第68話 魔界動乱
タロー達が魔都の近くにたどり着いた頃。
「くくくっ、まだ折れないか」
「はぁ、はぁっ・・・!」
鎖で自由を奪われた血塗れのベルゼブブは、何度か気を失いながらも数時間に及ぶ拷問を受けていた。
「ねぇ、ベルゼブブちゃーん。実の父親に何度も殴られ血を吐き出す気分はどうだい?」
「うるっ、さい・・・黙って、死ね」
「そうかそうか。実は君ってドMなのかな?」
「なんだとォ・・・!」
屈辱に身を震わせ、力任せに鎖を引きちぎろうとしたベルゼブブの身体が浮く。
「うっ、ぐぇ・・・!!」
サタンに無防備な腹部を殴られたのだ。
「はっはっはっは!一体何度吐けば気が済むんだい!?」
「げほっ!ぐうぅ・・・!」
「いいねぇいいねぇ!君みたいな少女のプライドがズタズタになっているのを見るのは最高だねぇ!」
魔力を封じ込められているのでサタンの拳をガードすることができない。
一撃で人が弾け飛ぶ威力を誇る打撃を何度受けただろうか。もう既に限界は超えていた。
「目的を、言え・・・」
「んん〜?」
「ただ魔界を侵略したかっただけじゃ、ないんでしょう・・・?何が目的で、こんな事をしているのよ・・・」
「そうだねぇ。泣いて命乞いしてきた頃に、交換条件として言おうと思っていたんだけど」
ベルゼブブの顎を指で持ち上げ、悪意に染まった笑みを浮かべながら男・・・ネクロは言った。
「〝魔神封印の根〟は何処にある」
「・・・は?」
意味が分からずに何も答えられないベルゼブブ。そんな彼女を紅い雷が襲う。
「あああああっ!!」
「ほーら。言わなきゃ黒焦げになるよ」
「知らないわよ、そんなものは・・・!」
「ふーん、ホントかなぁ。正直に言ってくれたら君を解放してあげてもいいんだけど」
「知らないって言ってるでしょうが!!」
ピキりと、ベルゼブブを拘束していた鎖が小さな音を立てた。それを聞き取ったネクロは、これ以上質問しても絶対に答えないだろうと感じ、すっとベルゼブブから離れる。
「もういいや。根はあとでゆっくり探すから、その前に君を私のものにしてみよう」
「な、何を・・・」
「突如魔界中に現れた屍人達。そして、百年前に勇者の手で葬られた魔王サタンの復活。どうしてこんなことが起こってるんだと思う?」
「・・・まさか貴方、死んだ人間や魔族を屍人として蘇らせることができるというの?」
「ははははっ!そのとおーり!!」
隣にいたサタンの肩に手を置き、心底楽しそうにネクロは笑う。
「私の外法は〝死体人形劇〟!死体に私の魔力を流し込み、私の命令通りに動く屍人に変える最高の力さ!」
「嘘だ・・・!お父様の身体は、勇者に討たれた直後に灰となって消えたんだもの・・・!」
「くくっ、あれは私の魔法でそう見せただけさ。死んだ瞬間、見た目を彼そっくりに弄った屍人と交換した。たったそれだけで、まだ幼かった君は父と屍人を見間違えてくれたんだ」
「そもそも、貴方は人間でしょう!?百年前、貴方はまだこの世界に生まれていない・・・!」
「私は一度死んでいる。けど、死の直前にこの外法を手に入れた。そこで私は何をしたと思う?」
ベルゼブブの脳裏に浮かぶ一つの答え。
切れるほど強く唇を噛んだベルゼブブは、ネクロを睨みつけながらその答えを口にした。
「死ぬ瞬間に自分自身に魔法を使い、屍人として蘇ったのか・・・!」
「君は頭が良いねぇ。そうさ、私はとっくの昔に死んでいる屍人だ。故に歳をとることなんて無いし、首を切断されても死ぬことは無い」
「くそっ、くそくそくそ・・・!お前みたいな奴に、あんなに強かったお父様は・・・!」
「死ねば誰もがただの屍になる。君の父も、死んだ瞬間に魔王ではなくなったのさ」
そして、更に衝撃的な事実が語られる。
「そうだ、ベルゼブブちゃん。気になっていたであろうことを一つ、君に教えてあげよう」
「まだ、何か・・・」
「百年前、魔王軍の力にビクビク怯えていた人間達が魔界を襲撃した理由、知りたいでしょ?あれ、実は私の外法で操った屍人達による襲撃なんだよね。くくっ、なのに君の父は勝手に人間達の仕業だって思い込んじゃってさぁ」
「・・・は?」
「私って弱いからさぁ、強い駒が欲しかったんだ。だから人間と魔族を争わせて、戦闘で命を落とした強者を外法で屍人に変えようとしてたってわけ」
