第61話 早朝の来訪者
「おはようテミス。今日も可愛いね」
「うっ、おはよう・・・」
ユグドラシル魔闘祭が終わってから3日後、オーデムに戻ってきた俺達はいつも通りの平和な朝を迎えた。
おはようの挨拶で顔を真っ赤にしながら、パタパタと洗面所に向かったテミスの可愛さといったらもうあれなんだけど、さっきから妙な気配を感じるんだよなぁ。
「ご主人さま、どうしたのー?」
「お客さんが来てるみたいだ。ねー、ソンノさーん?」
「げっ、バレてたのか」
ひょっこりと机の下から現れた小さな少女。見た目はこんなんでも、一応俺より年上のソンノさんだ。
「あっ、ソンノだー!」
「おい待て。テミス達はおねえちゃん付きで呼ぶのになんで私だけ呼び捨てなんだよ」
「珍しいですね、早起きなんて」
「お前らは私をなんだと思ってるんだ?六芒星だぞ?魔導王だぞ?ギルドマスターだぞ?ほら、敬え」
「はは・・・」
「何笑ってやがるてめえ」
さて、ふざけるのはこのくらいにしておいてだな。こんな朝早くにこの人が来たってことは、何か大事な話でもあるんだろう。
そう思って俺はソンノさんを椅子に座らせ、話を聞くことにした。
「最近どうだ。もうヤったのか?」
「大事な話じゃないの!?」
「気になるだろ。くひひ、恥ずかしがってるテミスにお前は何をしたのかなぁ?」
「と言われましても・・・」
まだキスすらしたことがないのに、そんな一気に大人の階段上ったりはしていない。
まあ、胸触っちゃったり、露天風呂で裸見ちゃったりしたことはあるけどね。
「というか、そういう話をマナの前でしないでくださいよ。いつまでも純粋なままでいてほしいんですから」
「このまえソンノがね、すきな人におっぱいさわられたらおっきくなるんだっていってたよ!」
「ソンノさんッ!!!」
娘が余計な知識を身に付けてしまった。
なので笑いをこらえているソンノさんに拳骨した。
「いったぁい!タローお前、まるで子供を叱る親のように拳骨を・・・!」
「あれ、何をしているんですか?ソンノさん、半泣きになってますけど・・・」
「欠伸しただけですぅー!」
洗面所から戻ってきたテミスが、頭を押さえているソンノさんの顔を心配そうに覗き込む。
ふーむ、なんか親子みたいに見えてちょっとほっこりするな。
「で、何の用ですか?」
「神罰の使徒についての話だ」
マナを膝の上に座らせ、俺の隣に腰掛けたテミスと共に割と真剣な表情になったソンノさんの話を聞く。
「まず、決勝でタローがぶん殴ったシャドウは監獄行きになった。そこで現在連中についていろいろな話を聞き出してるとこだ」
「正直、あいつが神罰の使徒についての情報を俺達に言うとは思えませんけど」
「嫌でも話してもらうさ。抵抗するのなら・・・くっくっく」
「うわぁ、悪い顔」
なんかちょっとだけシャドウが可哀想に思えてきた。でも、決勝でテミスに対して嫌なことをいっぱい言ってたから、残念だけどソンノさんにいろいろされてください。
「んで、あれから3日経ったが神罰の使徒の行方はわからないままだ。昨日世界中で奴等についての情報を公開したから、敵も前のようには好き勝手できなくなるだろうな」
ということは、いつどの状況で奴等が動き出すか分かっていないということだ。
隣のテミスを見れば、彼女は不安そうな表情を浮かべている。
「なんだ、まだ安心できないか?」
「今の私は剣を持つのも厳しい状態なので、再び襲撃されたらどうしようと思うととても怖いです。でも、タローが守ってくれますから」
そう言って少し頬を赤らめながら俺をちらりと見てくるテミス。ああもう、お姫様。死ぬ気で守らせていただきます。
「神罰の使徒が何人で構成されているのか、目的は何なのか・・・それはまだ不明だが、このまま放っておけば間違いなく良くないことが起こる。その前になんとしても、私達は奴等を全滅させなきゃならない」
