思ったよりも真面目な回になってしまったぞ」
有り得ない。こんな事絶対に有り得ない。
「神狼って風で窓がガタガタ鳴ると怖がるっぽいな。マナのヤツ、ずっと落ち着かない様子でさぁ·········」
私は今本気を出しているのよ?この状態なら、私はお父様に匹敵する力を振るうことが出来るというのに。
「テミスも何か苦手なものとかあるのかな。意外と暗い場所とか苦手だったりして」
紅雷は大地を砕き、紅炎は大海を蒸発させる。我が名は紅魔王ベルゼブブ。天地揺るがす深紅の災厄を振るい、新たな世界の支配者となる者なり。
「ちなみに、ベルゼブブは何が苦手なんだ?」
「うるさいッ!!」
なのに、何故この男に私は手も足も出ないのよ!
どれだけ魔法を放っても傷一つ付かないし、戦闘中に呑気に質問してくるなんて!この男、一体どれだけ私の事を格下に見ているというの!?
「有り得ない有り得ない、有り得ない········!」
戦闘が始まってから何分経った?宣戦布告するつもりだった時間はとっくに過ぎた。どうして人間一人にここまで計画を狂わされなければならないの!?
こんなの予想外だ。今ヴェント以外の四天王は別の場所に居るから、すぐには駆け付けられないはず。というか、正門に行ったヴェントは何をしてるのよ!
「あ、ヴェントとかいう奴はさっき門前で気絶させといたぞ。周りにいた魔物達も全員な」
「········は?」
「詳しい事情は分からないけどさ、もう争うのはやめて仲良くしようぜ?」
「だから!そんなの有り得ないんだってばッ!!」
タロー目掛けて魔法を放つ。でも、それは彼に直撃した瞬間に消し飛ばされた。
「効かん!」
「ぐっ、うううう········!」
生まれて初めて悔しいと思った。何をしても通じない、格下だと思っていた相手に手も足も出ない。
でも、それなら─────
「これを受けても立っていられるかしら········!?」
「なっ!?」
全魔力を魔法へと変換し、タローを睨む。
「この魔法は私の切り札。認めるわ、貴方は強い。だから本気の魔法で消し飛ばしてあげる!」
黒雲に覆われた魔界の空が紅く染まる。私の魔力の高まりと共に遥か上空に巨大な魔法陣が浮かび上がり、中心に凝縮された膨大な魔力が集中する。
「消えろ、スカーレットノヴァッ!!!」
「おいおい、城ごと俺を吹っ飛ばすつもりか!?」
もう遅い。空に描かれた魔法陣から放たれた真紅の魔法弾が、隕石の如き速度でタローに迫る。もし死ななかったとしても、致命傷を与えることはできるはず········!
「流石にやばい!!」
「ぇ────」
そう思った直後、タローは超巨大な真紅の魔法を別方向の空に蹴り飛ばした。目を見開き焦りながらも、纏いたての魔力は私の魔法をあっさりと跳ね返したのだ。
「う、ぁ········」
ああ、もう無理ね。魔力を全部使ったから立っていられない。ぐらりと、空中で私の体は傾いた。
「お、おい、大丈夫か!?」
「─────」
意識が薄れていく。ああ、悔しいなぁ。魔王である私が、人間相手に全くダメージを与えられなかったなんて。後はもう、煮るなり焼くなり好きにするといい。もう何も考えたくない。これで、私は終わりだ·····────
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──·····一体どういうことなのかしら。目を覚ましたら、何故か私はふかふかのベッドの上に寝転ばされていたのだけれど。隣を見れば、椅子に座った状態で眠っているタローが。もしかして、タローが私を寝室まで運んでくれたの?
