第55話 黒の戦乙女
「あれ、ここに階段があったはずなんだが・・・」
ハスターさんとの試合を終え、観客席で待つタロー達のところへ行くために階段を探しているのだが、何故か先程から一つも見つからない。
そのことを疑問に思いながらも、皆試合を観戦しているので誰も居ない闘技場内部を歩く。
外からは大きな声援が聞こえてくる。
恐らく六芒星の1人であるソンノさんがフィールドに出たのだろう。そろそろ観客席に戻らなければ試合を観ることが出来ない。
なのに何故階段が一つも無いのだろうか。
それどころか、さっきからずっと同じ所を歩き続けている気がする。そこにある無人の売店はついさっき見たばかりだ。
「まさか、結界・・・?」
今試合が行われているからといって、これだけ歩いて売店にすら人が居ないのは少々おかしい。
そう思って壁に手を置き、ハスターさんとの戦闘でかなり消費してしまった魔力を流し込もうとした直後。
「素晴らしい。ここが結界の中だと見破るなんてね。堕ちたとはいえ、やはり君は最高の素材だよ」
「ッ────!!!」
二度と聞きたくなかった男の声が無人の闘技場内に反響する。それを聞いて一瞬で纏っていた魔力が乱れ、全身から汗が流れ出て動悸が激しくなったのが分かった。
「な、何故ここに・・・」
「世界樹の六芒星は全員参加・・・なんだろう?僕も一応六芒星の一人、〝邪蛇王〟ハーゲンティ・ヘイルだからね。ここに来るのは何もおかしいことじゃない」
「ふ、ふざけるな!もう誰もお前が六芒星の一人だなんて思っていない!」
現れた男に剣を向ける。
かつて私の両親を殺害し、私が他者と接するのが苦手になった原因を作った男、ハーゲンティ・ヘイル。
〝神罰の使徒〟という組織に私を勧誘してきたが、その時はタローが助けに来てくれた。
それから一度も目撃情報は聞いていなかったので、もう今後関わることは無いと思っていたのに・・・!
「ハーゲンティ・・・ッ!」
「はは、そう怒らないでほしいね。今日僕がここに来たのは、さっき言ったお祭りに参加する・・・為じゃないんだ」
ハーゲンティが指を鳴らす。
その直後、突然別の場所に強制転移させられた。周囲を見渡せば、ここがどこかの教会の中だというのが分かる。
「オーデムの教会、ではなさそうだな」
「とある廃村に建てられてる小さな教会さ。くくっ、ここが君の最期の戦闘場所になるんだ。教会で銀の戦乙女はその生涯を終える・・・とても美しい物語だね」
「最期、だと?」
何が言いたいんだ、この男は。
「それはこちらの台詞だ。私は明日タローに勝って優勝し、彼に想いを伝えると決めた。その邪魔をするのなら、ここを貴様の墓場にしてくれる」
「あまり強がるな、テミス。魔力は半分程度しか残っていないし身体が震えてるよ?あのクズ男に堕とされた君じゃ、僕を殺すことなんてできはしない」
「私はタローに救われたんだ!」
剣に魔力を纏わせ、一気にハーゲンティとの距離を詰めて全力で剣を振るう。
しかし、
「貴女程度が私のマスターに傷を負わせようだなんて。ふふっ、恥を知りなさい」
「なっ・・・!?」
当然目の前に現れた黒フードの人物が振るった漆黒の剣に、私の放った一撃はあっさりと受け止められた
「あら、意外とやるわね」
その衝撃で風が巻き起こり、黒いフードがバサりと捲れる。
「な・・・、え・・・?」
恐らく彼女は、一回戦で対戦相手に大怪我を負わせた剣士だろう。そんな彼女の素顔は、フードで隠されていた素顔は。
「私・・・?」
「いいえ、本物が私で貴女は偽物よ」
力負けし、後方に弾き飛ばされる。
そしてそのまま壁にぶつかった私は、歪んだ笑みを浮かべながらハーゲンティの前に立つ少女の顔をもう一度しっかりと見つめる。
そこに居たのは、私と同じ顔、声の少女。
髪の長さも全く同じだが、色は私と違ってタローと同じ黒色だ。
「ど、どういう・・・」
「テミス、自己紹介してあげなさい」
「ええ、マスター」
膝をつく私に向かって数歩だけ歩き、剣の切っ先をこちらに向けながら少女は言った。
「私はテミス。テミス・ノワール。貴女の細胞から作られた、マスターの為だけに生きる〝黒の戦乙女〟よ」
「私から、作られた・・・?」
「そう。でもね、貴女は偽物なの。だってマスターに逆らうんだし、力も全然持ってない」
少女・・・ノワールの身体から膨大な魔力が溢れ出す。それは私のものと非常によく似ているけれど、何かが違う。
「だから、今ここで死ね」
「ッ────」
咄嗟に立ち上がり、横に跳ぶ。
その直後、今まで私が膝をついていた場所がノワールの剣で切り裂かれた。
