第34話 縮まる心の距離
「落ち着いたか?」
「うん・・・」
(可愛ええ・・・)
いつもとは違い、思わず守ってあげたくなる状態のテミスが落ち着くのを待ち始めてから数分。
さっきからずっとテミスが俺の胸に顔を埋めているので、この場から動けないし凄いドキドキする。
ああ、いかんいかん。変な事を考えちゃ駄目だ。
「おーおー、なにイチャイチャしてんだ」
「ッ・・・!」
「む、ソンノさん」
急に幼女にしか見えないソンノさんが崩れた壁の向こう側から顔を出した。それに気付いてテミスが顔を真っ赤にしながら俺から離れる。
「テミっちゃん、無事だったんだね!」
「心配したぞ」
ソンノさんに続き、アレクシスやラスティも俺達に駆け寄ってくる。若干不機嫌そうなベルゼブブも、ヴェントを連れてこっちに来た。
「王都での戦いは終わったんですか?」
「当然余裕勝ちだ。お前の方こそどうなんだ。ハーゲンティはどこに行った?」
「転移魔法で逃げられました」
「何をやってんだ馬鹿たれ」
そんな呆れ顔で見られましても、あんな瞬間移動魔法使われたら止めるのは簡単じゃないですもん。
「テミっちゃん、怪我してる」
「あまり無理して動くんじゃないぞ」
「っ・・・」
そんな時、ラスティとアレクシスに声を掛けられたテミスが急に俺の背後に隠れてしまった。
「ど、どしたの?」
「あ、す、すまない。昔のことを思い出してしまって。特に、路地裏で男の人達に襲われた時のトラウマが・・・」
「ちょっとアレくん〜」
「す、すまん」
当時のテミスは本当に怖い思いをしたのだろう。
俺の背後で少し震えながら呼吸を整えているテミスを落ち着かせてあげようと思い、俺は振り返って彼女の頭を撫でた。
「大丈夫。テミスに手を出す奴が現れたら、俺がぶん殴ってやるから」
「タロー・・・」
「何があっても、俺が守ってみせるよ」
俺がそう言うと、テミスは俯いてしまった。
うん、ちょっとかっこつけすぎたかもしれない。
「あ、ありがとう。嬉しいよ・・・」
「おおふ」
顔が赤いテミスから嬉しいと言われたんですが。
ああ、いかんいかん。なんかすっごい抱き締めたくなってきたぞ。
「くくっ、おいタロー。今お前、テミスのこと抱き締めたいって思っただろ」
「思いましたね」
「だきっ・・・!?」
「というかテミス。お前、アレクシスとかでも昔のことを思い出して怖がるのに、タローは全然平気なんだな」
「そ、それは、その・・・」
確かにそうだな。
それは嬉しいことなんだけど、なんでなんだろ。
「ちょっとタロー。なにデレデレしてるのよ」
「ん、いや。別にデレデレは・・・してるか」
「否定しなさいよ!」
頬を膨らませながら胸を叩いてくるベルゼブブ。一応怒ってるんだろうけど、可愛いぞベルゼブブ。
「もうっ!この女がちょっと可愛いからって、タローはいつもデレデレし過ぎなの!」
「そりゃだって可愛いんだもの。でも、ベルゼブブだって可愛いじゃないか」
「えっ・・・」
「ベルゼブブは頭撫でたくなるような可愛さだな」
「か、可愛いなんて、そんなこと・・・」
嬉しそうにニヤニヤし始めるベルゼブブ。別に嘘で言ったわけじゃなくて、ほんとに可愛いと思ってるぞ?
「こうしてこの天然女たらしは、次々と美少女の心を射抜いていくんだな」
「やだ〜、タローくんったら」
「何ですか天然女たらしって」
まあ、なんか楽しそうなソンノさん達は置いといてだな。とりあえず、これで今回の事件はひとまず解決・・・かな?
「あ、あの、みんな・・・」
テミスが俺の前に立ち、きつく拳を握りしめながら頭を下げた。
「私のせいで迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ございませんでした・・・!」
よく見ればテミスの体は少し震えている。
そんな彼女を、ソンノさんは小さな体で抱き寄せた。
「心配したんだぞ、馬鹿」
「っ、ソンノさん・・・」
「お前を傷付けたハーゲンティは、必ず私達が潰してやる」
常に眠そうで、不機嫌そうなソンノさんが、今だけはまるで母親のように見えてほっこりする。
と、その時。ソンノさんの言葉を聞いたテミスが、何かを思い出したかのように勢いよく顔を上げた。
「な、なんだよ。どうかしたのか?」
「《神罰の使徒》・・・」
「ねめ?」
「ハーゲンティが言っていたんです。〝僕が所属している《神罰の使徒》へ来るがいい。共に真の世界を見よう〟・・・と」
それを聞き、ソンノさんが心底鬱陶しそうな表情を浮かべた。対してアレクシスやラスティは目を見開く。
「あいつには仲間がいるってことか。んで、コソコソと何かしようとしていて、それにテミスを誘った・・・と」
「そういやあいつ、〝研究は進んでいる〟、〝勧誘はできた〟とか言ってましたよ」
「面倒臭いなぁおい。私は眠いんだよ・・・」
そう言ってソンノさんが転移魔法を唱える。
「アレクシス、ラスティ、帰るぞ。今日から面倒な日々が始まりそうだ」
「了解。王都に戻ったらとりあえず書類をまとめてくださいよ」
「テミっちゃん、無理しちゃ駄目だよ?何かあったらタローくんにちゃんと言ってね?」
アレクシスとラスティが隣に立ったのを確認したソンノさんが俺を見てきた。
「私も長いこと生きてきたけど、今までで一番面白い男に出会ってしまったみたいだ。これからもよろしく頼むぞ、タロー」
「こちらこそよろしくお願いします、ソンノさん」
俺が手を振ると、ソンノさんは全くドキッとしない適当な投げキッスをしてそのまま転移魔法で俺達の前から姿を消した。
そして、そんな彼女達を見届けたベルゼブブが、さっきまでソンノさんが立っていた場所を睨みながらバサりと翼を広げる。
「ベルゼブブも帰るのか?」
「ほんとはもっと遊んでいたいのだけれど。まあ、そろそろ戻らないとヴェントとかがうるさいしね。それに、ハーゲンティって男についてもちょっと探っておくわ」
「おおおっ、ありがとう!」
「ふふ、タローの為なら、私は何だってするわよ」
可愛らしくウインクして、ベルゼブブはヴェントと共に飛び去っていった。暫く遠ざかっていく彼女を目で追っていた俺だけど、よく考えたらこんなとこに放置されても、テミスと二人で帰るのは時間かかるじゃんか。
「さて、俺達も帰ろうか」
「あ、ああ。どこかで馬車に乗せてもらおうか」
「・・・んー、いや。もっと早く帰れる方法が一つだけあるぞ」
「え───」
油断していたテミスを持ち上げ、お姫様抱っこする。当然テミスの顔は真っ赤になったけど、留守番中のマナが心配なので、申し訳ないけど我慢してもらいたい。
「た、たた、タローっ!?」
「さあ行くぞ!」
「っ、うん・・・!」
怒ってはいないようで、テミスが俺にぎゅっと身を寄せてくる。それによって胸が押し当てられていることを極力意識しないようにしながら、俺はオーデムがあるであろう方向に駆け出した。