第27話 進む恋、進まない恋
「タロー。私、王都って場所に行ってみたいわ」
あれからしばらく家で寛いでた俺達だけど、急にベルゼブブがそんなことを言ってきた。
王都か。俺もまだ行ったことはないけど、アレクシスとラスティが住んでるとこだよな。
「勿論タローもついてきてね」
「え〜」
「ふふ、デートみたいでいいじゃない」
「お前なぁ・・・」
目の前にいる少女を改めて見てみよう。
めちゃくちゃ綺麗な水色の長髪、アイドルばりに可愛らしい顔、胸はまあ・・・別に小さくはないと思うけどこれからに期待といったところか。
そんなアイドルもびっくりな魔王系美少女ベルゼブブさんから告白されたわけですが、俺は一体どうすればいいんだろう。
すごい嬉しかった。
でも、やっぱり俺はテミスのことが好きだし・・・。うーん、これは困ったな。
「ご主人さま、まおうのおねーちゃんとちゅーしてたね!」
「うぐっ。キラキラした瞳で俺を見つめながらそんなことを言わないでよマナちゃん」
「マナもご主人さまとちゅーしたいなぁ」
「嬉しすぎて泣きそう。うんうん、おいで」
俺が手招きすると、マナは何故か恥ずかしそうに両手で顔を隠してしまった。
「どうした?」
「ちょっとはずかしいかも・・・。やっぱりマナはほっぺでいーい?」
「ぐはあッ!!!」
あのマナが恥ずかしがった・・・だと!?
若干頬を赤く染めながら、それでもやっぱやめたなどと言わずにほっぺにキスしてくれるだと!?
「ちょっとタロー。私がキスした時より嬉しそうじゃないの」
「え、いや、そんなことは」
ジト目で見つめてくるベルゼブブ。
ベルゼブブにキスされた時はめちゃくちゃ焦ったけど、そりゃ勿論相手がこんな美少女なんだから嬉しいに決まってる。
でも、今俺とキスしたいって言ってくれてるのはまだ子供で、そんな子が恥ずかしがりながらそれをしようとしてるのを見ると、やっぱり癒されるよなぁ。
「ん〜、チュッ」
親ってみんなこんな気持ちで我が子のこと見てるんだろうなって思ってたら、背伸びしながらマナが頬にキスしてきた。
「お父さん、ほんと幸せだよっ・・・!」
「えへへ〜」
「やっぱり私の時より嬉しそうじゃない!もう一回するからちゃんと感想聞かせてよ!」
「ちょ、待て!ツンはどこ行ったんだよツンは!」
愛する娘の頭をなでなでしてたらベルゼブブがまた顔を近づけてきたので、さすがに恥ずかしいから肩を掴んで阻止する。
「ほ、ほら!王都行きたいんだろ?準備済ませて王都行きましょうよ!」
「む〜、逃げようとしてるわね」
「マナはどうする?」
別にしたくないわけじゃないけど、まだ幼いマナの前で何度も見せるようなものじゃないと思うんだ、うん。
「んー。マナ、テミスおねーちゃんがげんきなかったからいっしょにおるすばんする」
「え、テミスが?」
言われて周囲を見渡せば、リビングにも台所にもテミスは居なかった。ベルゼブブの相手してたから気付かなかったけど、自分の部屋に戻ったのかな。
「・・・分かった。夕飯までには帰ってくるよ。ベルゼブブ、ちょっとだけ待っててくれ」
「早くしてよね」
少し心配なので俺はテミスの部屋に向かい、そして部屋の扉をノックすると、数秒後にいつもと違って元気の無さげなテミスが中から出てきた。
「ん、テミス。今からベルゼブブと王都に行ってくるよ。マナは家に残るらしいから、戻って来るまで面倒見てやってくれ」
「・・・」
「あー、えっと。体調悪いのか?」
「別に、そんなことは・・・」
と言いつつも、明らかに普段とは違う様子のテミス。
「て、テミスも一緒に来るか?外に出たら気分も良くなるかもしれないし」
俺がそう言った瞬間、テミスは顔を上げて俺を睨んできた。
「なんで私が一緒に行かなければならないんだ」
「いや、だって───」
「二人で行けばいいじゃないか!ベルゼブブはタローのことが好きで、二人きりになりたいんじゃないのか?だから私はこうやって部屋に戻ってるのに・・・!」
「でも・・・」
「私は行きたくないって言ってるんだ!」
・・・ああ、しまった。
「ごめん、しつこく言って。迷惑だったよな」
「───え、ぁ」
「お土産買ってくるよ。それじゃ、行ってくる」
「ち、ちが、私は・・・」
これはまじで嫌われてしまったかもしれない。
そのことにかなりショックを受けながら、俺はベルゼブブが待つリビングへと戻った。
「どうしたの?大きな声が聞こえたけど」
「やっちまった・・・」
「あら、喧嘩したのね。それであの女に嫌われちゃったと。じゃあ、私とお付き合いしてくれてもいいんじゃない?」
「返事はちょっと待ってほしい。ちゃんと考えてから返すよ・・・」
「ふふ、そう。それじゃあ王都に行きましょ」
そう言ってベルゼブブが楽しげにスキップしながら玄関へと向かっていった。
あーもう。俺、王都がどこにあんのか知らないんだけどなぁ。
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「テミスおねーちゃん、だいじょーぶ?」
「大丈夫・・・」
タローとベルゼブブが王都に向かってから一時間。
リビングの掃除をしている私に、さっきからマナは何度もそう聞いてくる。こんな小さな子にまで心配されて、私は一体何をしているんだろうか。
「ご主人さまとけんかしちゃったのー?」
「っ、違う。タローは何も悪くない」
「さっき、ご主人さまかなしそーな顔してたよー?」
「・・・」
最悪だ。
間違いなく嫌われた。
タローはただ心配してくれただけなのに、なんで私はあんなことを・・・。
「私が、悪いんだ」
もしタローとベルゼブブが結ばれたとしたら、私はそれを祝ってあげなければならないだろう。なのに、そんなのは嫌だと思っている自分がいる。
結局私は何がしたいんだ?
私は、タローのことをどう思って────
「こらこら。玄関の鍵はちゃんと閉めないと、君に手を出そうとする愚かな馬鹿共が中に入ってくるかもしれないよ?」
「ッ・・・!?」
その声が聞こえた瞬間、ゾクリと体が震えた。
今のは、二度と聞きたくなかった声。
途端に体がガタガタと震え始め、全身から汗が流れ出る。
「そ、そんな。なんで、貴方が・・・」
恐怖で頭がどうかしてしまいそうだったが、私は恐る恐る振り返る。
「やあ。久しぶりだね、テミス」
「は、ハーゲンティ・・・さん」
そこに立っていたのは、爽やかな笑顔でこちらを見ている茶髪の男だった。