第50話 六芒星最後の一人
「ご主人さま、おつかれーっ!」
「いぇーい!予選優勝してやったぜー!」
駆け寄ってきたマナを抱きかかえて頭を撫で、ハーゲンティの話を聞いてイライラしていた自分を落ち着かせる。
いつかこの行為を嫌がられる日がやってくるのかもしれないけど、そうなったらショック死してしまうかもしれない。
「本当にタローはマーナガルム大好きよね。私も同じぐらい愛してほしいのだけど」
「サトーはちょっと甘やかし過ぎだと思うけどな。それで美少女にモテモテってのがよく分からん」
「あ?」
「ん?」
マナの面倒を見てもらってたマルクの言葉に反応し、ベルゼブブの長髪が少しだけ紅色に染まる。
「タローがモテモテなのがよく分からないって?こんなに優しくてカッコいいのだからモテて当然でしょう?」
「え、ちょ、なんで怒ってんだ!?」
床にヒビが入るほどの魔力を全身から放つベルゼブブに対してマルクがめちゃくちゃ怖がってるので、とりあえずマナにしてるように頭を撫でてやると、なぜか怒ってたベルゼブブはすぐに機嫌が良くなった。
「お前はお前でどんだけタローのこと好きなんだよ。ほんと、怒る度に周囲を消し飛ばそうとするのやめろ」
「煩いから黙って消えろ、妖女」
「・・・ほーう」
今度はソンノさんとベルゼブブが喧嘩し始めた。ほんと仲悪いよな、この2人って。
「おっ、ベルちゃんとタローさん見っけ!急に居なくなったから置いてかれたのかと思ったよ・・・って、ベルちゃん。なんでそんなに機嫌悪いの?」
そんな2人が喧嘩してる最中に、向こうからディーネとテミスが歩いてきた。
「あ、タロー。予選優勝おめでとう」
「おう、テミスも解説お疲れ様」
「うん・・・」
何故かテミスに目を逸らされたので、さっきの話を聞かれていたのかと思って結構焦った。
でも、隣にいるディーネはにこにこしてるから多分それはない。ならなんで目を逸らされたんだ!?嫌われてんのか!?
「タロー。その、さっきはごめん。私がタローのことを応援したら、急に観客の方々が怒り始めて・・・」
「え、いやいや。あの人達が勝手に嫉妬してるだけで、テミスは何も悪くないよ」
「嫉妬?誰に?」
超が付くほどの美少女であるテミスは世界中で大人気であり、まるでトップアイドルのような存在だ。そんな彼女に俺は応援されたんだから、そりゃ男性の方々は嫉妬するだろう。
けど、本人は自分が人気者とは思っていないらしい。恐ろしい『テミス騎士団』とかいうファンクラブの存在をやっとこの前知ったけど、彼らのことを〝必要ないのに何故か自分を護衛しようとしてくれてる人達〟と思い込んでいらっしゃるのだ。
そういうところがほんと可愛いよね。
「・・・?」
そうやってきょとんとしてるとこも凄く可愛い。こんな感じで色んな表情を見せてくれるテミスだけど、傷ついて涙を流してるとこだけはもう見たくない。
だから、もしも今後神罰の使徒やハーゲンティがテミスを傷つけたとしたら────
「おおっ!やっと見つけたぜ!」
そんな時、突然男の声が聞こえた。
「うっ、今の声は・・・」
「面倒な奴が来たな」
どうやらテミスとソンノさんは、向こうから猛ダッシュしてくる男が誰なのか知ってるらしい。
「テーミースーちゃーーんっ!!」
「ひっ・・・」
走ってきた男に名前を呼ばれたテミスが俺の背後に隠れる。それを見た男は信じられないとでも言いたげな表情を浮かべながら俺の目の前で立ち止まった。
「ちょっと待て黒髪ボーイ。誰だか知らねーけど、俺とテミスちゃんの再会を邪魔するんじゃあないよ」
「いやいや茶髪のおっさん。誰だか知らないけど、テミスを怖がらせるのやめてもらえますかー?」
突然現れたのは、顎髭が印象的な茶髪のおっさん。
いやまあ、誰だか知らないとは言ったけどテミス達の知り合いということは多分・・・。
「おいタロー、鬱陶しいのなら関わらない方がいいぞ。女以外に興味が無いド変態だからな」
「はっはー、ソンノ嬢。そんなこと言っちゃって、実は優しくて渋いお兄さんって思ってるくせによ!」
「死ね」
と、ソンノさんにそう言われたおっさんが不満げに俺を睨んでくる。
「誰なんだお前は」
「さっき予選優勝した佐藤太郎ですが」
「ほぉ、レベルは?」
「80」
「はははは!」
なぜ笑ったこのおっさんは。
「その程度でテミスちゃんに近寄ってんじゃねえよ。テミスちゃんの隣に立つことを許されてるのは、この俺ぐらい強い奴だけだぜ!」
おっさんが懐からダガーを取り出し、魔力を放ちながら不敵に笑う。そしてそれを見たベルゼブブは、なぜか髪の毛を紅色に染めながら俺の前に立った。
「ん?誰だこのお嬢ちゃんは。とんでもねえ魔力を持ってるみたいだけど」
「死ぬか消えるか、どっちがいい?」
「お嬢ちゃん、後でデートしない?」
このままじゃ確実におっさんが死んでしまうので、ベルゼブブの頭を撫でて落ち着かせる。
「ちょっとタロー!いちいちそんなことして止めないでよ!当然嬉しいけど、一回本気で消さなきゃ調子に乗り続けるわよ、この人間共は!」
「ダメだってば。そうだ、明日デートしよう。だからとりあえず落ち着いてほしいな〜、なんて」
「え、ええ?えへへ、しょうがないわね」
「ま、待った!」
急に後ろから服を結構強めに引っ張られた。どうしたのかと思って振り返れば、ムスッとしてるテミスと目が合う。
「どした?」
「あ、明日は私と料理の練習をするって約束したじゃないか!」
「料理?そんな約束した覚えは───」
「したから!」
「はい」
あれー、そんな約束したかな。
でも、テミスがそう言うってことは、きっと俺が忘れてるだけでこの前料理の練習しようって約束したんだろう。
・・・うーん、ほんとにしたっけな。
「ちょっと待ちなさいテミス・シルヴァ!今私が明日タローとデートするって言ったから、本当は約束なんてしていないのにそんなことを言っているんでしょう!?」
「ち、違うし!」
「料理の練習なんてまた今度でいいじゃない!私はタローに会う時間が全然無いんだから、明日は私がデートするのよ!」
「くっ・・・!」
まいったな。
ベルゼブブには明日デートしようって言ってしまったけど、まさかテミスとの約束をド忘れしていたとは。
「モテモテだなお前ぇぇ!!」
「うわっ、なんだよおっさん!」
激しく言い合ってる2人をどうにかして落ち着かせようと思ってたら、急におっさんが俺の胸ぐらを掴んできた。
「おっさんじゃねえ!俺はハスター・カーティル。世界樹の六芒星の一人で、《夜殺の影》なーんて呼ばれてるモテモテなおっさんだ!」
「おっさんなんじゃねーか!」
世界樹の六芒星最後の一人が遂に現れたけど、これはまた面倒な人が来たもんだ・・・。