「ほんとは皆の前でグチャグチャにしてあげたかったんだけど、貴女は次にサトータローと対戦するからどうせ決勝まで上がってこなかっただろうし、もしさっきの戦闘中に乱入してたとしても六芒星の連中に取り囲まれてただろうし・・・」
「くっ・・・!」
「せっかくお祭りに出場したのに、ほんとつまんない。だから二回戦は棄権して、ここで殺し合えばいいよね、テミス・シルヴァッ!!」
何が何だか分からない。
けど、戦わなければ確実に殺される。
勢いよくこちらに向かって駆け出したノワールの動きを止める為、私は剣を構えた。
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「ねえねえタローさん。テミスさん、戻ってくるの遅くない?」
「んー、確かに。別に怪我とかはしてなさそうだったから、医務室に行ってるわけじゃないと思うんだけど」
ちょっと前にソンノさんの試合が終わった。当然ソンノさんが三回戦に勝ち進んだけど、その前に試合をしたテミスが全然戻ってこない。
「まさか、ハスターのおっさんが・・・」
「おいおい、怪我だらけのおっさんを犯人にしようとしてんじゃねえ。おっさんはさっきまで気絶してましたよっと」
ハスターがテミスに何かしたのかと思ってたら、ボロボロのハスターが全身に包帯を巻いた姿でこっちに歩いてきた。
そりゃそうだ。あんなにヤバいテミスの攻撃をまともに食らったんだからな。
『えー、続いて行う予定でしたノワールさんとシャドウさんの試合ですが、ノワールさんが棄権したのでシャドウさんの不戦勝となりました。ということで、本日の試合は全て終了!三回戦と決勝は明日行うので楽しみにしていてくださいね!』
「・・・棄権?」
ノワールって、確か黒フードの女の人だっけか。対戦相手のシャドウとかいうのも黒フードだったような。
「何かあったのかな。俺、ちょっとテミスのこと探してくるよ」
「あっ、私も行く!」
俺と同時にディーネが笑顔で立ち上がる。マナとベルゼブブは座ったまま寝てしまってるから、この2人はアレクシスとラスティに任せるとしよう。
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「う〜ん、どこいったんだろ」
「迷子になってるのかもしれないな。む、ここはまだチェックしてなかったか」
「タローさん、そこ女性用トイレ」
おかしいな。
こんなに探してるのに見つからないなんて。
「しょうがない。一旦観客席に戻って、それでもまだテミスが居なかったら闘技場の周りとかを探してみるか」
「うーん、そうだね」
かなり心配だけど、世界樹の六芒星の一人である彼女が誰かに攫われたりすることはないはず・・・いや。
「神罰の使徒の連中がここに来てた場合、テミスが一人になった隙に何かするんじゃ・・・」
「っ!!」
嫌な予感がし始めた時、急にディーネが魔力を纏って何も無い場所を睨んだ。
「お、おい。どうした?」
「そこに居るのは誰?」
「───クハハっ!やるなぁ大海のディーネ。この俺様の気配に気付くなんてよ」
影が突然動き出し、俺達の前で止まる。そして、まるで心霊映像のように影の中から黒フードを深く被った男が姿を現した。
「貴方、お祭りに出場してた・・・」
「そのとおり。俺様の名はシャドウ。闇属性影魔法を操る、〝神罰の使徒〟最強の殺し屋だ」
「神罰の使徒だと!?」
この黒フード、試合で対戦相手を半殺しにしてた男だ。まさか連中が魔闘祭に出場していたなんて・・・!
「ということは、ノワールとかいう黒フードの女もお前らの仲間ってことか!?」
「どうだろうなぁ。それを知りたきゃお前が大好きな女のとこに行くといい」
俺が好きな女・・・テミス?
「お前、テミスに何した。答えろ」
「ア?別に俺様は何も───」
「答えろっつってんだ!!」
拳に魔力を纏わせてシャドウに殴り掛かる。しかし、攻撃が当たる直前に突然周囲が真っ暗になり、隣にいたはずのディーネの姿が消えた。
「なんだ・・・!?」
「こいつが俺様の最大魔法、〝影世界〟だ。ハーゲンティの野郎が言ってたぜ。お前に地獄を見せたいから、しばらく遊んでやってくれってよォ」
くそっ、どこに行きやがったあの野郎!
「クハハっ!さあ、俺様が支配するこの世界で遊ぼうぜ。お前は俺に触れることすら出来ないと思うがなァ!」
「てめえ・・・!」
まただ。
もう彼女が悲しむ姿は、傷つく姿は見たくないのに。
このままじゃ手遅れになる。その前になんとしてでもテミスを見つけ出さなきゃならないのに────
「邪魔すんじゃねえよ!!」
「クハハハハハッ!!」
閉じられたこの暗い空間で、影との戦闘が始まった。