第31話 血と狂気の食卓
「・・・」
「・・・」
「・・・なんでお前がここに居るんだよ」
「・・・魔王様に命令されたからだ」
焦ってたから全然気付かなかったけど、何故か魔王軍四天王の一人である風魔法使いのヴェントが椅子に座っていた。
物凄く不機嫌そうに俺を見てくるヴェントは、心の底から面倒そうに向こうにあるソファを親指でさす。
「神狼マーナガルムはあそこで寝てる。別に、僕が何かしたわけじゃないからな」
「お前、マナに何しやがった!」
「僕の話聞いてた!?ねえ!?」
「すまん、ちょっとふざけた」
ソファに寝転がっているマナは気持ち良さそうにすやすやと寝息を立てていた。テミスのことを聞きたいんだけど、起こしてやるのは可哀想だな。
「んで、いつベルゼブブに命令されたんだ?」
「さっきだよ。魔王様を捜しにこの辺りを訪れていたら、頭の中に声が響いてきてね。所謂念話というやつさ」
「なるほど。命令内容は俺の手助けしろ、とかか?」
「ああ、その通りだ。どうやらあのテミスがハーゲンティという男に何かされたらしいが」
そう言ってヴェントが立ち上がる。
「僕のテミスに手を出すなんて。その男、生かしてはおけないな」
「ハーゲンティと同じようなこと言ってんぞお前。まあ、鬱陶しいけど力を貸してくれ」
「今回だけだ。次に会った時は僕の風魔法で全身を引き裂いてやるからな」
「そりゃ楽しみだな」
とりあえずベルゼブブ達は王都で頑張ってくれてるから、俺は早くテミスを見つけ出さないと。でも、どこに行ったんだろうか。
「というか黒髪。今頃テミスが怖い思いをしてるかもしれないというのに、随分余裕そうだな」
「ん?」
「君がテミスのことをどう思ってるのかは知らないけど、足を引っ張るようなことだけは────」
ヴェントの胸ぐらを掴んで彼の体を持ち上げる。
「お前よりテミスのことを考えてるに決まってるだろ?怒りに身を任せたらテミスを助けられるのか?俺だって限界が近いんだよ」
「ぐっ、分かったから離せ・・・!」
そう言われたのでヴェントから手を離す。
「殺す気か!」
「ついカッとなってやった」
「はあ!?」
さて、そろそろテミスを捜しに行くか。
俺達が王都に行ってからまだそんなに時間は経ってないから、そんなに遠くには行ってないはず・・・と信じたい。
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ここが何処なのかは分からないが、現在私は豪華な料理が並べられた机と椅子のみが置いてある部屋に立っている。
「う、うぅ・・・」
「緊張しているのかい?はは、やっぱりテミスは可愛いなぁ」
怖い、怖い怖い怖い。
全身から大量の汗がダラダラと流れ出し、異常な程の震えがさっきから全く収まらない。
剣を握っている私の前で、恐れることなく料理を口に運んでいるこの男はやはり頭がおかしいのではないだろうか。
「君も食べなよ。料理が冷めてしまう」
「な、何故、こんな事を・・・」
「だから何度も言ってるだろう?僕達は君を歓迎するってね。君と争ったりするつもりはないのさ」
「歓迎って、一体何を言って・・・」
料理を食べ終えたハーゲンティが立ち上がり、気味の悪い笑みを浮かべながら私の前に歩いてくる。今持っている剣を振るえば致命傷を与えることができるのだろうが、私の腕は震えて動かない。
「テミス、僕が所属している《神罰の使徒》へ来るがいい。共に真の世界を見よう」
「ネメシス・・・?」
「断る理由は無いよね?まさか、君は僕に〝逆らう〟のかい?」
「う、ぁ・・・」
腰が抜けた。
力が抜けてその場に座り込んでしまった私を、ハーゲンティはまるで子供を見るかのような目で見つめてくる。
────数年ぶりにハーゲンティが私の家を訪れたあの時、私は昔のことを思い出してその場から動けなかった。
『怖がらないで。軽く挨拶しに来ただけなんだからさ』
そう言って暫く獄中での話を私に聞かせてきたハーゲンティは、タローとベルゼブブが帰って来るのが分かったのか、特に何もせずに私の前から立ち去った。
そしてその後、私は心配してくれたタローに怒ったフリをした。そうしなければ、優しい彼はハーゲンティと戦う事になっていただろうから。
とても悲しそうな表情を見た時は胸が張り裂けそうになったが、これでいい。
彼は家を訪れたソンノさん達と共に王都へと向かった。その間に、私は何としてでもハーゲンティをこの手で葬ってみせる。
その為にここに来たのだから────
「ソンノさん達を王都に集めてこっちに来たら、素直に君が僕についてきたものだからどうしたのかと思ったけど、なるほど。その剣で僕の命を奪おうとしていたのか」
「っ・・・」
なのに何故、私は恐怖に支配されているんだ。
「やはりテミスは悪い子だね。これは少しお仕置きが必要かな?いや、その前にちょっとした魔法をかけてあげよう」
ハーゲンティが手を伸ばしてくる。
昔ソンノさんに聞いたのだが、私はこの男に洗脳魔法をかけられていたらしい。
今ハーゲンティが言った『ちょっとした魔法』。それはあの時と同じ洗脳魔法なのではないだろうか。
「───────ん?」
気が付けば、私はハーゲンティの体を斬り付けていた。愛剣が彼の体を深々と切り裂き、大量の血が顔目掛けて飛び出してくる。
自分が何をしたのか何をしたのか一瞬分からなかったが、なんとか立ち上がった私は急いでハーゲンティから距離をとった。
「・・・く、ククク」
「・・・?」
「ははっ、あははははははははッ!!!」
「何が、おかしいんだ」
立つことなど絶対にできないはず。
なのに、ハーゲンティは笑いながらゆらりと立ち上がり、そして傷口を叩きながら濁った瞳で私を見つめてきた。
「悲しいなぁテミス。もう君の脳に干渉し、僕を〝絶対に逆らえない存在〟と思い込ませるだけじゃ駄目そうだ」
何も無い場所に突然現れた槍を手に取り、ハーゲンティがゆっくりと私に向かって歩き始める。
「全ての記憶を消し、僕のことしか考えられない人形に作り替えてあげるよ」
それを聞き、言い知れぬ恐怖に襲われながらも私は魔力を纏わせた剣を構えた。
ハーゲンティ
(せっかく頑張って料理作ったのに、テミスは全然食べてくれなかった・・・)