第57話 二人の女神と世界の守り手
「っ!?」
突然桁違いの魔力が王都を駆け巡り、驚いたマナは持っていたドリンクを地面に落とした。
「きゃっ、なに!?」
「今の魔力、恐らくタローのものだ」
人混みの中で、ラスティとアレクシスは咄嗟に魔力を纏う。
「おいおい、まじで何者だよ」
自宅に戻って傷の手当てをしていたハスターだが、魔力を感じた直後に傷口が開いて再び血が流れ出る。
「・・・まさか、テミスの身に何かあったのか?」
祭りを楽しむ人達を空から見下ろしながらテミスを探していたソンノは、秒毎に上昇していく魔力の持ち主が居るであろう方向に顔を向け、拳を握りしめた。
「あーあ、ほんと人間って馬鹿ばっかり。何度も何度も優しい彼を本気で怒らせて」
闘技場観客席の椅子に腰掛け、誰もいないフィールドを見つめながらベルゼブブは呟く。
「べ、ベルちゃん!これってタローさんの魔力だよね!?どうしよう、魔力が暴走してるよ・・・!」
「すぐにタローがいる場所に向かうわ。でも、間に合うかどうかは分からないわね」
「え、何が・・・?」
高い魔力を持つ者、〝世界樹の六芒星〟と魔王軍四天王以上の者は、全員暴走する魔力を感じ取った。
「このまま魔力が更に暴走したら、地図から幾つもの街が消えることになる」
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
「こ、この魔力は・・・!?」
「謝れ」
「は?」
「テミスに謝れ」
拳を握りしめながらタローは言う。
これが本当に最後、返事によっては─────
「誰が謝るかよ、バーーーカッ!!」
「ッ────────」
魔力で創り出した槍による突きを躱し、本気でハーゲンティの顔面を殴る。
その衝撃で卵のように弾け飛んだ奴の頭だが、以前言っていた外法の力によってすぐに再生した。
「僕の外法は〝瞬間再生〟!何度殺されても関係ない、魔力があればどんな怪我だろうと瞬時に治すことが可能なのさ!」
「黙れッ!!」
「がっ!?」
横腹を蹴られたハーゲンティが派手に吹っ飛ぶ。そして彼はそのまま近くにあった壁を突き破り、教会の外へと飛び出した。
「ぐふっ、ノワールゥゥ!今すぐこの男を始末しろォォ!!」
そんな彼を追ってタローが外に出ようとした時、背後からテミスのクローン、ノワールが襲いかかる。
「・・・邪魔すんな」
「ひぃ・・・!」
だが、凄まじい殺気を感じ取ったノワールはその場にへなへなと座り込んでしまった。
「何をしてるんだノワール!この役立たずめ、お前も他の奴らと同じで失敗作────」
落ちていた石をタローが投げ、それが顔面に直撃したハーゲンティは倒れ込んだ。それによって大量の血がハーゲンティの顔面から噴き出したが、外法の力で怪我は即座に再生する。
「立てよ」
「うぐぅ、黙れ!何故君はいつも僕の邪魔をするんだ!いい加減目障りなんだよサトー・タロー!!」
「あ?」
「君が怒る理由が分からない!少し親しいというだけで、何故そこまで憤怒しているんだ!彼女は僕の所有物なんだよッ!!」
ミシリと、それを聞いたタローの周囲の空気が軋む。悍ましい殺意が全てハーゲンティに向けられ、思わずハーゲンティもたじろいだ。
「好きな女の子が傷ついてるのを見て黙ってられるわけないだろうが・・・!!」
瞬間移動したと勘違いしてしまいそうな速度でタローが教会の外に飛び出す。
そして、立ち上がったハーゲンティを凄まじい速度で殴り飛ばした。
「何なんだよ、お前はァ!!」
「ぐ、ぁ・・・!」
「どれだけテミスのこと傷付けたら気が済むんだよ!!」
殴る。
「ふざけんじゃねえ!!」
「ッ──────」
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
「なんでお前みたいな奴のせいでテミスが傷つかなきゃならないんだッ!!」
