番外編 ギルドマスターソンノさん
「起きてくださいギルド長。毎日俺が起こしにくるまでこんな場所で爆睡して・・・。風呂とか入っているんですか?」
「あーもううるさいな。お前は私の旦那かよ。入ってるに決まってるだろうが」
午前8時。
王都ギルドのマスターで、世界樹の六芒星の1人である《怠惰の魔導王》ことソンノ・ベルフェリオの1日は、同じく六芒星の1人のアレクシスに起こされることから始まる。
もう既にギルドには冒険者達が依頼を受注する為やって来ているので、ギルドマスターであるソンノがこんな時間まで寝ているのは少々おかしいことなのだ。
「ソンノさん、おはようございま〜す・・・って、今日も朝から機嫌悪いですね!」
「お前らが朝からやかましいからだろう」
「俺が起こしに来るまでこんな場所で寝ている貴女が悪いと思うんですが」
両手で耳を塞ぎ、別のことを交互に話すアレクシスとラスティを無視しながら、心底ダルそうにソンノが椅子から立ち上がる。
「ギルド長。とりあえず散らばっている机の上を整理して、前にギルドで発生した盗難事件について全員に説明を────」
「あ、大事な用意を思い出した。アレクシス、机の上の整理と盗難事件の説明、よろしく頼んだ」
「なっ・・・」
ソンノが使用する魔法は、魔王ベルゼブブですら習得できていない空間干渉という高位の魔法。そのうちの一つである〝一度行ったことがある場所に瞬時に移動する〟転移魔法を唱え、彼女はアレクシスの前から姿を消す。
「ふ、ふざけるなァァァッ!!!」
こうして毎朝アレクシスの声が響き渡るのは、ギルドの中で日常となっていた。
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「ほんと、毎朝飽きずにごちゃごちゃうるさい奴らだ。ゆっくり寝させてくれよなぁ」
適当に店で朝食のパンを買ったソンノは、それをかじりながらのんびりと王都を歩いていた。
しかし、いつ後ろから鬼と化した赤髪の男が走ってくるか分からないので、一応注意はしている。
「おっ、ソンノちゃん。またギルドの仕事サボってんのかい?」
「ん、シャル爺か」
急に声を掛けられたので、アレクシスかと思って少しだけソンノは焦った。しかし、そちらに顔を向ければ立っていたのは白髪白ひげのお爺さん。
「サボりっちゃあサボりかね。まあ、ちょっと行ってみたい場所があるんだよ」
「ふむ、あまり暴れすぎないようにな」
「そりゃ無理かなぁ」
ひらりと手を振り、ソンノは再び歩き出す。
そして彼女がたどり着いたのは、何年も掃除されていないのであろうボロボロの空き家。
漂う埃を吸ってしまい、鬱陶しそうに顔を歪めながらも彼女は家の中へと入っていく。そして、大量に置かれていた箱を全て魔法で浮かせ、向こうへと適当に投げる。
すると、床に隠された扉が現れた。
「ふん、やっぱりな」
扉を粉砕して地下へと続く階段を降りていくと、欠伸しながら現れたソンノを見て目を見開いている男達が立っていた。
「だ、誰だお前は!」
「お前らさぁ、この前ギルドから金盗んだだろ。それを返してもらおうと思ってな」
「こいつ、なんでそれを・・・!?」
「おい待て、こいつただの糞ガキじゃねえか。くくっ、どうせギルドの奴らがチビなら手を出さないと思って送り込んできたんだろ」
そう言って一人の男がソンノの前に立つ。
「お嬢ちゃん、ここに何の用かな?」
「え、話聞いてた?ウチから盗んだ金返せっつってんだよ糞ガキ共が」
「・・・まだそーんなに小さいのに、その口の聞き方はどうかと思うなぁ!!」
ソンノの言葉に怒りを覚えた男が、彼女を殴ろうと手を振りあげた────が。
「・・・あ?」
よく見れば、男の腕は捻じ曲がっていた。
「あ、あぎゃあああ!?」
「はは、脆い骨だ」
何があったのかと他の男達が慌て出すが、ソンノの小さな体から溢れ出た魔力を感じ取って硬直する。
「お前らのせいでさぁ、ウチの大事な受付嬢達が金を盗んだんじゃないのかって疑われたんだぜ?」
「うっ・・・」
「ブルースコーピオンとかいうだっさい盗賊団だっけ。お前ら全員覚悟できてるよな?」
「お、おい!こいつまさか、六芒星の───」
空気が振動する。
なにか来ると感じ、男達は急いで逃走を図ろうとするがもう遅い。
「空間振動波」
「ぎ────」
放たれた空間干渉魔法が地下の部屋にいた男全員を吹っ飛ばし、向こうにあった壁を粉々に破壊する。
「おっ、そこに隠してたのか」
泡を吹きながら気絶した男達。そんな彼らを蹴りながら砕けた壁へと近づいたソンノは、壁の向こうにあった大量の金品を発見した。
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「盗まれたお金が全て戻ってきたそうですね」
「らしいなー。どっかの優しい誰かさんが取り返してくれたんだろ。私には関係ないから、お前もさっさと部屋から出てけ」
後日、盗難事件の時に盗まれた金品全てが受付に届けられていたことをソンノに報告しに来たアレクシスだが、眠そうにソファの上に寝転がっている彼女にそう言われて部屋の扉に手をかける。
「まったく、ただの恥ずかしがり屋じゃないですか」
「何の話だ?」
「いえ、優しいギルドの英雄のことです」
最後にソンノを見てにやりと笑い、アレクシスはギルド長室をあとにした。
彼の足音が遠ざかってゆく。そして完全に聞こえなくなった頃にソンノは体を起こし、眠そうに欠伸した。
「たまには動くのも悪くない・・・か」
少し頬を緩めながらソンノが呟いたそれを、本人以外の誰かが聞くことはなく。
再びソンノはごろりとソファに寝転がった。