第32話 渦巻く陰謀、恋心
「ふむ、ここは魔王軍の基地ですか?」
「勿論違うけど、一体どういう事なんだろうな」
あれからマナを起こさないように家を出た俺とヴェントは、オーデムからかなり離れた場所にある砦へと向かった。
そこから大量の魔力を感じたとヴェントが言うのでついて行ったんだけど、ほんとに魔族がいっぱい待ち構えてた。
「おい、お前達。ここで何をしているんだ」
「・・・」
「聞いているのか。何が理由でここに───」
爪がヴェントの頬を掠める。
間一髪魔族の強襲を躱したヴェントは、膨大な魔力をその身から解き放ち、一斉に動き始めた魔族達に風魔法を放った。
「ウインドウォール!!」
「ッ!?」
風魔法を食らった魔族達は次々と吹っ飛ばされていく。けど、それを見ても魔族達は止まらない。
「おい、ヴェント。ちょっとよく分からないんだが、ここにハーゲンティが居るっぽくないか?」
「確かに。この魔族達、どうやら強力な洗脳魔法で操られているみたいだ。ここに近寄る者達を始末する為に配置されたのかもしれないね」
「あの砦の中にハーゲンティとテミスが居るってんなら、すぐに行かないと────」
魔族達から砦へと視線を移した瞬間、急に膨大な二つの魔力が砦の中でぶつかり合い、そして砦の一部が吹っ飛んだ。
今の魔力、片方はテミスの魔力だった。
やっぱりテミスはあの砦の中に居るんだ・・・!
「っ、こいつら・・・!」
急いで砦に向おうとした時、まるで波のように魔族達が俺とヴェントが居る場所に殺到した。
咄嗟に先頭の連中を殴って吹っ飛ばしたけど、死を恐れていないのか魔族達は怯まずに襲い掛かってくる。
「チッ、面倒だな。僕の魔法で一掃してやる」
「あの時のやつか」
「伏せておけ。〝ディザスターストーム〟!!」
黒く巨大な竜巻がヴェントの目の前に出現し、凄まじい風を発生させながら迫り来る魔族を薙ぎ払う。
これなら、あの数の魔族もかなり減ったはずだ。
「・・・いや、まだだ」
「おいおい、不死身かよ」
こう見えても、一応ヴェントはあのテミスを上回る実力の持ち主。そんなヴェントが放った最大の魔法を食らったというのに、魔族達は全身から血を流しながらも再び立ち上がった。
「あながち間違いじゃないだろうね。今の彼らはどれだけダメージを受けても止まることがない、狂戦士と言ったところか」
「どうする?相手するだけ時間の無駄じゃないだろうか」
「いや、僕はこいつらの相手をしよう。その間に君は砦の中へと突っ込め」
そう言うと、ヴェントは風魔法を俺に向かって唱えた。
「なにこれ」
「文字通り〝砦に突っ込む〟といい。風の弾丸となって、お姫様を迎えに行ってあげなよ」
「どんな王子様だよ!」
それを聞いてケラケラ笑ったヴェントは、風魔法に包まれた俺を砦に向かって飛ばした。
凄い速度で景色が後ろに流れていく。
もう砦はすぐ目の前に。中から感じる魔力の持ち主をぶん殴る為に、俺は拳を握りしめた。
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「うあああっ!!幻襲銀閃!!!」
「無駄だよ。そんな技じゃ僕は倒せない」
「ぐ─────」
分身と共に同時攻撃を仕掛けたが、高速の突きを食らって分身はあっさりと消滅し、残った私は腹部を殴られて後ろの壁に激突した。そして吐き気と激痛に襲われながら倒れ込み、その場から動けなくなる。
「脆いね、テミス。あれだけ憎んでいた男が目の前に居るというのに、恐怖に負けて本気を出せていないじゃないか」
「な、んで、動けるんだ・・・」
「ああ、言ってなかったっけ」
致命傷を与えたはずなのに、まるで何事も無かったかのように私を見下ろしているハーゲンティが、先程私が斬りつけた傷口を見せてきた。
「今の僕、どんな傷を負ってもすぐに治っちゃうんだよね。はは、外法に手を出して本当に良かったよ」
「外法・・・?」
「今の君は知らなくてもいい事さ。僕達のとこに来たら嫌でも習得することになるんだから」
まずい、今すぐに動かなければ確実に洗脳魔法をかけられてしまう。しかし、体が動かない。
「はは、君が立てないのはダメージのせいじゃないよ。単純に僕を恐れ、早く楽になりたいと思っているからさ」
「そんな、こと・・・」
「君は本当に素晴らしい女性なんだ。だから両親を殺してでも手に入れようと思った」
「両親・・・。父さんと母さんのことか?」
「そうだよ」
天井を見上げながら、ハーゲンティが楽しげに語り始める。
「もうこれは〝恋〟と言ってもいいだろう。初めて君を見た時から、僕はずっと君だけの事を考えてきた。そしてある日思いついたんだ。君を僕だけのものにしようってね」
まるで、思いついた名案を親しい友人に聞かせるかのように。
