第60話 大好きなあなたへ
満月が地上を照らしている。
ある程度動いても身体が痛まなくなった私は、祭りが行われている王都をギルドの三階にあるテラスから見下ろしながら、彼が来るのを待っている最中だ。
「あー、悪い。待たせちゃったな」
「遅いぞタロー。一応怪我人なのに、20分も待たされるなんて」
「ご、ごめん。ここに来てって言ったのは俺の方なのに」
ようやく彼は来てくれた。
今ギルドの中ではタローの優勝記念パーティーが行われているから、そこから抜け出すのに時間がかかったのだろう。
「怪我、大丈夫?」
「ああ。普通に動く分には問題ない。ただ、やはり右腕には力が入らないが・・・」
「本当にごめん!!」
「え、なんで?」
「テミスが怪我したのは俺のせいなんだ。どれだけ謝っても許されることじゃないけど、それでもごめん・・・!」
勢いよくタローが頭を下げてくる。
まったく。せっかくこうして二人きりになれたのに、このままではまた俺が悪い私が悪いの言い合いになってしまう。
「うん、いいよ。謝ってくれたタローを私は許しました。だからもうこの話は終わり」
「え、でも・・・」
「終わりったら終わりだ。そんなに責任を感じてくれているのなら、私のお願いを一つぐらい聞いてくれてもいいんじゃないか?」
「うぐっ、わかったよ・・・」
「ふふ、よろしい」
夜空を見上げる。
もし優勝できていたなら、ここでタローに想いを伝えようと思っていたんだが。
もうそれはできない。言ってもきっと彼を困らせてしまうだけだし、タローに相応しい女性はきっと他に居る。
だから、私の初恋はこれでおしまい。
「満月か。綺麗だな・・・」
「テミスだって綺麗だよ」
「っ、こら。何を言ってるんだ」
なのに、そんな事を言ってくるから忘れようとした想いが再び溢れ出しそうになる。
「ああもう、優勝おめでとう!まさか試合開始と同時に決着がつくとは思わなかったけど、優勝すると信じていたよ」
「ありがとう。それで、優勝したら伝えたい事があるって言ったよな」
「ん、そうだな」
「ふぅ・・・」
深呼吸なんかしてどうしたのだろう。
もしかして、魔闘祭前に言っていた『一緒にお風呂に入ろう』を本当に言ってくるつもりなんじゃないだろうか。
「ち、ちょっと待って。急にそういう事を言われても、なんて返事したらいいのか分からないから・・・!」
「え?まだ何も言ってないけど」
「うぇっ!?あっ、そ、そうだな。はは、ははは・・・」
咄嗟にタローから顔を逸し、背を向ける。
最悪だ。何を言っているんだ私は。今ので絶対に気持ち悪い女だと思われた・・・。
「テミスは可愛いなぁ」
「はっ!?さ、さっきからそんな事ばかり言ってどうしたんだ!?何か欲しい物でもあるのか!?」
「うーん、そうだな」
タローがじっと私を見てくる。
ああ駄目だ、意識してしまうとまた顔が赤くなってしまう。
「初めて会った時からずっと綺麗な子だなって思ってた。しかも優しくて料理も上手で、だけど意外と天然な部分もあったり。そりゃモテるに決まってる」
「・・・?」
誰の話だろうか。
ソンノさんは料理を作るのが下手だから、ラスティかベルゼブブ、ディーネのうちの1人かな。
「つまり、どストライクな女の子だな。一緒に居るだけで幸せだし、新しい癖とか仕草とかを見つけれた時は嬉しくなる」
え、それってつまり、タローには好きな人がいるということではないだろうか。
そうだとしたら、もう既に私の想いはタローに知られていて、今から告白もできていないのにフラれるんじゃ・・・!
