第40話 水の迷宮、それぞれの進み方
「────っ!!」
急に光が場を満たしてから数秒後。咄嗟に閉じた目を開ければ、私は先程まで居た場所とは全く違う、まるで迷宮内のような場所に立っていた。
急いで周囲を見渡せば、少し驚きながらこちらに駆け寄ってきたマナと、そして緊急依頼に同行してきたマルクという男の人しか居ないということに気付く。
「おいおいマジか。サトーはどこ行っちまったんだよ」
「うっ・・・」
どうしよう、どうしたらいい?
「テミスおねーちゃん、だいじょうぶ?」
「あ、ああ。大丈夫・・・大丈夫だ」
大丈夫だと自分に言い聞かせ、困ったようにこちらを見ているマルクに顔を向ける。
「・・・とりあえず先に進もう。何らかの魔法で迷宮に転移させられた可能性が高い。きっと、タロー達もこの迷宮内の何処かに居る筈だ」
「そうっすね。なんかすんません。俺なんかじゃ戦力的に不安だろうけど、恨むなら俺達をこんな場所に飛ばした奴を恨んでください」
汗が頬を伝って地面に落ちる。
恐らく今の私はかなり顔色が悪いだろう。それを見られてしまうときっと心配させてしまうだろうし、彼に失礼だ。
彼はハーゲンティのような男ではないし、ハーゲンティに雇われているわけでもない。数回深呼吸し、私は奥を目指して歩き出す。
「テミスさんって、なんでサトーとだけ普通に話すことができるんすか?」
「っ・・・」
「あ、すんません。急に声掛けて」
「い、いや、大丈夫だ・・・」
突然話し掛けられて驚いたが、私は近寄ってきたマナと手を繋ぎながらその理由を考えた。
「・・・彼は、タローは私にとって特別な人だからな。一緒に居ると落ち着くし、彼の笑顔を見るととても幸せな気持ちになる」
「それって完全に恋っすね」
そう言われて顔が熱くなる。
「きっと私は面倒な女だと思われているだろう。だから、これ以上私は彼に迷惑を掛けたくない」
「面倒な女だなんて、あいつが思うとは思えないっすけどね」
「え・・・」
「だって、あいつは本当にテミスさんの事を大切な友と思ってるから。いや、友達以上の想いを抱いてる可能性もあるっすよ」
「そんなこと、あるわけが・・・」
もしも、私が彼を愛しているように、彼も私のことを愛してくれているとしたら。
「っ〜〜〜、無い無い!絶対に無い!」
「・・・ぷっ、ははは!今のは貴重なワンシーンっすね。まさかクールで有名なテミスさんが、顔を真っ赤にしながら男のことで慌てるなんて」
「ぐっ・・・」
咄嗟に顔を逸らすと、私の顔を見ながらニヤニヤしているマナと目が合った。
「テミスおねーちゃん、かおまっかだよ〜」
「う、うるさい」
先程まで不安と恐怖でどうかしてしまいそうだったが、タローの話を少ししただけで、今は別の感情が胸の中で渦巻いている。
逢いたい、今すぐに。
そう思いながら、私は迷宮の最奥を目指した。
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「・・・どうしよっか」
「・・・泳ぐしかない」
最奥目指して迷宮内を歩き続けた俺とディーネは、突然道が無くなったことに結構動揺した。
目の前にあるのはびっくりするぐらい綺麗な水。底の方に穴があるから、多分あそこから更に奥へと進むことができるんだろう・・・けども。
「私は魔法で水を操ることができるんだけど、多分ここにある水全部を別の場所に移動させることは無理だと思う。ごめんね、力になれなくて・・・」
「いやいや、仕方ないよこれは。でも、泳ぐとなると服が濡れちまうな。ふむ・・・」
なんかセーラー服っぽい格好をしているディーネ。彼女が水にダイブすると服が透けてしまうんじゃないだろうか。
「私は大丈夫だよ。それっ、衣装変え〜!」
「むっ、これは・・・!」
一瞬でディーネが着ていた服が消え、代わりに白い水着が彼女の胸を隠す。しかも、腰から下がまるで魚のようになっているではないか。
「驚いた?へへっ。私、セイレーンって種族の魔物なの。この状態なら水の中でも生活できるんだよ」
「いやぁ、まさか人魚を生で見る日が来るとは思わなかった。いいね、すごい可愛いじゃん」
「ありがと!それじゃ、早速私に掴まってくれるかな?」
「え、なぜ?」
「泳ぐの大変でしょ?だから私がタローさんのこと、あの穴の先に連れて行ってあげる」
なんだこの子、女神か。
「どこに掴まればいい?」
「うーん、腰から下ならどこでもいいよ」
「それじゃあ失礼します」
腰から下に躊躇いなく掴まらせるディーネの将来が少し心配になりながらも、俺は人魚のような彼女の下半身に抱きついた。
「ひゃっ、思ったよりくすぐったいかも」
「むぅ、反応がエロいぜ・・・」
「よーし、しっかり掴まっててね」
そう言ってディーネが水の中に飛び込んだ。その直前に大きく息を吸ったけど・・・さて、何秒持つだろうか。
すごい速度で水の中を進んでいくディーネ。
まあ、なんというか。今俺は美少女の脚にしがみついてるって考えちゃったから、ちょっと大変なことになりかけてる。
普通に腕に掴まったりした方が良かったんじゃないだろうか。なんてことを考えてたら、急にディーネが上に向かって進行方向を変更し、そして勢いよく水の中から飛び出した。
「よっと、一応先に進めたかな・・・あ?」
はぁ、やっと息ができ・・・ない?
「むぐっ・・・?」
「んっ、もう。タローさんったら」
「・・・・・・」
なんか柔らかいものが顔面に当たってるせいで息ができなかったので、俺はその柔らかいものから顔を離した。
そして何が当たってたのか見てみると、目の前に白い水着に覆われたディーネの胸が。
「あ〜、ラッキーとか思ってる?」
「ちょっとだけ・・・いや、めっちゃ思いました。本当に申し訳ないですごめんなさい」
「素直でよろしい。ふふ、別にいいよ」
俺みたいな男が胸に顔面を埋めてしまったというのに、笑顔で許してくれた、だと!?
「ん、どうしたの?」
「ディーネがいい子すぎて感動してた」
「あはは、そうかなぁ」
そう言って笑うディーネの胸につい目がいってしまいつつも、俺は服を絞って立ち上がる。
テミスとマナが心配だ。あとマルクも。
無事だとは思うけど、この目で彼女達を見ないとやっぱり安心できない。
「よし。先に進もうか、ディーネ」
「そうだね」
あと少しで最奥に着くような気がする。
どんな敵が待ってるのかはまだ分からないけど、もしテミス達を傷付けるような奴だったら、容赦無くぶん殴ろう。