第69話 魔界決戦
「おー痛てぇ。サトーめ、わざと手加減してこの威力かよ」
何度も地面を転がった後。
痛む頬を押さえながら、元四天王のフレイは崩れた壁にもたれ掛かった。
太郎の邪魔をしたら逆に殴られ、派手に吹っ飛び壁の外に飛び出たフレイ。
そんな彼は今、仲間だった者達に包囲されていた。
「さて、ディーネにヴェント。サトーを連れてきたのはお前達か」
「そうだよ。それで、フレイ君。タローさんに殴られたってことは、君は私達の敵ってことだね」
「まあな」
魔力を纏ったディーネに睨みつけられているこの状況でも、フレイは余裕を崩さない。
「どうして裏切ったの?」
「ふむ、それは今の魔王軍に居てもつまらないからだ。俺は人間をゴミ同然に見ていた頃のベルゼブブの部下だった。しかし、今のあいつはどうだ?憎み続けていた人間共に手を貸し、挙句の果てに恋をしているだと?裏切られたのはこちら側だと思うが」
「魔族と人間は支え合って生きていくべきだと思うよ。これ以上争っても何も生まれない」
「お前は昔からそうだったな。元から魔族失格だったお前にゴチャゴチャ言われる筋合いはない」
立ち上がったフレイが魔力を纏う。それと同時に周囲の温度がじわじわと上昇し始めた。
「サトーの足止めに失敗してイライラしていたところだ。どうやら人間も居るみたいだが、ヴェント。お前を殺せばそこの女は魔界の瘴気を吸って死ぬな」
「っ、やるつもりか・・・!」
「お前もベルゼブブの味方である以上俺の敵、殺害対象だ。女と仲良く死────」
危機を感じたヴェントとテミスが魔力を纏うよりも速く。魔力を爆炎に変え、それをフレイが放つよりも速く。
その場にいる誰よりも速く、ディーネは水魔法でフレイの首を切断した。
「で、ディーネ、お前・・・」
「まだ終わってないよ。この程度の魔法、フレイ君なら目を瞑ってでも躱せるはず」
フレイの身体が燃え上がり、そしてゆらりと立ち上がる。
誰が見ても炎上して皮膚が焦げていくフレイを見てもう助からないと思う中、ディーネだけは全く警戒を緩めない。
そして、やはりこの程度では終わらない。
「────がっかりだな。魔力を暴走させれば魔王に匹敵する強さを誇ると言われていたお前が、今では俺程度ですら殺せないとは」
燃え盛る炎が消し飛び、中から現れたのは無傷のフレイ。まるで不死鳥が生まれ変わったが如く、炎を支配する男は再びディーネ達の前に立ちはだかる。
「んー・・・」
「?どうしたマナ」
「なんかねー、へんなかんじなの。あの人、マナとおんなじようなぽわぽわもってるよ」
そんなフレイを見て、何かを感じ取ったマナはテミスにそう言った。それを聞いたテミスは、炎を纏うフレイがマナと同じような魔力を持つ存在だということに気付く。
「まさか、神獣種なのか?」
「いや、少し違うな。神狼マーナガルムに似た魔力を持っているだけで、別に俺は神獣種だというわけではない」
「・・・なるほど。どうやら何らかの方法で神獣種の魔力を奪い取ったんだね」
ディーネの言葉を聞いたフレイがニヤリと笑う。否定しないという事は、つまりそういう事なのだろう。
「お前達は、〝不死鳥〟と呼ばれる神獣を知っているか?」
「不死鳥・・・フェニックスのことか」
「ああ、そうだ。奴の魔力を奪い、そして完全に制御した。それにより、俺はどんな攻撃を受けても蘇ることができる。お前達のよく知るハーゲンティの外法と違う点は、蘇りの際に魔力を消費しないという点だ」
「ハーゲンティを知っている・・・?まさか、お前は神罰の使徒に所属しているのか!?」
「今の生活は刺激的で良い。新たな〝主〟のおかげで不死の力を手に入れ、そしてかつて憧れていた紅魔王が徹底的に痛めつけられる様を間近で見ることができた。くくっ、力というのはこうして刺激を得る為にあるものだ」
ディーネが魔法を放つ。
しかし、フレイが放った炎はディーネの水魔法を一瞬で蒸発させ、そして全員を飲み込んだ。
「ぐっ・・・!?」
「相性なんてものは力の差で覆すことができる。分かるか?お前達程度では俺に勝てない」
「うる、さい・・・!!」
その炎から飛び出したディーネがフレイの目の前で膨大な魔力を一気に解き放つ。
流石に身の危険を感じたフレイは一旦その場から離れようとしたが、直後にキルベル内で起こった大爆発が地面を揺らし、二人はピタリと動きを止めた。
「この魔力、タローさんとサタン様の・・・」
