第5話 嵐を纏う使者は変人
「なーんか今日は風が強いな」
この世界に来て早1週間。泊まっている部屋の窓を、強風がガタガタと揺らしている。そのせいか、さっきからマナは落ち着かない様子で俺の足の周りを駆け回っていた。
「もしかして、音が怖かったり?」
「くぅん」
「別に風が吹いてるだけだから大丈夫だって。ほら、おいで」
マナを抱えて椅子に座る。このままだと今日は雨が降りそうだな。傘とかを買っておくべきだったかもしれない。
「·······ん?」
もう一度窓に顔を向けた時、町の外に向かって走って行くテミスが見えた。あんなに急いでどうしたんだろうか。
「わんわんっ!」
「こら、他にも泊まってる人が居るんだから吠えちゃ駄目だろ」
「わんっ!」
「········」
窓の外に向かってマナは吠えている。吹き荒れる風、急いで町の外に向かっていったテミス。なんだろう、嫌な予感がする。
「着替えてからテミスを追ってみるか」
何か起こる前に追いつけたらいいんだけど。
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凄まじい風が吹き荒れる中、飛ばされないように踏ん張りながら、私はとある場所に向かって走っている最中だ。
自宅で感じた膨大な魔力。恐らくこの風は、私と同じかそれ以上の実力を持つ者が発生させているものだろう。
嵐を纏う神獣の話を本で読んだことがあるが、その神獣の封印がマナのように解かれ、この地域に出現したのかもしれない。
タローを呼ぶべきだった。だけど、あまり迷惑をかけるわけにはいかない。それに、もしあの時のようなことになったら·······いや、タローはそんな男じゃない。
だからこそ、私だけで解決しなくては。タローは強いけど、たとえ相手が神獣であろうと私達は戦わなければならないのだから。
「やあ、よく来たね」
「ッ─────」
突然聞こえた声と感じた殺気。咄嗟に私は剣を抜き、そして振った。その直後に剣と何かが衝突し、腕がビリビリと痺れる。
「おおっ、今のを防ぐなんて。銀の戦乙女········やっぱり僕に相応しい女性だ」
「は?」
竜巻が目の前に出現し、更にその中から一人の男が姿を見せた。緑髪のその男は腕を広げながら天を見上げ、そして叫ぶ。
「こんな麗しい女性と出会えるなんて、これは運命だ!!」
意味が分からない。だが、男から感じる魔力は恐らく私よりも膨大で、吹き荒れる風から感じたものと一致する。どうやら風を発生させていたのは神獣ではないようだ。
「何者だ。何故風を発生させている」
神獣ではないが、危険な存在であることには違いない。私は剣に魔力を纏わせ、空を見上げている男に切っ先を向けた。
「ふふ、君を誘い出す為さ」
ニヤリと笑った男の魔力が跳ね上がる。
「僕の主からの命令でね。差し向けた神狼マーナガルムの魔力が突然微弱なものになった。つまりこの付近には、マーナガルムを従えさせられる程の実力者が住んでいる。そして調べた結果、オーデムという街に君が住んでいると分かり、僕が始末しに来たんだ」
「あ、いや。それは私ではないのだが········それよりも、主というのは一体誰なんだ?」
それを聞き、男が丁寧に頭を下げてきた。
「僕はヴェント。偉大なる魔王様によって結成された魔王軍に所属する四天王の一人、《暴風》のヴェントだ」
「魔王!?」
雷が落ちたかのような衝撃が全身を駆け巡る。それは百年前、平和だった当時の世界を支配しようとしたという人類の天敵。
魔族を支配する王として君臨する、百年程前に『十年戦争』を引き起こした最凶の存在。それが魔王だ。しかし、十年戦争は魔王が勇者と呼ばれた人物に討たれて終結した筈。まさか、魔王が復活したとでもいうのだろうか。
「復活したわけではないよ。百年前に君臨した魔王様の子供が新たな魔王となり、これより全世界に宣戦布告するのさ」
ヴェントがそう言った直後、突然何かが身体に直撃し、私は後方に吹っ飛ばされた。
「風をぶつけられたのか········!」
着地して顔を上げれば、巨大な竜巻がこちらに向かって猛スピードで迫ってきていた。しかし、逃げるわけにはいかない。
「光芒閃!!」
魔力を纏わせた剣を振るい、迫り来る竜巻を消し飛ばす。そして少しだけ驚いているヴェントに向かって地を蹴った。
「何故お前達は世界を狙うんだ!」
「決まってるじゃないか!魔族が支配する世界を創るためだよ!」
振り下ろした剣はヴェントに届かない。どうやら纏った風が刀身を押し返しているようだ。
「でも君は僕にとって特別な存在だから、魔王様が世界を支配したあとは僕と共に暮そう!」
「な、何を言っているんだ!?」
「愛してるよ、銀の戦乙女テミス・シルヴァ!」
全力で腕に力を込めているのに、剣がこれ以上先に進まない。この男、なんという実力の持ち主なんだ。このままだと、確実に私が負ける········!
「無駄さ!」
「うあっ!?」
放たれた風の弾丸をまともに食らい、吹っ飛んだ先にあった岩に激突する。その際に激痛が背中を襲ったが、顔を上げると既にヴェントは目の前に立っていた。
「君は一度魔王様の所に連れていこう。そして実力を認めてもらえたら、きっと魔王軍に入ることができるよ」
「ふ、ふざけるな!」
「まだ抵抗するのかい?仕方ない、気絶させるとしようか」
「あうっ········!」
再び風の弾丸が私の体に直撃し、背後の岩が粉々に砕け散って吹っ飛ばされる。なんとか体勢を立て直そうとしたが、真上から踏みつけられて私は地面に衝突した。
「ぐっ·······!」
「諦めるのも時には大事だよ、テミス」
私とこの男では、ここまで力の差があるのか。どうすればいい。どうすればこの男に勝つことができる?
「魔王様が全世界に宣戦布告するまで残り数十分ってとこかな。その前に連れていきたいんだけど」
「く、そ········」
「んじゃ、申しわけないけど気絶してねー」
だ、駄目だ、私じゃ勝てない。これ程の実力者があと3人、そして更に強大な敵が1人。勝てるとすれば、世界樹の六芒星と呼ばれる他の皆と、そして──────
「おい、何テミスのこと地面に押し倒してんだコラ!」
「ッ!!!」
その声が聞こえた瞬間、ヴェントはもの凄いスピードで私から離れた。今の声、まさか········。
「やっぱり何かあると思ったんだよ。テミス、怪我はないか?」
「タロー········」
神狼を連れてこの場に現れたのは、まだ知り合ってから1週間ほどしか経っていない、人類最強のステータスを持つタローだった。