第44話 鮮血と舞う紅魔王
「・・・あれか」
黒い翼を広げ、空から私は枯れた大地に建つ大きな建物を見下ろしている。
どうやらあの建物の周囲には結界が張られているらしい。高い魔力を持たない者には見えず、感知すらできない結界が。
「何が目的なのかは知らないけど、タローの敵は私の敵。あんなに優しい彼を怒らせたんだもの。ハーゲンティという男には地獄を見てもらわないとね」
結界に近付き、魔力を流し込んで破壊する。
「ダークフレア」
さらに黒い炎を建物に放ち、壁を吹き飛ばして中へと降り立つ。異変に気付いた黒服の男達が向こうから走ってきてるけど、全員ただの雑魚のようね。
「な、何者だ!」
「我が名はベルゼブブ。魔界を統べる魔王である私にその口の聞き方、万死に値する」
先程と同じようにダークフレアを前方に放つ。黒い炎に全身を包まれた男達は、悲鳴を上げながら消滅した。
「さっきの爆発音は・・・!?」
「あの女の仕業か!」
まるで虫のように湧いて出てくる男達。
一気に消し飛ばしたいけど、ここに来たのはハーゲンティという男と〝神罰の使徒〟という組織の調査を行う為。
大事な情報は持ち帰らなきゃならないから、広範囲を破壊する魔法は極力使わない方がいい。
「褒めてくれるかなぁ」
「ぐげっ!?」
「頭を撫でてもらえるだけで充分ね。あぁ、早く帰ってタローに会いたいわ」
「ぎゃあああっ!!」
適当に下位魔法を唱えながらタローの姿を思い浮かべる。たったそれだけで胸の動悸が激しくなり、周りに居る男達の姿が見えなくなった。
見えているのはタローだけ。
彼の為なら私はどんなことでもしてみせよう。
「ふっ、ふふふ・・・」
優しい彼は私のことを一人の女として見てくれている。でも、きっと彼に選ばれるのはあの銀髪の女。
それでも構わない。彼の人生のパートナーになれなくてもいい。
彼の役に立つこと、彼が喜んでくれること、彼が幸せだと思えること。私はそれができるだけで幸せだ。
「魔王の鉄槌」
雑魚の相手をするのが面倒になってきたので、上位闇属性魔法の一つを手加減して放った。
黒の波動が壁を、床を、天井を粉々に粉砕し、驚いて逃げようとした男達を喰らう。
「さて、先に進みましょうか」
今のが本気の魔法ならこの建物ごと消し飛んでいたのでしょうけど、手加減したおかげで向こうの方はまだ調査可能みたいね。
とりあえず調べれるだけ調べて、ハーゲンティって男が見つかったら殺そうか。
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〝ハーゲンティ〟という存在が、あのタローを本気で怒らせた。だから私はそいつを見つけ出して殺してやろうと考えた。
その途中で見つけたのが、ハーゲンティが所属しているらしい〝神罰の使徒〟とかいう組織が出入りしているこの建物。。
何が目的なのかは分からない。でも、ここで何かをしているというのは突き止めた。
タローも呼ぼうかと最初は思ったけど、調査程度なら私一人で行えるし、後で褒めてもらいたいから呼ぶのをやめた。
「────これは」
どうやらその選択は間違ってなかったらしい。
私でも気味が悪いと思ったこの光景を、愛するタローに見せるわけにはいかないもの。
「おやおや、どんな鼠が迷い込んだのかと思っていたら、最強最悪の魔王様だったか」
「あら、声を聞いただけで吐き気がしてきたわ。なるほど、今私の前に居る男がハーゲンティか」
まるで私を待っていたかのように椅子に腰掛けていた男。かなりの量の魔力を持ってるみたいだし、こいつがハーゲンティで間違いなさそうね。
「何故私が魔王であることを知っているのかは聞かないでおくけど、知っていて尚私の前に跪かないということは、私を敵として認識しているということね?」
「随分傲慢な魔王様だ。悪いが僕も暇じゃなくてね。ダンスならまた今度踊ってあげよう」
「悪いけど、暇だったとしても貴方と踊るつもりはないわ。どんな時でも私の相手はたった一人、彼だけよ」
「ふん、君もあの男・・・サトータローに好意を寄せているのか。僕のテミスをあそこまで堕としたあのゴミに」