「凄まじい力と力のぶつかり合いだな。さあ、どちらが勝つのか・・・」
最強の人間VS最強の魔王。
太郎が勝てば魔界に平和が戻り、サタンが勝てば魔界は終わる。そんな極限の死闘が、魔都キルベルにて始まろうとしていた。
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四天王同士の戦闘が始まった頃、ベルゼブブは涙を流しながら差し出された手を取った。
現れたのは神でも悪魔でもなく、人間。
寿命は短く群れなければ生き抜くことができない。少女はそんな人間という種族が大嫌いだった・・・たった一人の青年を除いて。
「来て、くれたの・・・?」
「当たり前だろ。いつもベルゼブブは俺達を助けてくれてる。だから、今度は俺がベルゼブブを助ける番だ」
母を、父を殺した人間は。自分の運命を狂わせた人間は必ず自分が皆殺しにする。
そんな事を何十年も思い続け、そしていよいよ人間達に宣戦布告するという時に、その青年は現れた。
「ごめ・・・なさい。私が弱いから、魔界の皆にもタローにも迷惑を・・・」
「迷惑なんかじゃない」
本気で挑み、敗北した。
そんな彼女に青年は止めを刺さなかった。
「百年前のあの日、魔界に攻め込んできたのは人間じゃなくて、あの男が蘇らせた屍人だったんだって・・・。その理由は、人間と魔族を争わせて、死んだ強者を屍人にして自分の手駒にする為だって・・・」
「え・・・」
「お父様が死んだのは、お母様が死んだのは・・・人間のせいじゃなくてあの男のせいだって・・・。はは、あははは・・・ずっと人間を憎んでたのに、悪いのは人間じゃなかった・・・」
その時から少女の恋は始まった。
憎み続けていた人間の中で、唯一心の底から尊敬し、そして愛した黒髪の青年・・・太郎。
そんな彼が、今目の前に。
「苦しい・・・苦しいよ・・・。誰が敵で、誰が味方?何を信じればいいの?私は、どうすれば・・・」
「何があっても、俺は君の味方だよ」
全魔力を失い、ふらりと体勢を崩した傷だらけの魔王を太郎は優しく受け止める。
「おいおいおいおい、なんてタイミングで来てくれたんだよ君はァ!人の邪魔して場をピンク色にするんじゃないよ!」
そんな彼を見て、心底鬱陶しそうに顔を歪ませながらネクロは叫んだ。
「来るのが早いよ来るのがァ!もうちょっと待ってくれたらベルゼブブちゃんの身体は私のものだったのに・・・!」
「どういうことだ?」
「私を、お父様に殺させて・・・私の死体に外法を使って屍人にするつもりだったらしいわ・・・」
「そういう事だよサトー君!まあ、まとめて殺せば最高級の死体が二つ手に入るから別にいいんだけどね!」
魔力がネクロの周囲を渦巻く。
こんなふざけた態度の男でも、やはり恐ろしい魔力をその身に宿しているようだ。
しかし、太郎は全く怯まない。
「というか、人間の君が魔族である彼女を助けようとする意味が分からない!」
「大切な仲間を傷付けられた」
「ん?」
「それ以外に理由がいるかよ・・・!」
同じように、ネクロのものとは比べ物にならない程の膨大な魔力を太郎は解き放った。
そして、そんな魔力を感じ取ったネクロの顔色が変わる。
「タロー、私・・・」
「よく頑張ったな、ベルゼブブ。あとは俺に任せてゆっくり休むといい」
「・・・うん」
足に力が入らず、その場に座り込んでしまったベルゼブブが太郎のズボンの裾を掴む。
どうかしたのかと振り返った彼の瞳には、情けない表情を浮かべている自分の姿が映っていた。
「お父様は、きっとすごく苦しんでいると思うの。だから、お願い・・・お父様を、助けてあげて・・・」
それに対して了解と頷いた太郎の目の前に、紅い魔力を纏った大魔王が勢いよく降り立つ。
少し頭を傾ければ額が当たってしまうほど近い両者の距離。太郎とサタンは、凄まじい魔力を放ちながら至近距離で睨み合う。
「アが、ググうァ・・・!」
「来いよ、サタン」
「グウアア!大魔王の鉄槌!!!!」
そして、サタンが攻撃を仕掛けた。
一気に解き放たれた魔力が再びキルベルを破壊する。しかし、妙な手応えであった為、サタンは目を細めた。
「娘が泣いてるぞ」
「ッ!?」
煙の中から声が聞こえた瞬間、サタンは自分の腕を何者かが掴んでいるということに気付く。
急いでその場を離れようとするが、僅かに遅く。太郎に腕を引っ張られ、バランスを崩した直後に頭突きされたサタンは勢いよく吹っ飛んだ。