衝撃で地面が粉々に砕け散る。
しかし、全く攻撃の手を緩めない。
「ああああああああッ!!!」
殴る蹴る、それを一体何百回繰り返しただろうか。
「ぇ、あ・・・」
「早く再生しろよ。まだ終わってないぞ」
いつの間にか、タロー達の周りには教会以外何も無くなっていた。
「おい、聞いてるのか」
「・・・馬鹿め」
「あ?」
突然左肩に何かが突き刺さり、そのまま貫通する。
「油断したなぁサトー・タロー!僕の奥義、耐久を無視してダメージを与える〝耐久無視の殺戮槍〟を忘れていたようだね!!」
「だからどうした」
「ぶっ─────」
タローがハーゲンティの頭を踏み潰す。
「前より魔力とか増えてるんだな。何回殺してもその度に再生しやがってよ」
「ぬあああっ!!」
「でもさ、気付いたんだよ。魔力ごとお前を消し飛ばせば、もう二度と再生出来ないだろ?」
「うっ、それは・・・」
「死ね」
魔力を拳に集中させ、タローが腕を上げる。
しかしその直後、突然真横から大きな衝撃を受けてタローは吹っ飛んだ。
「はぁ、はぁ。マスターの為に・・・!」
「っ、良くやった!」
ノワールによる攻撃。
どす黒い感情に心を支配されていたタローは、後ろから迫っていた彼女の気配に気付くことができなかったのだ。
「今回は僕の負けだ。だが、ゴミの処分とノワールの力試しはできた。ククッ、覚えていろ!次こそは必ずお前を殺す!」
「転移魔法─────」
立ち上がったのと同時にタローは地を蹴ったが、ハーゲンティとノワールは転移魔法を使ってタローの前から姿を消した。
しかし。
「全部消し飛ばしてやる」
奴らが隠れてそうなとこ全部をぶっ壊せばいい。そう思いながら、タローはありったけの魔力を腕に集め─────
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「─────んあ?」
気が付けば見覚えのある場所で寝転んでいた。
身体を起こして周囲を見渡せば一面黒色。確か、ユグドラシルに落下させられる前に女神のルナと会った場所ではないかとタローは思う。
「今のは深イイでしたね」
「いや、全然深イイじゃなかったですよ。貴女、さっきから全部の話深イイって言ってますよね。今のなんか深くもない浅イイでしたよ?貴女の脳内も浅イイんですね」
「酷いですよぉ」
そして、コタツの中に足を突っ込んでテレビを見ている二人組が居た。
一人は綺麗なブロンドの髪を腰あたりまで伸ばした美人。もう一人はウェーブがかったエメラルドグリーンの髪を同じく腰あたりまで伸ばした美人。
「あ、来ましたね。まさか暴走状態寸前に陥るとは思いませんでしたよ、佐藤太郎。私が力を抑えて此処に呼ばなければ、貴方の大切な人が死ぬところでしたよ?」
「暴走状態?・・・さっきのハーゲンティと戦ってた時のことか」
「戦ってたって、あれは戦闘というよりも一方的な蹂躙でしたけれど」
そう言って、美人はコタツの上に置いてあったミカンをもしゃもしゃ食べ始める。
「というかどこだよここは。それになんでルナちゃんが居るんだ」
「お久しぶりです、サトーさん」
もう一人の美人、ブロンドヘアの女神ルナが笑顔でタローに手を振る。
「そもそもなんで2人はコタツでぬくぬくとしながらテレビを見てるんだよ。ここって地球じゃないんだろ?どこからそんなの持ってきたんだ」
「コピーしました」
「ん?」
「以前貴方をこちらの世界に召喚した時、少しの間地球の様子を覗くことが出来まして。その時に欲しいと思った物の形などを全て覚え、魔法で創り出したんです」
「召喚って?」
「貴方がこの世界に来たのは偶然ではありません。私が膨大な魔力を使って異界間召喚を行ったからですよ」
新たなミカンを手に取り、エメラルドグリーンの髪を弄りながら美人はぺこりと頭を下げた。
「私は世界樹。世界に溢れる魔力の流れをコントロールしている女神です。ああ、世界そのものと言っても間違いではありませんが」
