第56話 教会の鐘が鳴り響く
「はぁ、はぁ・・・!」
「案外しぶといわね、貴女」
腕が震える。脚に力が入らない。
それでも立って剣を振るわなければ、私に明日は訪れない。
「もうすぐ午後6時よ。貴女、もう2時間ぐらい私と殺り合ってるけど」
ポタポタと床に落ちていくのは、私の身体から流れ出る赤い血。それが床に当たった時の音が聞こえる度に、死の足音が少しずつ私に近付いてくる。
「もう諦めたら?顔や声、仕草や癖は同じでもステータスが全然違うのよ、私達は」
「何故、なんだ・・・。私の細胞から作られた存在なんだろう?なのに何故、こんなにも強さに違いが・・・」
「ふ、ふふ、あはははははっ!!」
放たれた斬撃を受け止める。が、衝撃で私は吹っ飛ばされた。そして何度か床を転がり、椅子にぶつかって倒れ込む。
「私はねぇ、マスターによって作られた〝最高傑作〟なのよ。命令を聞くことしかできない人形共や、世界樹の六芒星だなんて言われてる割には大したことのない貴女とは違うの。当然強く作られてるに決まってるでしょ?」
「最高、傑作・・・」
「苦しかったけど、私はマスターを守るに相応しい力を手に入れた。ステータスは全て貴女の倍以上だと考えることね」
「そんな・・・」
それじゃあ、アレクシスやソンノさん達よりも遥かに・・・。
「なのに、2時間経っても生きてるだなんて。ああ、ほんと最悪だわ。マスターの前で恥をかいた」
「ふ、ふふ。残念だったな。私はまだ、死ねないんだ・・・」
「うっざ。死ねなくても殺してあげるわよ、この雑魚が」
ノワールが剣に魔力を纏わせた。
まずい、これを受けきれなければもう勝ち目は無い。
「待ちたまえ、ノワール。その前に彼女に言っておきたいことがある」
「・・・了解です、マスター」
そんな彼女を手で制し、武器を持たずにハーゲンティがノワールの前に立った。
「これが最後だよ。テミス・シルヴァ、僕と共に来い。世界に神の裁きを与えよう」
「何度も言わせるな。私は、タローと共に生きていく。例え彼が私ではない人を選んだとしても、私は彼の為にこの剣を振るう」
「・・・愚かだね、君は。ノワール」
冷ややかな眼で私を見つめた後、ハーゲンティは向こうへと歩いていった。そして、再びノワールが私の前に立つ。
「それじゃあそろそろ本気で殺そうかしら。貴女の顔を見てると吐き気がしてくるのよ」
「なら、見なければいい・・・」
「うるさいわね!!」
今のハーゲンティとの会話の間に、アレを1発放てるだけの魔力が回復した。
ハスターさんに対して使った時よりも威力は落ちるだろうが、この場から離脱する為の時間を作れるはず。
「幻襲銀閃!!」
「またそれ?無駄だって言ってるでしょ」
分身2人を使って左右からノワールを攻撃する。ハスターさんのように糸や暗器を大量に使えるわけでもなく、剣を1本しか持っていないノワール相手なら充分時間を稼げる。
「っ、この魔力は」
魔力を剣に集中させ、床に突き刺してほぼ全魔力を一気に流し込む。それと同時に巨大な魔法陣が床に描かれ────
「ふふ、ほんと馬鹿ね」
「・・・え」
分身2人と共に魔法陣は消滅した。
「剣が、2つ・・・?」
「どうせ武器が1つしかないから分身使えば時間を稼げるとでも思ったんでしょ?残念ね、私は貴女とは違って剣を2つ同時に使用する戦闘スタイルなのよ・・・!」
今のでほぼ全ての魔力を失った。
全身から力が抜け、バランスを崩して身体が傾く。
「哀れね、テミス・シルヴァ」
「ッ──────」
そして、ノワールが放った漆黒の斬撃に肩から腹部までを切り裂かれ、自身の身体から大量の血が噴き出したのを見ながら私はその場に崩れ落ちた。
『ゴォーン、ゴォーン』
教会の鐘が鳴る。
「がはっ!ぐっ、ううう・・・!」
呼吸ができない。
手足の感覚が無くなり、視界がぼやける。
「綺麗よ、シルヴァ。真っ赤に染まってる今の貴女、とっても綺麗だわ」
『ゴォォーン、ゴォォーン』
何故、こんな事に・・・。
「お別れだ、テミス。美しき戦乙女の最期だよ」
『ゴォォォーーン、ゴォォォーーン』
────もし私が優勝できたとしたら、伝えたいことがあるんだ
まだ何も伝えることができてないのに。
────そっか。俺も優勝できた時に伝えたいことがある
彼は何を伝えたかったのだろう。
「っ・・・、・・・」
「可哀想。もう声を出すこともできないのね。でもいいじゃないの。そのまま眠りなさい」
身体が震える。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い。
まだ死にたくない。
もうタローに会えなくなるなんて嫌だ。
『ゴォォーーン』
誰か助けて────
『『ゴォォォーーーン』』
こんなところで、私は────
『『『ゴォォォォーーーーン』』』
・・・ああ、もう手遅れだ。
ごめん、タロー。
本当に、今までありがとう─────
『『『『ゴォォォォォォーー「ヒール」
────────?
「もう、君が傷ついてる姿は二度と見たくなかったのに」
「・・・タ、ロー?」
「絶対守るって、俺なら守れるって思ってたのに・・・」
「夢・・・じゃない・・・?」
意識が遠のいていく。
もしも、今私を抱きかかえてくれているのがタローなら。
やっぱり彼は、私の─────
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シャドウの魔法は、ベルゼブブが一度使った魔法によく似ていた。
でも、ベルゼブブの魔法が対象を闇に閉じ込めて消滅させるのに対して、シャドウの魔法は対象を自身が支配する影の世界へと引きずり込むだけの魔法。
でも、どれだけ魔力を放っても広大な影世界を消し飛ばすことは不可能だった。
そんな時に聞こえた。
何処かで助けを求めるテミスの声が。
「く、ククク、面白い。シャドウに足止めを頼んでおいたんだけど、どうやってここに来たのかな?」
「・・・テミスの声が聞こえる方に歩いてたら、いつの間にか影の中から出てた」
「は?」
「それで、ここまで走ってきた。はは、全力疾走しても間に合ってねえっつーの」
大量の血を流していたテミスを床に降ろす。ぜえぜえと、苦しそうに息をしている彼女を見ていると自分を殺したくなる。
「そこに居るのが、ベルゼブブが言ってたテミスのクローンか。ベルゼブブの言ってたとおりだ。なのに、なんで俺は・・・」
「君がここに来たのは予想外だった。でも、まあいい。もう目的は果たしたから、そろそろ僕達は帰らせてもらう」
「待てよ」
そして、もう一人殺したい奴がいる。
「なんでこんな事をした」
「ゴミを処分しただけさ。くくっ、最高傑作である彼女の力がどれほどのものなのかを知るのにちょうど良かったよ」
それを聞き、俺の中で何かが切れた。