「君の両親を殺した理由は、単純に邪魔だったからだよ。特に父親の方からは、娘に近付くなとか毎日のように言われてさぁ。殺しちゃえば何も言われなくなるし、君のことを引き取れるかと思ったんだ。だから殺した」
まるで、人を殺すことをなんとも思っていないかのように。
「それから僕の家に連れていって、色々教えてあげたよね。僕以外の人間を信じちゃ駄目だとか、僕に逆らってはいけないとか。それである日、僕は君を外に出してみたんだっけ」
まるで、私をペットか何かだと思っているかのように。
「外で何人に助けを求められた?道案内してくれとか、路地裏で人が倒れてるとかさ。それで君は全員に手を差し伸べたんだよね。彼らが僕の命令で動いてるってことに気付かずに」
濁った瞳でじっと見つめられる。
そして彼は心底愉しそうに笑いながら、腕を広げて聞きたくなかったことを大声で話し始めた。
「道案内してる間に持ち出した僅かな金を全部盗まれ、路地裏では僕が使役する魔物に包囲されたり・・・くくっ、他には何されたんだっけ?」
「やめろ・・・」
「それで僕が助けに行ったら、私が信じられるのはハーゲンティさんだけって言ってくれたよね。うん、馬鹿だね。一番信じちゃいけない男を信じちゃったんだもんね!!」
「やめてくれ・・・」
「それからは君の心を壊す日々が続いたっけ!大量の虫がいる監禁室に一日閉じ込めてみたり、亡霊が出るって噂の廃墟に手足を縛って一日放置してみたり、僕に逆らうとどうなるのか、殴って蹴って体に教え込んだり!!でも、これは全て君の為なんだって言ったら馬鹿な君は信じるんだもんねぇッ!!」
「やめて、ください・・・」
過去の記憶が蘇る。
逆らうと殴られたあの時の痛みが、大量の虫達と一日過ごして数日間何も考えられなくなったあの時の恐怖が。全て一斉に蘇り、恐怖で体が震えて涙が流れ出る。
「もう少しだったのに。もう少しで、僕だけのテミスが完成するところだったのに。あの女・・・ソンノ・ベルフェリオは僕の前に現れたんだ」
そう言ったハーゲンティに頭を踏みつけられる。
「君の両親とは親しかったみたいで、死の真相を探っていたらしい。そして、彼女は犯人が僕であることを突き止め、同時にテミスが僕のところに居ると知ったんだよ。本気で怒ってたソンノさんを見たのは初めてだったなぁ。当時の世界樹の六芒星最強には、流石に僕でも歯が立たなかった」
「・・・」
「負けた僕は捕らえられ、君はソンノさんに引き取られた。でも、僕は諦めてなかったんだよ。監獄の中に居る間もずっと君のことを考えてた。そして遂に、あの時よりも強大な力を手に入れて僕は脱獄したのさ!」
なんで、そんなに楽しそうなんだろうか。
この男のせいで両親は命を奪われ、私は人生を狂わされたというのに。
「ふざけるな・・・」
「ん?」
「なんでそんな理由で、私は・・・」
力が戻ってきた。
恐怖よりも怒りが勝ったからだ。
「殺してやる・・・」
「へえ、僕に逆らうつもりかい?」
「絶対に、殺してやる・・・!」
魔力を纏わせた剣を振るう。
しかし、ハーゲンティはそれをバックステップで躱した。
「死ね!ハーゲンティッ!!」
「いけないなぁ────」
逃がさない。怒りを魔力へ変えてハーゲンティとの距離を詰め、全力で剣を振り下ろす。
「〝ペット〟が飼い主に逆らっちゃ」
「がっ!?」
「駄目だろう!?」
渾身の一太刀はあっさりと槍で弾かれ、体勢を崩した瞬間に首を掴まれた。そしてそのまま私は背中から床に叩きつけられる。
「ッ──────」
「さあ、洗脳の時間だ。これまでのくだらない記憶は全て捨て、僕だけのものになるがいい」
もう駄目だ。
今ので剣は向こうに飛んでいき、更に全身から力が抜けた。この状態では、これから行われる洗脳を回避することなど不可能だ。
「う、ぁ・・・」
嫌だ、洗脳なんてされたくない。
「私は、まだ・・・」
「ん?」
「タローに、謝れていないのに・・・」
「くっ、はははは!もうそんな男のことは忘れろ!今日からそいつは君とは無関係な他人になるんだよ!」
「嫌だ・・・!」
涙が溢れ出る。
もう一度。もう一度だけ彼に会いたい。
「助けて、タロー・・・」
魔力を帯びた腕が私の顔に迫ってくる。もうどうすることもできず、私は彼の名を呼んで目を閉じた。
「おうっ、助けに来たぞ!!」
そんな声が聞こえたのと同時に、突然壁が砕け散った。驚いて目を開ければ、私にのしかかっていたハーゲンティは血を撒き散らしながら床を転がっており。
「テミスを泣かせたのはお前か、ハーゲンティ。これは一発ぶん殴っただけじゃ足りねーなぁ」
「っ・・・」
「もう大丈夫だからな、テミス。何があっても、俺が絶対守ってみせるから」
代わりに私の前に現れたのは、最後に会いたいと願ったタローだった。
次回、太郎君激おこの回