「はあ?意味が分からない」
地球とは違うこの世界ユグドラシル。
それと同じ名前の女神様に少しおしゃべりしましょうと言われたので、状況が理解できていないがとりあえずタローはコタツに足を入れて座る。
「あの時はすみません。途中で疲れてしまってこの空間に放置してしまって」
「え、まあ、ルナちゃんが助けてくれたから外には出れたけど。でも、出れたのはいいけど始まりは遥か上空からの落下だったけどな」
「ご、ごめんなさい」
「いや、ルナちゃんは悪くない」
この世界にやってきた日の事を、タローはぼんやりと思い出す。
「で、ユグドラシル。俺を召喚したって言ってたけど、何が理由でそんなことをしたんだ?」
「ルナの事はちゃん付けで呼ぶのに、私のことは呼び捨てなんですね・・・」
「別にどうだっていいだろ」
「うわぁ、めっちゃ怒ってますね」
怒りに染まった瞳で睨まれたユグドラシルは、やれやれとため息を吐きながら再びミカンを手に取った。
「今回貴方を此処に呼び出したのは、貴方の中に眠る力が暴走しそうになったからです。あっ、安心してくださいね。裏と表では時の流れが少々違いますので、此処でのんびりしていても表では数秒程しか経ってませんから」
「魔力のことか?」
「ええ、そうですね。あのままだと貴方、近くにあった教会ごと半径数kmに及ぶ範囲を消し飛ばしてましたよ」
「・・・」
「それだけ危険な力が貴方の中にはあるんです。魔力を使うのは結構ですけど、全魔力解放なんて絶対にしてはいけませんからね」
魔力を解放したつもりなどなかったが、どうやら無意識にかなりの量の魔力を放っていたらしい。
一歩間違えれば最愛の人を自らの手で殺めてしまっていた可能性があったことを説明され、タローは黙り込むことしかできない。
「そして、異界間召喚の話ですが。最近ユグドラシルに流れる魔力が乱れ始めています。それが続けば世界はどうなると思います?」
「・・・魔法が使えなくなる、とか?」
「少し違います。魔力が暴走するんですよ。この世界に住む人全員が持っている魔力、それを消費すると身体は周囲に漂う魔力を体内に取り込み、宿主の魔力へと変化させます」
ミカンに手を伸ばし、テレビのチャンネルを変えながらユグドラシルがそう言う。
「ですが、乱れた魔力を体内に取り込んでしまった場合はその魔力が体内で暴れ回り、内側から宿主の身体を破壊します。つまり、最悪の場合は魔法が使えなくなるどころか死に至るんですよ」
「・・・」
「乱れた魔力を安定させるのは私の役目ですので、まあなんとかなります。しかし、最近その乱れが世界各地で頻繁に起き始めているんです。それがどういう事か分かりますか?」
「ユグドラシルがサボってるとか」
「くらえ、ミカンの皮から出る汁を使った目潰し攻撃」
「ぐあっ!?何するんだよ!」
今なら何をされても怒るタローがコタツを殴る。その衝撃で上に乗ってあったミカンが跳ねて下に落ちた。
「何かが起ころうとしているんですよ、この世界で。もしかすると、大昔に起こった大戦の再来かもしれません」
「大戦?」
「人間と魔族による戦争です。まあ、初代魔王の力が強大過ぎたので人間の完敗でしたけど」
「最終的にはどうなったんだ?」
「今そこで真面目に話を聞いているように見えて実は居眠りしているルナの仕事は、表の世界を安定させている私とは別に裏世界・・・つまり此処に流れ込む表の魔力を綺麗にして外へと送り出すことです。そうすることで、表の世界に溢れる魔力はいつも綺麗で基本的に無害なものとなります」
バチィィンと、強烈なデコピンをユグドラシルから受けたルナは飛び起き、半泣きになりながらデコを押さえる。
「この子、実は元人間なんですよ。裏世界の女神が命を失った場合、人間の中から最も女神に相応しい素質を持つ者を新たな女神とするんです。そうしなければ、裏の世界に魔力が流れ込み過ぎて最終的には世界がジ・エンドします」
