第59話 魔闘祭決勝戦
「いよぅ。目が覚めたみたいだな」
「ソンノさん・・・」
タローが部屋から出ていってすぐにソンノさんが中に入ってきた。
しかし、もうすぐ準決勝が行われるのだから、シャドウという者と闘うはずのソンノさんがここに来るのはおかしい気がする。
「ほら、クッキー持ってきてやったぞ。ここに置いとくけど、無理して食べる必要はないからな」
「あの、準決勝は・・・?」
「ん、ああ。棄権した」
「ええっ!?」
棄権したなどと言われた事に驚き大きな声を出してしまった直後、胸のあたりに激痛が走って息が苦しくなる。
傷跡が残ってしまう程の怪我を負ってしまったのだから、やはりしばらくはまともに生活できなさそうだ。
「何故棄権したんですか」
「タローによると、私と準決勝でやり合う筈だったシャドウとかいう奴は神罰の使徒の一員らしい。ま、絶対格下だから余裕で潰せるけど、その役目はタローに任せようと思ってな」
「い、意味が分かりません!そもそも、神罰の使徒に所属している者だと分かったのならすぐに捕らえるべきです!」
「馬鹿だなぁお前も」
ソンノさんの身体から、これまでこの人から感じたことがない程の魔力が溢れ出る。
「〝捕らえる〟なんてのは無理だ。今そいつと対戦したとしたら、確実に殺してしまうからな」
「っ、貴女までそんな事を・・・」
「それに、キレてるのは私だけじゃない。普段は絶対に言わないような台詞を言ってた男は誰だった?」
「・・・」
「お前と約束したから殺したりはしないだろうが、奴らに対する最初の一撃としてぶん殴らせてやれよ。くくっ、面白いことになりそうな予感もするしな」
そう言ってからさっき持ってきたクッキーをほおばり始めたソンノさん。
まさか、準決勝が無しになるなんて。あのタローにダメージを与える事ができる空間干渉魔法を使えるソンノさんとタローが決勝に進むものだと思っていたのに、神罰の使徒の人間がタローと・・・。
「心配か?」
「それは、勿論・・・」
「心配する必要なんか一切ないだろ。私の空間断裂を初見で躱すような化け物が負けるはずがない」
ソンノさんが、私が座っているベッドの隣にある窓を開ける。すると、凄まじい声援が聞こえてきて私は咄嗟に耳を覆った。
「私の空間魔法でこの窓と観客席を繋げた。さーて、特等席で試合観戦させてもらうとしよう」
怪我の痛みを忘れて窓の外を見る。
そこから見えたのは、同じ黒髪の男と向かい合って立っているタローの姿だった。
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『あのテミス・シルヴァさんが何者かの攻撃を受けて重症を負って棄権!そして、ソンノ・ベルフェリオさんも棄権!なので、互いに準決勝無しで勝ち進んだ者同士による決勝戦となりました!!』
司会の声が響き渡る。
二人の身に一体何があったのかと会場はざわめいた。
『王国予選を突破し、本戦第一試合でアレクシス・ハーネットさんを打ち破った今大会最注目のサトー・タローさん!そして・・・えー、あれ?何処の予選で優勝したんでしょうか。おかしいですね、あったはずの情報が全て無くなっておりますが、決勝に進んできたシャドウさん・・・んんー?』
俺の前には、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべて立っている男が1人。
「まさか俺様の影世界から抜け出すとは思わなかったぜ、サトー・タロー。ハーゲンティが警戒するのも納得だ」
「・・・」
「おおっと、無視か?大事な彼女がボコボコにされて怒ってるんですかぁ〜?」
「ああ、そうだ。彼女ではないけど」
俺がそう言うと、シャドウはさらに笑みを深めて魔力を纏った。
「ククッ、今回俺様がこの祭りに参加したのはお前を足止めする為だけじゃない。俺様達の存在を世界中が注目してるこの場で知ってもらおうと思ってな」
「あ?」
「偉大なる〝闇〟からの命令だ。それによって強い奴らが俺様達と争ってくれると嬉しいんだと。その中から強い人間が現れるのを楽しみにしていらっしゃるのさ」
シャドウが腕を広げる。
「よく聞け雑魚共!俺様はシャドウ、お前らの大好きなテミス・シルヴァを半殺しにしたノワールもいる〝神罰の使徒〟に所属してる偉大なる大魔導士だ!」
そしてそんな事を大声で言い始めた。
当然会場はざわめき、中にはシャドウの言っていることをすぐに信じて怒鳴る人も現れる。
「どうした?俺達が憎いか?なら今すぐに降りてきて俺を殺してみるがいい」
しかし、シャドウが放った魔力が闘技場を駆け巡った瞬間に全員黙り込んでしまう。
今ので分かったのだろう。
余計なことを言ったりすると、この男は一切の躊躇いもなく自分達を殺しに来る・・・と。
