第72話 魔王少女の笑顔
「見て見てタローさん、死神クラゲだよ」
「見た目も名前もやばいそれを、どうして笑顔で差し出してきたのかな?」
「美味しいよ!」
「あかん、これは食ったら死ぬパターン」
ディーネから渡された『死神クラゲがそのまま皿のせられただけの、料理と言えるのかどうか分からないやつ』をテーブルの上に置く。
するとディーネがしゅんとしてしまったので、焦った俺は『死神クラゲが(以下略)』を一部だけ食べてみた。
「美味しいでしょ?」
「なんで美味いんだよぉぉぉ!」
見た目グロテスクだけど食べたら美味いってのはよくあるパターンだと思うけど、いざ本当に美味いと結構キツい。
「ちょっとディーネ。タローが嫌がることをしないで」
「えぇ、してないよぉ」
「ベルゼブブ、もう大丈夫なのか?」
「ある程度はね」
向こうから歩いてきたベルゼブブが、俺が一口食べた『死神ク(以下略)』を普通に食べ始める。
サタンが灰になった後、泣き止んだベルゼブブは急に気を失ってしまった。
ディーネによると魔力消費が激し過ぎて倒れただけらしいけど、怪我も全然治ってないから安静にしていてほしいもんだ。
ちなみに、今俺達は魔王城で、第二魔界に勝利したことを祝うパーティーに参加している最中である。
「いつまでもうじうじなんてしてられない。魔界の王として、これからも頑張らなきゃ・・・」
そう言ったベルゼブブの瞳からは確かな決意を感じた。
本当に強い女の子だ。だからこそ、魔族達はベルゼブブについていくんだろうな。
「む、目を覚ましたのか、ベルゼブブ」
「え───ぶふっ!?」
そんなベルゼブブだけど、向こうからマナと一緒に歩いてきたテミスを見て、食べていたクラゲを吹き出した。
「な、な、なんで貴女が魔界にいるのよ!」
「友達が危険な目に遭っていると聞いたからな。黙って留守番などしていられない」
「友達?貴女、何を言って・・・」
「私はベルゼブブのこと、大事な友達だと思っているけど」
「ぐっ・・・」
そんな事を言われたら、さすがのベルゼブブも黙り込んでしまう。きっと、ベルゼブブだって同じことを思ってる筈だから。
「意味が分からない。私、今まで貴女に対して酷い態度だったじゃない。なのに、どうして・・・」
「別に気にしていない。これから仲良くしてくれれば私は嬉しいんだが」
俯いてしまったベルゼブブの顔は赤い。
きっと、今までの態度を反省しているんだろう。根はいい子だから、ただ人間に対して素直になれなかっただけだと思う。
「ふ、ふん!そんなに仲良くして欲しいんだったら仕方ないわね。少しだけなら貴女のこと、認めてあげてもいいわ」
「あ〜、ベルちゃんったら素直じゃないんだから」
「う、うるさいわね!」
こうして見てると、人間も魔族も変わらない。
友達がいて、家族がいて、大事な人がいて。
やっぱり、サタンが夢見た人間と魔族が手を取り合って暮らせる世界は、いつか必ず、俺達の手で実現させないとな。
「いよーっす。何の話してんの?」
「おいテラ。魔王様に対してなんだその口の聞き方は」
ベルゼブブがディーネの頬を引っ張っているのを眺めていると、向こうからテラとヴェントが歩いてきた。
どうやらテラは生きていたらしい。
絶体絶命の危機に陥っていたディーネの前に颯爽と現れ、フレイの魔法から彼女を守ったんだとか。
「おお、久しぶりだな、タロー───ってうわぁ、マーナガルムもいるぅ・・・」
「さっきあいさつしたよー?」
「大人しく外で待機してるもんだと思ってたんだよ。思い出すぜ、えげつない威力のボディーブローを・・・」
真っ青な顔で、自分の腹を撫で始めるテラ。そういやこいつ、初めてマナが女の子の姿になった時、腹殴られて気絶してたっけ。
「でぃあぶろー?」
「それ、魔界の悪魔だしー」
「えへへ、そっかぁ」
「・・・お前、意外と可愛いのな」
可愛らしく笑うマナの頭を、緩みきった顔を隠そうともせずにテラが撫で始める。
見てて思った。
多分俺も、マナと喋ったりしてる時はあんな顔になってるんですね。
「あー、私もマナちゃんの頭撫でたい〜」
「こらお前達、魔王様の前だぞ!」
「別にいいじゃん。ねー、テラ君」
「実はヴェントも撫でたいんじゃ・・・」
「なんだとォ!?」
四天王達が騒ぎ始める。
「ふふ・・・」
そんな彼等を見て頬を緩めているベルゼブブは、一人の少女としてとても魅力的だった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「はぁ、本当にうるさい連中ね」
「とか言って、ベルゼブブも結構楽しそうだったけどなぁ」