「その子のためなら、俺はこの命を捨てたっていい・・・そう思えるぐらい大切な人。だから、振り向いてもらえないとしてもいつか言おうと思ってたんだ」
「っ〜〜〜待って!そ、その、もういいよ。もう、それ以上言わなくていいから・・・」
視界がぼやける。
「テミス?」
「わ、分かってはいたけどやはり辛いものだな。というか、優勝してから言うことでもないんじゃないか?」
「え、いや、そうか?」
「タローならその子と幸せに暮らせると思う。だから、頑張って・・・!」
涙が零れ落ちた。
もう駄目だ、こんな場所には居られない。このままタローの好きな人について聞き続けていると、自分が何を言うか分からない。
そう思い、私はギルドの中に向かって駆け出した。
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「ちょっと待った、なんで逃げるんだ!というか、なんで泣いてるの!?」
「だって・・・」
「お、俺、なんか嫌なこと言ったりした?」
「違う!ただ・・・」
急に涙を流しながらギルドの中に走っていこうとしたテミスの左腕を掴んで引き止める。
余計なことを言ってしまったのかと焦ってると、テミスは力が入らないと言っていた右手で両目を覆いながら小さく呟く。
「わっ、私もベルゼブブ達と同じように、タローのことが好きだから、他の女性が好きだって言われるのは嫌だ・・・」
「へ?」
「嫌だ、そんなの嫌だよぉ・・・。私の方が先にタローと知り合ったのに・・・。なのに、なんで・・・」
え、あれ?聞き間違いかな。
今、ベルゼブブ達と同じように俺のことが好きだ・・・って聞こえた気がするんだが。
「ずっと、言おうと、思ってたのにっ・・・。優勝できたら、嫌われてもいいから、好きだって・・・!」
「ちょっ、えっ!?」
突然とんでもないことを言われ、一瞬頭が真っ白になった。
「でも・・・でも、タローが好きなのは私じゃないだろう?」
「いやいやいや、何でそうなる!?」
「え、だって・・・」
けど、子供のように泣いてるテミスを見ていると、今言われたことは嘘じゃないと分かる。
つまり、テミスは─────
「好きって、俺を!?」
「っ〜〜〜〜」
真っ赤になってる顔を手で隠しながら、テミスはこくこくと頷いた。
「ご、ごめん!試合にすら出ていないのに、そんなことを言ってしまって・・・」
「あ、ああ、いや・・・」
「こんなの迷惑に決まってる。グスッ、今言ったことは忘れてくれ・・・」
「迷惑なんかじゃないって!というか、これまで生きてきて一番嬉しいことを言われた瞬間だった!」
頑張れ俺。
覚悟を決め、きょとんとしているテミスの肩に手を置いて息を整える。
そして。
「俺だってテミスのことが好きだ」
「え・・・?」
「さっき言ったろ、一緒に居るだけで幸せだって。優しくて料理上手で、意外と天然だったり苦手なものが多かったりするけど、俺はそんなテミスが世界で一番好きなんだ」
「────うえぇっ!!!?」
「まさかテミスが俺のことを好きって言ってくれるとは思わなかった。今の俺、もう死んでもいいくらい幸せだよ」
力が抜けたのか、俺の方にテミスが倒れ込んでくる。そして数秒後、俺の胸に顔を埋めたまま彼女は話し出した。
「いつも、嫉妬ばかりしていた」
「嫉妬?」
「ベルゼブブやディーネが自分の気持ちをタローに告白した時や、教会のシスターとタローが回復魔法の練習をしているのを見た時は、なんだかとても嫌な気持ちになったんだ」
表情は見えないけど、耳まで真っ赤になってるテミスの身体は若干震えている。
「もし、タローが彼女達と付き合ったりすることになったら、私はどうすればいいんだろうって、いつも考えて・・・」
「テミス・・・」
「好きだよ、タロー。いつからかなんて忘れてしまったけど、私はタローのことが大好き。私みたいな女で良かったら、これからもずっと・・・一緒に居てくれますか?」
「そんなの俺の方からお願いするよ!もう絶対離さないからああああ嬉しい!!」
「むぐっ・・・!」
ああ、もう無理。
気が付けば俺は、テミスを抱きしめていた。
それからテミスの肩を持って顔を見つめる。相変わらず顔が真っ赤になってるけど、別に嫌がってるわけじゃないって分かった今なら何もかもが愛おしい。
「可愛いよ、テミス」
「タロー・・・」
少し顔を近づけると、俺が何をしようとしてるのか分かったのかテミスはそっと目を閉じた。
こんなに近くでテミスを見たのは初めてかもしれない。こんなに綺麗な少女に、俺は今から────
「へっくしょい!!」
「「ッ!!!?」」
突然そんな声が聞こえ、俺とテミスはほぼ同時に飛び跳ねる。何事かと思って振り返れば、何故かアレクシスがラスティ達に怒られてた。
「ちょっとアレくん!そんな大きなくしゃみして、気付かれちゃったらどうするつもり!?」
「お、お前の髪の毛のせいで鼻がムズムズしたんだ!仕方ないだろう!?」
「おいお前ら、声がでかい!」
・・・うーわー。
「なっ、何をしているんですか!?」
「げっ、バレた」
「あ、あはは、ごめんねテミスさん。気になったから覗き見しちゃってました・・・」
「っ〜〜〜〜〜!?」
もうちょっとでテミスとキスできるところだったのに、最悪のタイミングで邪魔されてしまった。
「ま、まあ、おめでとうテミっちゃん!」
「なんでこっそり見ていたんだッ!!」
「ごめんなさい!!」
真っ赤な顔のまま、テミスがソンノさんやラスティ達のところに向かって歩いていく。
そんな彼女と入れ替わるように、ベルゼブブとディーネがこっちに来た。
「あ、その、ごめんな。二人共、俺のことを好きだって言ってくれてたのに・・・」
「別にいいわよ。ちょっと悔しいけれど、私はタローの役に立てればそれでいいの。こんなことでタローへの愛は揺らがないわ」
「私も〜!多分一生タローさんのこと好きだと思うなぁ」
「え、えぇ?」
「とにかくおめでとー!テミスさんのこと、幸せにしてあげてね」
ベルゼブブとディーネがいい子すぎて泣きそうになりながらも、俺はしっかりと頷いた。
もう絶対に彼女に手は出させない。
今後、ユグドラシルが言ってたようにこの世界で何かが起こったとしても、
────そうです。それだけは絶対に使わないでください。もしそれを使う時が来たとしたら、それは初代魔王が復活した時です
俺の中に眠る最後の力を使ってでも、テミスを守ってみせる。