「────────」
「ほんとは勇者も死んで欲しかったんだけど、サタンの死体が手に入っただけでもラッキーだったよ。そして、今私が欲しているのは君の死体さ、ベルゼブブちゃん」
ベルゼブブの中で何かが壊れる。
母を殺したのは。母の死によって人間との全面戦争を始めた父が死んだのは。
人間と魔族の仲が悪くなったのは。自分が人間を憎むようになったのは。
「全部・・・全部貴方の・・・」
「くくっ、私って凄いだろ?」
「あ、あああ・・・」
ベルゼブブの身体から真紅の魔力が溢れ出す。
「っ、魔力だと・・・?」
「許さない・・・許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない・・・!!」
「もういい。サタン、ベルゼブブを殺せ」
「うああああああああああッ!!!!」
直後、城が吹き飛んだ。
爆風で吹っ飛ばされたサタンは、バサりと黒い翼を広げて崩れゆく城の外に飛び出す。
しかし、凄まじい速度で目の前に現れたベルゼブブに顔面を殴られ、サタンは家屋を粉砕しながら遥か遠くまで吹っ飛んでいった。
「素晴らしい・・・素晴らしいよベルゼブブ!魔力封じの鎖を破壊する程の圧倒的なその魔力!君は今、真なる魔王として覚醒したんだ!」
千切れた腕をべチャリと引っつけたネクロが煙の中から姿を見せ、楽しげに笑いながら腕を広げる。
「魔王ベルゼブブは魔王サタンの〝憤怒〟の魔力を完全に引き出した!さあ、その力を思う存分振るい、愛しの父と殺し合うがいい!」
「死ねえええええ!!!」
紅い槍が何百本も空中に出現し、魔都中に降り注ぐ。それは周辺を彷徨っていた屍人達やネクロの身体を次々と貫いていく。
しかし、魔都の壁のそばで爆発が起こった直後、槍を創り出していたベルゼブブは真下の地面にめり込んだ。
「ガアアアアア!!!」
壁の隣から一瞬で戻ってきたサタンに殴られたらしい。更にサタンは攻撃の手を緩めず、むくりと起き上がったベルゼブブ目掛けて急降下し、全力でまだ幼さの残る彼女の顔面を吹き飛ばす為に拳を振るう。
しかし、それはベルゼブブが展開した障壁に弾き返され、体勢を崩したサタンはベルゼブブの魔法を至近距離で食らい、再び吹っ飛んだ。
「サタァァン!そんなひよっこ魔王相手に何をしてるんだ君は!ほらほら、遠慮せずに叩き潰せぇ!!」
「こ、ろすううううあああああ!!!」
叫び声を上げながらサタンがベルゼブブに襲い掛かる。
「ああああ!!魔王の鉄槌!!!」
「大魔王の鉄槌ォォッ!!!」
闇魔法を消し飛ばしたサタンの拳がベルゼブブの腹部にめり込む。そして拳から放たれた膨大な魔力は、魔都キルベルを半分以上消し飛ばした。
「ッ──────」
少女の身体が宙を舞う。
凄まじい破壊力の一撃をまともに食らったベルゼブブの骨は粉々に砕け、大量の血を撒き散らしながら彼女は地面へと落下する。
だが。
「お、おおおお・・・!サタンの魔力だけじゃない。君の中に眠っていた〝暴食〟の魔力まで完全に引き出したというのか!!」
サタンの魔法を恐ろしい速度で吸収しながらベルゼブブは立ち上がった。
魔力の量がこれまでの数倍に跳ね上がっている。
それだけではない。暴走状態に陥っている彼女はサタンと互角がそれ以上の力を引き出していた。
「殺す・・・殺してやる・・・。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる・・・」
「ガアアアアア!!」
「お前ら全員消えて無くなれえええ!!!」
サタンとベルゼブブが同時に駆け出す。
今二つの魔力がぶつかり合えば、魔都キルベルは跡形も無く消滅してしまうだろう。
そんな恐ろしいことが起きる寸前、二人の間に何者かが降り立った。
同時にサタンは遥か遠くに吹っ飛び、ベルゼブブの拳は現れた黒髪の青年に手のひらで受け止められる。
「ごめんな、遅くなって」
その声を聞いた瞬間、殺意に感情を支配されていたベルゼブブはばっと顔を上げた。
「た、タロー・・・?」
「助けに来たぜ、ベルゼブブ」
暴走していた魔力が消える。
そして、ベルゼブブの目から涙が零れ落ちた。