「ルナちゃんを巻き込んだのか」
「申し訳ないとは思ってます。でも、ルナは快く女神になることを引き受けてくれました。それはすごく感謝していますよ」
そう言われたルナだが、テレビでやってる可愛い動物特集に夢中になってたので全く話を聞いていなかったようだ。
なので、可哀想だが再びユグドラシルからのデコピンを受けることになった。
「そんな女神ですが、ルナはまだ新米です。この子の先代は、さっき言った大戦で初代魔王と激戦を繰り広げ、そして命を落としました」
「は?」
「先代女神であったアークライトは、自分の命と引き換えに初代魔王を封印したんです」
「なんで裏世界の女神だったその人が、表の世界で魔王と戦ったんだ?ユグドラシルは何してたんだよ」
「あの時は世界中の魔力がグチャグチャになっていた状態でした。なのに、私が魔力を安定させずに戦闘に参加してしまったらその瞬間に世界は滅んでいましたよ」
そう言ってユグドラシルが魔法を唱える。すると、何も無い場所にミカンが出現し、ユグドラシルはそれを手に取った。
「魔力の乱れや神獣種の復活など、最近世界各地で起こっている異変。もしそれらが大戦が起こる前兆だとしたら、今のうちに手を打っておかなければなりません」
「・・・で、俺を召喚したと?」
「あら、正解です。新米女神のルナでは異変を解決することは難しいと思うので、別世界から私の力を使うに相応しい英雄たる素質を持つ者を呼び寄せました。貴方が使っている魔力は私の魔力なのです。ということで申し訳ありませんが、もしも初代魔王が復活した場合は世界の為に戦ってください」
「はあ?」
偶然地球からこの世界に飛ばされたものだとタローは思っていたが、まさかそんな勇者みたいな役目を背負わされるとは思っていなかったらしい。
そんな様子のタローはイライラを隠そうともせずに立ち上がろうとした。
「貴方の大切な人達が死んでもいいというのなら、何かあっても見て見ぬ振りをすればいいと思いますけど」
「ち、ちょっと、ユグドラシル様・・・」
ルナが焦りながらタローに頭を下げる。
「すみません、私がまだ新米だから貴方に全てを任せるような形になってしまって・・・」
「いや、確かに外にはテミスやマナ達が住んでる。もしも初代魔王とやらが復活したら、彼女達もきっと戦いに巻き込まれる。こんな凄い力を貰ったんだ。世界全体を救うのは無理だとしても、せめて彼女達だけは守らないと」
いや、守れていないかと、タローは誰にも聞こえないような声でぽつりと呟いた。
「ユグドラシル、そろそろ表の世界に戻してくれ。いくら時の流れが違うからといって、大怪我を負ったテミスを放置するわけにはいかない」
「いいでしょう。今回は伝えたいことを伝えられて良かったです。近い将来、必ず何かが起こります。貴方が力の使い方を間違えず、世界の希望となることを祈っていますよ」
立ち上がったのと同時にタローの身体が光に包まれる。何となく外に出してくれるんだろうなと彼が感じた時、ユグドラシルが思い出したように口を開いた。
「ああ、そうでした。全魔力解放は貴方が完全に魔力と感情をコントロール出来るようになってから行ってくださいね。それと、貴方の中には絶対に使ってはいけない力が眠っています」
「魔力とは別のものか?」
「そうです。それだけは絶対に使わないでください。もしそれを使う時が来たとしたら、それは初代魔王が復活した時です」
「・・・使うとどうなるんだ」
「それは──────」
話を聞き、タローは頷いた。
「分かった。使い方とか全然分からないけど、使わないようにするよ」
「では、今日はありがとうございました。また貴方とこうしてお話できる日を楽しみにしています」
「この世界のこと、皆で守りましょうね、サトーさん」
「・・・ああ」
次の瞬間、タローの意識は途切れた。