「ぅ········」
頭が痛い。あの魔法を使った後は必ずこの状態に陥っちゃうから、やっぱり使わない方が良かったかもしれないわね。
そう思っていると私の声に反応したのか、眠そうに目を擦りながらタローが目を開けた。
「んー?おっ、起きたのか」
「········こんな事をして、どういうつもり?」
「急に気絶したから城の中に運んだんだ。多分だけど、ここがベルゼブブの寝室だろ?置いてるものとか女の子っぽいものばかりだし。勝手に入ったことは謝るよ、ごめん」
「貴方、馬鹿なの?どうしてとどめを刺さないのよ!」
「それはまあ、まだここでの暮らしに慣れてないからといいますか。人間に見た目がそっくりな相手を殺すなんて、俺にはできないというか········」
意味が分からない。殺意を込めて睨んでみたけど、全く怯むことなく彼は私を見つめてくる。
「貴方が私を殺さないことによって、人間が滅びる事になってもいいの!?」
「俺は正義の味方ではないからな。相手が魔王だからって殺すのは無理だ」
「········魔王が男なら、容赦無く殺したんでしょうね」
「い、いやぁ、そんなことは」
変な人間。というか、どうして私は人間相手に普通に喋れてるのかしら。あれだけ憎くて殺したかった人間を相手に。
「なあ、ベルゼブブ。なんで君は人間と戦おうとしてるんだ?」
「········人間が憎いから」
私は人間が嫌いだ。その辺にいる虫よりも嫌い。
「人間と魔族、互いに協力し合って平和な世界を築くのが、前魔王であったお父様の夢だった。ある日、お父様は人間の王に呼ばれ、部下を連れて人間達の住む国に向かったの。その人間の王には同盟を結ぼうって言われたらしいわ」
やっと夢が叶う。嬉しそうな表情でそう言っていたお父様の姿を思い出す。
「でも、それは人間達の嘘だった。私達の力を恐れた人間達は、お父様と主力である魔族をおびき出し、魔界にあるこの魔王城に軍を送り込んできたのよ。お父様が居ない間に魔界に大打撃を与える為にね」
「え········」
「その時、私はまだ幼かった。そんな私を敵から庇って········お母様は命を落としたわ。敵に騙された事を知ったお父様は数分後に戻ってきたのだけれど、生き残ったのは私だけ。お母様が死ぬ直前に唱えた結界のおかげで姿が見えなくなっていたみたい」
『全部、全部俺のせいだ········!あんなクズ共と共に平和な世界を築こうなどと、馬鹿な夢を見ていた俺のせいだッ!!』
「お母様の遺体を抱きしめながら涙を流すお父様の姿は、百年経った今でも忘れられない。その数日後、お父様は人間を滅ぼす為に戦争を仕掛けたのよ。でも、戦争が始まってから十年後。お父様はこの魔王城で勇者に討たれた。私は戦いが始まる前にお父様の魔法で別の場所に逃がされてたから助かったの」
「そんなことがあったのか········」
「だから私は人間を滅ぼさなくちゃならないのよ!今でも父様は悪役にされてる。私達からすれば、真の悪は貴方達人間なの!」
これでタローも分かったでしょうね。人間と魔族が手を取り合える日なんて永遠に来ないと。そう思った直後、急にタローが私の手を掴んできた。
「な、何········?」
「絶対宣戦布告なんてさせないからな。もし君が宣戦布告した場合、また人間達から悪と思われるのは君達なんだから」
「だったら何よ!どう思われようが関係ない。この世界から全人類を消し去れば何も問題ないわ!」
「発言が恐ろしすぎるって。でも、やっぱり人間と魔族は仲良くするべきだ」
「できないって言ってるでしょッ!?」
上体を起こしてタローの胸ぐらを掴む。
「どうせまた騙される!信じても裏切られる!私からお父様とお母様を奪ったのは、お前達人間なんだ!!」
「ちょ、顔が近い········」
「貴方が魔族と仲良くしようって言っても、他の人間達は仲良くしたくないに決まってる!貴方一人で何ができるっていうのよ!」
「知らんよ。とりあえず君と友達になりたいって思っただけだ」
「はあ!?」
「勝手に言わせとけばいいんだよ。そいつらは、君達がどれ程仲間思いで良い奴なのか知らないんだしな」
こ、この男は何を言っているの········?
「俺はその優しさを知ってしまったから、君と友達になりたい。仲良くなれれば禁断のロングスカートの中を堂々と覗けるかもしれないし········あ、やべ。つい本音が」
「仲良くなんて、したくない········」
「俺の友達にテミスって女の子がいてさ。めちゃくちゃ可愛い子なんだけど、きっと彼女とも友達になれるはずだ」
「だから、無理だって········!」
「無理じゃない。俺は君と仲良くなれるって、本気で思ってるんだから」
あぁ、彼は嘘をついていない。それは分かっているのに、素直に友達になりましょうとは言えない。だって、また裏切られるかもしれないから。
「私だって········」
「ん?」
「私だって、本当は仲良くしたいわよ!お父様が夢見てた世界を皆で築きたいと思ってる!でも、でもぉ········!」
涙が溢れてきた。どうすればいいのか分からない。こんな人間がいるなんて思っていなかった。
「全員とすぐに仲良くするなんて多分無理だと思う。でもさ、まずは俺達だけでも友達になろう。俺はベルゼブブのこと、裏切ったりなんかしないからさ」
「うるさい!そんなの信じないんだからぁ·········!」
もしも、この世界に住む人間全員がタローみたいな人だったら。そう思ってしまうほど、笑顔で手を差し出してくる彼は、この日から私の中で大きな存在になってしまった。
次回、恋しちゃったの回