「き、気の所為じゃない?」
そう言って、若干赤くなっている顔を隠すように逸らしたベルゼブブは、なんだか子供みたいで可愛らしかった・・・んだけど。
「それよりベルゼブブ。まさかとは思うけど、ここって」
「私の寝室だけど」
「ですよねー・・・」
ベルゼブブ一人で寝るには大きすぎるフワッフワのベッド。その上に二人並んで寝転んでる俺達だけど、『ちょっと二人で話がしたいから、こっちに来てくれるかしら』と言われて連れてこられたこの部屋は、やっぱりベルゼブブの寝室だったらしい。
「後でテミスになんて言おう・・・」
「言わない方がいいんじゃない?彼女、ああ見えて結構嫉妬深いから」
「え゛」
そうは見えないけどなぁ。
いや、嫉妬してくれるのはしてくれるのでなんか嬉しいんだけど、テミスを悲しませるようなことはしたくないし・・・。
「誤解されると思うんだよ、俺は」
「寝転んで話をしてるだけじゃない」
「ここ君の寝室・・・」
「・・・本当に、貴方はテミス・シルヴァのことが大好きなのね」
そう言ったベルゼブブは、少しだけ残念そうに俺を見つめていた。
「あ、その、ごめん」
「なんで謝るのよ。確かに私は貴方にフラれたようなものだけど、諦めたつもりはないわ」
「え────」
さらに、そんな彼女が急にのしかかってきた。
男性が女性をベッドに押し付けているかのように、可憐な魔王様に押し倒されているこの状況。
「ちょちょ、何してんだ!?」
「別に、タローがテミス・シルヴァとこの先結婚して子供をつくったとしても、この想いは変わらない。私は貴方以外の男性を愛する事は一生無いもの」
「え、えぇ・・・?」
「───でもね、やっぱり私だって嫉妬はするよ。貴方のお嫁さんになれて、将来子供もできて・・・そんなの、ずるい」
いつもの彼女とは違う。
自分を大人っぽく見せているような話し方じゃなくて、年相応の───どこかディーネに似ているような話し方でそんな事を言う。
多分、これが本当のベルゼブブなんだろう。
「だから・・・だからね。今だけは、私だけを見てほしいな」
この子は、とても魅力的な女の子だ。
「髪は結構短くなっちゃったけど、タローは前と今、どっちの方が似合ってると思う?」
「それは、まあ、どっちも」
まだ大人じゃないのに魔界をまとめて。きっとそれは俺が想像してるよりも大変なことだろう。
「ふふ。好きよ、タロー。貴方になら、私は何をされてもいい」
「ちょ・・・!」
そんな彼女は今、俺の前で半裸になっている。
これはまずいぞ。
俺だって男だ。これ以上向こう側に踏み込んでしまったらえらいことになってしまう。
「絶対に無理だと思ってた、人と魔族が共に暮らせる世界の実現。でも、貴方となら、きっとそんな世界をつくれると思うの」
「ベルゼブブ・・・」
「貴方に出逢えて良かった。本当にありがとう。貴方は、誰かを愛する気持ちを私に教えてくれたの」
ベルゼブブが俺に顔を近付けてくる。
「私の全部、タローにあげる────」
そして、彼女の柔らかそうな唇が俺のものに触れる直前。
「だ、駄目ーーーーーーッ!!!」
「「っ!!?」」
急に部屋の扉が開け放たれ、顔を真っ赤にしたテミスが中に駆け込んできた。
「い、いくら相手がベルゼブブでも、それだけは駄目だ!タローは、その、私とお付き合いしているんだから!」
「て、テミス・・・!?」
多分俺の顔は真っ青になってるだろう。
だって、自分の彼女にこんな光景を見られちゃったんだもの。
「どうして、ここに・・・?」
「タローとベルゼブブが居なくなったから、魔王城の中を歩いて探していたんだ。そしたら、この部屋の中から声が聞こえてきたから・・・」
「すみませんッ!!」
土下座する。
別にベルゼブブと何か変なことをしようとしてたわけじゃないけど、俺は全力で謝った。
「いや、別に怒ってはいないけど・・・」
「───ふふ。やっぱり、タローには貴女がお似合いみたいね」
「え?」
立ち上がったベルゼブブが、服装を整えて俺を見つめてくる。
「タロー。これからも、貴方はずっと私の王子様よ。あ、続きがしたくなったらいつでも言って。別に襲ってくれてもいいんだからね」
「な、何を言ってるんだ!」
「あはははっ!」
詰め寄ってきたテミスを見てベルゼブブが笑う。彼女があんなふうに笑ったのは初めて見たかもしれない。
テミスやベルゼブブ、世界樹の六芒星や四天王の面々となら、いつかきっとユグドラシルを『人と魔族が皆笑顔で暮らせる世界』にすることができる。
そう思うと、俺も自然と頬が緩んだ。
魔界編終わり!
番外編挟んで舞台は人間界に戻りマンモス