「ですね。これ以上好き勝手させるわけにはいきません」
目的は恐らく『初代魔王の復活』だろう。
でも、それを言うとユグドラシル達のことや俺が別世界から来たことがバレてしまう。
きっと混乱させてしまうだろうから、今はまだそのことについては言わないでおこう。
というか、初代魔王が復活する前に神罰の使徒を壊滅させればいい話だしな。
「ねめしすって、わるい人たちなのー?」
「そうだよー。だから、ご主人様達が倒さなきゃならないんだ」
「わあ、せいぎのみかただね!」
とりあえず、俺の膝上で獣耳をピコピコしてるマナの頭をなでなでする。
うちの娘、ほんと可愛すぎるわ。
「ということで、話は終わりだ。また何か分かり次第伝えるが、警戒はしておけよ」
「了解です」
「それじゃあな。さてさて、今から何をするのかは知らないけど、邪魔者はさっさと帰るとしましょうかね」
ニヤニヤしながらソンノさんが魔法を唱える。すると何も無かった場所に黒い渦が出現し、ソンノさんはその中へと入っていく。
やがてその渦は消滅し、再び静かな朝が戻ってきた。
「別に何もしないっつーの。なー?」
「えっ、いや、私は・・・」
「ん?」
マナを立たせてやり、飲み物でも取りに行こうと思った時に、何故かテミスの顔が若干赤いことに気づいた。
「どうした?」
「べ、別に何でもないけど、この前の夜のことを思い出して・・・その」
「夜・・・んん?」
何かしたっけな。
もしかすると、俺が覚えてないだけで寝ぼけてとんでもないことをやらかしてたのかもしれない。
「あの〜。よ、夜っていつの?」
「・・・魔闘祭の時」
「ふむ、告白した時か」
テミスの顔が真っ赤になったので間違いない。
「あ、あの時。き、きき、キス・・・しようと、した気が」
「なるほど、確かにしようとした」
「っ、そうか。ははは・・・」
おっと、これはもしかすると。
あの時はアレクシスのくしゃみにびっくりして中断してしまったから、今ここで続きをしたいとか?
「よしきたテミス。俺はいつでもOKだ」
「へっ!?」
唇を尖らせて待機する。
「し、しません!」
「ええっ!?」
けど、残念な事にテミスは俺に背を向けて台所へと向かってしまった。
どうやらキスしたいってわけじゃなかったみたいだ。そのことに結構ショックを受けながらも、状況がわからずにきょとんとしてるマナの頭を撫でて癒されようと思った時。
「っ〜〜〜〜!」
「え─────」
急に顔を真っ赤にしながら戻ってきたテミスに肩を掴まれ、どうしたと言おうとした直前に柔らかい何かが口に触れた。
それが何なのか分かるまで約数秒。
雷が落ちたかのような衝撃に襲われた俺は、そっと俺から離れたテミスの赤い顔を見て全てを理解した。
今俺の唇に当たっていたもの、それは。
「い、今のが、初めて・・・だから」
「ちょ・・・!」
今度は台所じゃなくて2階へと逃げるように駆けていったテミス。まさかの出来事に焦ったけど、それが徐々に感動へと変わってきて最終的にはとても幸せな気持ちになれた。
「朝からお熱いねぇ」
「・・・見てたんですか」
「いやぁ、言い忘れてたことがあったから戻ってきたら、なんかキスしてたもんだから驚いたぞ」
なのに、ニヤニヤしながら再び現れたソンノさんを見た途端に気持ちが一気にダウンした。
覗きのプロかよ、この人は・・・。
「ああもう。で、何ですか?」
「お前の強さは世界一ってことがこの前の魔闘祭で証明されただろ?それで、ハーゲンティのクズ野郎は六芒星から除外されて、新たにお前を六芒星の一員に加えることにしたらしいぞ、世界中の偉いさん達が」
「・・・は?」
「だからって特に何かあるわけじゃないが、おめでとう。お前も一気に有名になったものだな」
「まじですかああああ!!?」
言い忘れていいことじゃないと思うけど、テミスにキスされたことの次くらいには驚きました。