第66話 その男は魔都にて待つ
「嘘、でしょ・・・」
たどり着いた洞窟を見て全員が言葉を失う。
ディーネによると、ここに生き残った魔王軍所属の魔族達が集結していたらしいのだが、崩壊した洞窟の中には血を流す息絶えた死体達しか転がっていなかった。
「テラ君、居るなら返事してよ・・・」
「もう無駄だよ。これだけの死者が出る戦闘が行われたんだ。大怪我を負っていた彼が生きているとは思えない」
「何言ってるの!?まだ生きてるかもしれないのにそんな事言うなんて最低じゃない!」
珍しくディーネが怒鳴る。
それに対してヴェントも何か言い返そうとしたが、そのまま何も言わずに黙り込んでしまった。
「屍人が1人も倒れていない。敵は1人でここを制圧したのかもしれないな」
「ベルゼブブの親父さんか」
「多分そうだろう。全員ディーネやベルゼブブより格下だとしても、屍人を1人も倒すことが出来ずに全滅するとは思えない」
周囲を見渡せば抉れた地面や魔族がめり込んだ壁などが目に映る。
テミスの言う通り、これはベルゼブブの親父さん・・・サタンによる襲撃なんだろう。
ただの屍人達が、魔王軍所属の魔族を壁にめり込ませる攻撃なんて出来ない筈だ。
「ねえねえ、ご主人さま」
「ん?どうしたマナ」
「こんなのおちてた」
魔王軍の完全消滅が目的だろうか。
そんな事を考えてた時、いつの間にか俺のそばから離れていたらしいマナが、よく分からない黒っぽい宝石のようなものを持って俺に駆け寄ってきた。
「ぽわぽわしてるよー」
「魔力?これ、どこから────」
死んだ魔族の持ち物のような気がしたので、マナに拾った場所を聞いてから元の場所に戻しておこうと思った瞬間。
突然持ってた宝石的なものがぼんやりと輝き、そこから光が伸びて壁に映像が映し出された。
『やあやあ元気?よろしい、全員元気だね』
「は?誰だあいつ」
『やだなぁ噂のサトー君。第二魔界の王に対して〝あいつ〟だなんて言っちゃ駄目じゃないか』
「・・・へえ」
映像に現れた、紺色の髪の男が眼鏡を弄りながら楽しげに笑う。こいつを見るのは初めてだけど、今の発言からディーネ達が言ってたリーダー格の男がこいつであるのは分かった。
「ゴチャゴチャいろんなことを聞くつもりはないけどさ。お前、ベルゼブブに手を出したりしてないだろうな」
『それはどうだろうねぇ。知りたい?そんなに彼女について知りたいのかい?』
「いいから黙って答えよ」
『その前に、君には教えなきゃいけないことが沢山あるようだ。私はねぇ、第二魔界の王となった魔王ネクロ様─────』
「答えろって言ってるでしょ!!」
ドヤ顔で自己紹介を始めた男にディーネが怒鳴る。けど、男は全く怯むことなく自分の耳に手を当てた。
『耳を澄ましてごらん。君達が聴きたくてしょうがないベルゼブブちゃんの鳴き声が聞こえてくる筈さ』
「何を言って────」
『あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!!』
まるでわざと音を大きくしたかのように、その叫び声は洞窟の中に響き渡った。
それを聞いた途端、怒りを露にしていたディーネやヴェントの表情が一変する。
『がはっ、げほっ・・・!いつ、までこんな事をするつもりなの・・・どうせ殺すのなら、今すぐ殺しなさいよっ!!』
「ベルちゃん・・・」
『答えなさいよ!何が目的でこんな事を───ぐっ、うあああああああっ!!!』
「貴様、魔王様に何をしている!」
その叫び声は、ベルゼブブの声だった。
固まってしまったディーネに対して、ヴェントは激怒しながら魔力を纏う。
『ははははっ!それが知りたければ此処まで来るがいい!君達全員盛大に歓迎してあげるよ!』
「────いいよ。待っててね」
冷えきった声が耳に届く。
その声の主は、いつもとは違う濁った瞳でじっと映像の中の男を見つめている。
「必ず殺してあげるから」
ぞくりと身体が震えた。
いつも元気で優しいあのディーネが、今は凄まじい殺気を全身から放ちながら、見たことが無い表情を浮かべている。
1度陥ったことがある俺には分かる。
大切な友達を傷付けられ、怒りに心を支配されて魔力が暴走状態に陥ってるんだ。
「落ち着けディーネ。俺だってあいつをぶん殴りたいとは思ってるけど、ここでキレてもあいつを楽しませるだけだ」
「っ、タローさん・・・」
ディーネの肩に手を置いてそう言うと、自分がどんな状態に陥っていたのか理解したらしい彼女は、きつく拳を握り締めながら俯いた。
『いいねぇ素晴らしい!そのまま放置していれば、間違いなく君以外の全員が四天王ディーネちゃんに殺されていたと思うよぉ』
「ご主人さま。マナ、この人きらーい」
「ああ、俺もだ」
あまりどういう状態なのかが分かっていないマナの頭を軽く撫で、ゲラゲラ笑っている男を睨む。
『さてさて、早く魔都キルベルへ来てくれたまえ。圧倒的な力の差というものを、全員骨の髄まで教え込んでやろう───』
映像が消えた。
それと同時に宝石が砕け散る。
「挑発だ。タローを知っているのなら、その強さも当然把握している筈。なのに自分達が支配している場所に来いなどと言うのは、どれだけタローが強かろうがそれ以上の力で捩じ伏せれる自信があるということだ」
テミスがそう言う。
それに反応して、ディーネは俯きながら呟くように話し出す。
「・・・サタン様だよ。魔王級だなんて言われてたリヴァイアサンが何体束になっても、決して勝つことの出来ない最強の魔王。あの人とタローさんが戦えば、必ず向こうが勝利できるって思ってるんでしょ」
「いいや、勝つのは俺だ」
ディーネの頭を軽く撫で、俺は誓う。
「何があっても、絶対にベルゼブブを助けてみせる。その為に俺は魔界に来たんだからな」
「タローさん・・・」
「心配すんな。また皆で笑って日々を過ごせるように、俺は全力で第二魔界に挑むよ」
それを聞き、ディーネは泣きそうになりながら無言で俺に抱きついてきた。
表情を他の人達に見られたくないんだろう。
しばらく彼女が顔を隠すための壁役になりながら、俺は初めて魔界に来た時と同じで黒い雲に覆われた空を見上げる。
待ってろよ、ベルゼブブ。
ここに居る皆と共に、すぐに助けに行くからな。