「あ?」
一瞬で怒りが頂点に達した。
抑え切れない怒りと殺意が体内の魔力を暴走させ、真紅の魔力が身体から溢れ出る。
「死にたいらしいわね」
「へえ、これが魔王ベルゼブブの魔力か。全てを捻じ伏せ、破壊する圧倒的な魔力。それだけの力を持ちながら、君も奴には勝てなかったんだね」
「お望み通り殺してあげるけど、その前に聞きたいことがあるわ。まず、この部屋で何をしていたの?」
周囲を見渡せば、目を閉じている〝銀髪の人間〟が入った装置のようなものが何個も目に映る。どうやら中には液体が入っているようで、どうやって呼吸しているのかが少し気になるけれど。
「この女、私もよく知っている人物よ?まさか貴方、人間のクローンを作ったというの?」
「くくっ、そうさ。オリジナルが僕の言う事を全く聞いてくれなくなったからね。今ここに居る彼女達は全員失敗作だけど、僕の命令をしっかりと聞いてくれるよ」
ハーゲンティが指を鳴らす。
それと同時に装置の中の液体が外に流れ出て、女達が一斉に目を開けた。
「・・・貴方は彼女達を失敗作と言ったけど、〝理想の少女〟は既に完成しているのね」
「はははっ!失敗作だからといって、戦闘能力はそっくりそのままオリジナルと同じだ!いくら君でも、この数相手に余裕を保っていることは不可能さ!」
ガラスを砕いて中から飛び出してきたクローン達。いつの間にか全員剣を握っており、虚ろな瞳で私を見つめながら襲い掛かってきた。
「魔王の煉獄爪」
「ッ─────」
タローがこれを見たらどう思っていただろう。
地面から飛び出した何十もの漆黒の爪が、迫るクローン達の身体を次々と貫く。それでも痛みを感じていないのか、無表情のまま剣で爪を砕いて再び彼女達は動き出した。
「あの女に相当惚れ込んでるみたいだけど、失敗作とはいえ同じ顔のクローン達がこれだけの重症を負っているというのに、貴方はそれを楽しそうに眺めるだけか」
「完璧な彼女以外は必要ない。失敗作は彼女じゃない。道端に転がっている石ころと同じさ」
「このクズが」
タローが激怒するわけだ。
この男の性格は、最早救いようがない程腐りきっている。
「ダークフレア」
黒い炎を放ち、限界を超えて迫り来るクローン達の体を焼き尽くす。これで失敗作達は全滅。あとはこの男を始末して、完成作と〝神罰の使徒〟について調べるだけね。
「・・・素晴らしい。世界樹の六芒星の一人である彼女のクローンを複数人同時に葬り去るその強さ。君ほどの実力者が加われば、〝神罰の使徒〟はより一層強くなれそうだ」
「その神罰の使徒って集まりは何が目的なのかしら?どうやら貴方達が世界中に封印されている神獣種を目覚めさせているみたいだし。私がマーナガルムの封印を解いたのと同じ方法でそんな事をしているの?」
「どうだろうね。それを知りたいのなら、君も僕らの仲間に加わるといいさ」
手を差し出してくるハーゲンティ。私はそんな彼の腕を、何も言わずに魔法を使って切り落とした。
「っ・・・!」
「だから言ったでしょう?貴方と踊るつもりはないと。私はタローと踊りながら、神罰の使徒とやらを叩き潰すことにするわ」
「くくっ、潰れるのは君達の方さ。まだ全ては始まったばかり。舞踏会はこれからが本番だよ」
ハーゲンティの腕が再生し、それと同時に彼は転移魔法を発動した。咄嗟に魔法を放ったけど、それが命中する直前にハーゲンティの姿は私の前から消える。
「チッ、逃がしたか・・・!」
でも、ハーゲンティが行っていたことは知ることができた。問題はこれをタロー達に言っていいのかどうか。
きっとタローはまた激怒する筈。いいえ、彼だけじゃない。これは他の人間達にとっても許し難いことでしょう。それに、自分のクローンが作られていたなんて本人が知ったら・・・。
「・・・帰ってから考えるか」
伝えた方がいいとは思う。
とりあえず一度魔界に戻って、神獣種が出現したっていう神殿に向かわせたディーネの話を聞いて情報を整理してからタロー達のところに行くとしましょうか。
─────to be continued