第26話 異性として、貴方のことが
「そんじゃ、私は王都に戻るから」
「アレクシスとラスティによろしく言っといてください」
「めんどいからやだ」
「なんで!?」
最後に笑いながら、突然現れたソンノさんは去っていった。見た目からしてとんでもない人だったな、ほんと。
「次会った時は頭蓋骨を叩き割ってやる」
「こら。女の子がなんてこと言ってんだよ」
ベルゼブブはソンノさんを良く思ってないらしく、魔力ダダ漏れの状態でさっきまでソンノさんが寝転んでた場所を何度も踏みつけている。
「それにしても、本当に大丈夫なのか?」
「何が?」
「肩の怪我・・・」
心配そうにテミスがそう聞いてきた。
こんな可愛い子に心配されるなんて、俺は幸せものだなぁ!
「はは、大丈夫だって。にしても、凄い魔法だったよな。まさかダメージを受けるとは思わなかったよ」
「タローの肩を切り裂いたのは〝空間断裂〟という魔法だと思う。そこにある空間そのものを切断する、防御不可の空間干渉系魔法だ」
「ひえぇ、恐ろしいな」
本気で腕を落とすつもりだったとか言ってたけど、ちょっとだけ冗談だと思ってた。あぶねー、あの時動かなかったらほんとに腕落ちてたな。
「そうだ。カモーンベルゼブブ」
「ん?何かするの?」
「まあ、大したことじゃないけど」
こっちに来たベルゼブブをよく見ると、さっきソンノさんの魔法を食らってたから腕とか脚を所々擦りむいている。
そこで俺は、この前教会で教わった回復魔法をベルゼブブの傷を癒す為に使った。
「擦り傷が・・・」
「こういう時、回復魔法ってほんと便利だよな。まあ、今のところ俺が使えるのは初歩のやつだけなんだけど」
数秒後、ベルゼブブの怪我は完治した。
もし骨が折れてたりしたら、今の魔法だけじゃ治しきれなかったと思う。やっぱりもっと練習して、上位の回復魔法を使えるようになりたいよな。
「あんな怪我、ほっといてもすぐ治るのに」
「綺麗な肌に傷跡が残るかもしれないだろ?」
「き、綺麗?」
「うん、綺麗」
そう言うと、ベルゼブブが急に抱きついてきた。焦って倒れそうになったけど、なんとか踏ん張って彼女の体を支える。
「私、タローになら何されてもいいかも」
「おいおい、どうしたんだよ急に」
「鈍いなぁ、ほんと」
ちょっとだけ体を離したベルゼブブが、至近距離で俺をじっと見てくる。何がしたいのかは分からんけど、この状況は凄く怖い。
「タローって、誰かとキスしたことある?」
「キス?いや、一度も無いけど───」
突然唇に柔らかいものが触れた。
「ッ!!?」
目の前には少し幼さを残したベルゼブブの顔が。
長い水色の髪からは、テミスとはまた違ったいい香りが漂ってくる。
「わぁ。マナ、ちゅーしてるのはじめてみた」
「う、ぐっ!?ちょっと、ベルゼブブさん!?な、なな、何してるんですか!?」
思考が停止して数秒間されるがままだったけど、マナの声を聞いて俺はベルゼブブから離れた。
「あ・・・嫌だった?」
「全然嫌ではないけどね?こんな可愛い女の子にキスされて嫌がる男なんていないと思います。でもね、なんで俺にキス!?」
「まだ分からないの?んー、もういいや。いつか言おうと思ってたことだし」
よく見たらベルゼブブの顔は若干赤くなっている。多分俺はあれより顔が真っ赤なんだろうなぁ・・・って思った次の瞬間。
「私、タローのことが好きよ。人間として、友達としてだけじゃない。異性として、貴方のことが」
「・・・え゛」
笑顔でそう言われ、俺は考えることをやめた。
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「・・・」
台所で黙々と食器を洗う。
タローは『俺がやる』と言ってくれたが、こうして冷たい水が手に当たっていると落ち着くので、今回は私が食器洗いをさせてもらうことになった。
「べ、ベルゼブブさん。そんなにべったりくっつかれると、俺も男だから落ち着かないんですけど」
「別にいいじゃない。私はこうしていたいの」
「ヘルプミー神様」
声が聞こえたのでそちらに顔を向けると、ソファに座りながらベルゼブブがタローに身を寄せていた。
それを見ると、何故か胸が苦しくなる。
『私、タローのことが好きよ。人間として、友達としてだけじゃない。異性として、貴方のことが』
それは告白だった。
ベルゼブブがタローを好きだということは以前聞いたから知っていたが、まさか本当に告白するなんて。
それに対してタローも嫌そうにしているわけではないし、寧ろ少しだけ嬉しそうにしているようにも見える。
「テミスおねーちゃん、どーしたのー?」
「え、いや、別に何も・・・」
「だってテミスおねーちゃん、さっきからげんきないでしょ?」
「それは・・・」
こっちに来たマナにそう言われ、私は再び視線を手元に戻した。確かに、ベルゼブブがタローに告白したのを見てから少し体が重くなったような気がする。
「ふふ、大丈夫だよ」
「そっかぁ」
全ての食器を洗い終わり、濡れた手をタオルで拭いてからずっと隣に立っていたマナの頭を撫でてやる。
「・・・」
あぁ、駄目だ。
自分が分からない。こんな気持ちは知らない。
「テミスおねーちゃん・・・?」
「っ・・・」
きっと、タローだってベルゼブブと一緒に居る方がいいに決まっている。
でも、そんなのは────
「嫌だなぁ・・・」
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「なんだと!?」
「ち、ちょっとアレくん、落ち着いて」
王都を守護している騎士団所属の友人からとある話を聞き、気が付けば俺は友人の胸ぐらを掴んでいた。
「ラスティちゃんの言う通りだぜ。このままじゃ喋れないって」
「っ、すまん・・・」
謝り、手を離す。
すると友人は拳をギリギリと握りしめ、真剣な表情でとんでもないことを口にした。
「ついさっき、第一種危険人物の《邪蛇王》ハーゲンティが脱獄した。ハーゲンティは現在も逃走中で、いつ何処で被害が出るか分からない。お前らも警戒しておけよ?」