「ククッ、所詮その程度なんだよ人間は。大切な人を傷付けられても自分のことが一番大好きだから、殺されると分かった途端に自分を強く見せるのをやめる。分かるか?お前らにとってテミス・シルヴァはその程度の存在なんだよ」
黒い影がシャドウの周囲を渦巻く。
「別にいいじゃないか、その程度の女が1人死んでも。悲しむとしてもお前らは内心ほっとするんだからな。殺されたのが自分じゃなくて良かった、ありがとうテミス・シルヴァってなァ」
「ふ、ふざけんな!」
「お前なんか怖くないんだよ!殺したきゃ勝手に殺せ!」
「ネメシスだと?そんな意味のわからん組織、俺達がぶっ飛ばしてやる!」
「へぇ、いいだろう」
それでも黙ってない人達が再び声を出し始めたので、シャドウが観客席目掛けて魔法を放った。
けど、それは観客席に届く前に何者かによって消し飛ばされる。
「残念だが、貴様程度の魔力ではここに居る人達を黙らせることはできないようだな」
「いい加減にしないと、あたし達が先に君を潰しちゃうよ?」
観客達を守ったのはアレクシスとラスティだった。いや、彼等だけじゃない。
「黙って聞いてりゃ調子に乗りやがってよ。本気で命を刈り取ってやろうか糞ガキ」
ハスターも糸を周囲に漂わせながらダガーを構えてるし、
「テミスさんは友達だからね〜。ふふっ、死ぬ覚悟はできてるかな?」
「タローを怒らせたんだもの。黙ってその口を閉じないと、存在そのものをこの世から消し去ってあげるわ」
ディーネとベルゼブブも、一応観客達を守りながら戦闘態勢に入ってる。
でも。
「いいねぇ、流石は世界樹の六芒星。集団で弱い者を虐めるのがそんなに楽しいか」
「何言ってんだお前。今から決勝だろ?お前の相手は、お前の目の前に立ってる俺だけだ」
悪いけど誰にも手は出させない。
「偉大なる闇・・・だったか。そいつがお前らのリーダー的存在ってことは分かった。そして、ユグドラシルが言ってた初代魔王である可能性が高いな」
「へぇ」
「強い人間が現れるのを楽しみにしてる、ということはその偉大なる闇とやらは強い人間と戦いたいのか。それとも、先に今後脅威になりそうな人間を潰しておきたいのか。神獣種の封印を解いてるのも強者を減らす為、又は神獣種をも倒すことが可能な人間を探している・・・」
「なんだお前、探偵か?」
魔力を拳に纏わせる。
「ククッ、惜しいな。実はちょっと嘘ついたんだよ。本来の目的は世界中に俺様達の存在を知らしめる為じゃねえ。お前に本気を出させる為だ」
「は?」
「あの方は、本気のお前と潰し合える日を楽しみにしてるんだ。これまでお前は1度も本気を出したことがなかっただろ?紅魔王や魔王級とやり合った時も、初めてハーゲンティと殺し合った時も」
「・・・」
「神獣種復活は、奴らを殺すことでお前がより強くなれるから。そして、テミス・シルヴァ襲撃の本来の目的は、大切な人を守れなかった罪悪感でお前の魔力を暴走させる為だ。ククッ、興奮したハーゲンティは完全に目的を忘れてたみたいだが」
拳だけじゃない、身体全体に魔力を纏わせる。
「俺様はさっき神罰の使徒の名を叫んだが、世界中の人間に存在を知られたところで誰も俺様達には勝てない。だから、それをしろとは一言も言われてないけど堂々と存在をアピールしてやった。結局俺様達の敵はお前だけなんだよ、サトー・タロー」
「なるほどな。つまり、テミスが傷ついたのは俺のせいってわけだ」
「そうだ!大切な人を傷つけてるのは他でもない、お前の存在なんだよ!クハハハハハ!!」
「司会の人。試合開始の合図を」
『え、で、ですが・・・』
「いいから」
最悪だ、自分が許せない。
それでも今は決勝だ。テミスは待ってる、優勝した俺から何かが伝えられることを。
「もう2度目は無いぜ、サトー・タロー。俺様の影世界は絶対に破れない」
『そ、それでは!これよりサトー・タローさんVSシャドウさんによる決勝戦を始めたいと思います!両者、構えて!』
自分を責めるのは後でいい。もうこれ以上彼女を傷つけるわけにはいかないんだ、俺は。
『試合、開始ィ!!!』
「クハハッ、影────」
開始と同時にシャドウが魔法を発動しようとしたけど、それよりも早くに地を蹴り、歪んだ笑みを浮かべているシャドウの顔面をぶん殴る。
「がっ─────」
そして、そのまま吹っ飛んだシャドウは鼻血を撒き散らしながら場外の壁にめり込み、泡を吹きながら前のめりに倒れ込んだ。
「よく聞け神罰の使徒!!」
そんなシャドウから空に視線を移し、声を張り上げる。
「お前らは俺達の大切な人に手を出した!俺の本気が見たかったって?だったら本気でお前らを叩き潰してやる!俺だけじゃない、彼女を大切に思ってる世界中の人達と一緒にだッ!!」
「「「「うおおおおおッ!!!!」」」」
会場が震える。
こうして、第一回ユグドラシル魔闘祭は幕を閉じた。