第25話 何かが起こる可能性
「ダークフレアッ!!」
「おっと。なるほど、魔族かお前」
ベルゼブブが放った黒い炎を躱したソンノさんが高く飛び上がり、空に向けた手のひらに魔力を集中させた。
「歪空間」
「っ、空間干渉魔法か」
空に黒い大穴が出現し、ソンノさんがそこに何十発もの魔法を撃ち込んだ。その直後、地上にいるベルゼブブの真後ろに同じような黒い穴が出現。そこからソンノさんの魔法が一斉に飛び出す。
それを躱し、ベルゼブブは空に停滞しているソンノさん目掛けて跳躍した。
「降りてきなさい!!」
「落ちろ、空間振動波」
「ぐっ────」
迫るベルゼブブにソンノさんが魔法を放つ。
一瞬ベルゼブブの目の前がぐにゃりと歪んだと思った直後、ズドンという音と共にベルゼブブは地面に叩きつけられた。
なるほど、さっき俺が鎖で巻き巻きされた時にソンノさんが使った魔法は、今ベルゼブブに見せた二つの魔法だったわけか。
「・・・空間を繋げる魔法と空間を振動させる魔法か。あんたみたいな子供がそんな高位魔法を使えるなんてね」
「27歳なんだが」
「え?いや、まあ、魔族年齢だとまだ赤ん坊だし」
立ち上がったベルゼブブが砂を叩き落としながら目を見開く。そりゃそういう反応するよな。俺もそうだったもの。
「てかベルゼブブ。その人は別に敵じゃないって」
「そんなの知らないわよ。タローに傷を負わせた。だから私はあの女を許さない。絶対に殺してやる」
「ちょ、落ち着いて。こんな怪我舐めりゃ治るからさ」
「そんなところ、どうやって舐めるのよ」
「あ、確かに」
とか言ってる場合じゃないっつの。
なんか知らんけど暴走しかけてるベルゼブブを止めないと、下手したらソンノさんが死ぬ。
六芒星最強のアレクシスより遥かに強いベルゼブブが本気を出せば、テミスやマナも巻き込まれる可能性が高い。
「てか、ベルゼブブ。俺が怪我したくらいで殺すとか言っちゃ駄目だろ?みんなと仲良くしないと・・・」
「そんなの知らないってば。タローを傷付ける奴は全員死ねばいいのよ!」
全然話を聞いてくれない。
それどころか、二人は戦闘を再開した。
「お前、ただの魔族じゃないだろ。そんだけ魔力をバンバン放出してるのにまだまだ余裕そうだし・・・まさかとは思うが、魔王だったりしないだろうな」
「そうだったらどうする?」
「決まってるだろ?叩き潰す」
ソンノさんもやる気満々だし、まったく。
「叩き潰す?・・・くっ、あはははっ!人間如きがよくそんな事を言えたものね!」
ベルゼブブの身体から魔力が放たれる。すると、あの時のように空が紅く染まった。
「おいおい、この辺り一帯を消し飛ばすつもりか」
「消えろッ!スカーレット────」
「やめなさい」
高く飛び上がったベルゼブブを追ってジャンプし、魔法を放つ直前に彼女の頭を軽く叩く。
「な、何すんのよ!」
「やばい、落ちる」
「え、ちょっと!」
ベルゼブブの魔法発動は阻止できたけど、俺は彼女のように空に浮かべないので地面に墜落した。
「ご主人さま、だいじょーぶ?」
「大丈夫だぞ〜」
「えへへ、よかったぁ」
駆け寄ってきたマナがあまりにも可愛かったので、とりあえず頭を撫でてから抱っこした。
それを見て戦う気が無くなったのか、降りてきたベルゼブブと向こうにいるソンノさんが魔力を体内に戻す。
「何殺し合いしてる隣でデレデレしてんだ子煩悩」
「いやぁ、誰だってデレデレしますって」
「あー、もういいや。そいつが魔王だろうが何だろうが、もう面倒だから戦うのやーめた」
そう言ってソンノさんが俺に近寄ってくる。
うーん、何度見ても小学生にしか見えないよなぁ。
「おいタロー。なんでお前、魔族なんかと関わりがあるんだ?」
「えーとですね、それは・・・」
「あんたら人間に宣戦布告しようとしてた時に戦ったのよ、私達。それで、私が負けたから宣戦布告するのはやめたの」
「あ、言っちゃうのね」
今のでベルゼブブが魔王であると、ソンノさんも完全に理解しただろう。
「くくっ、なるほどなぁ。まさか身近な女だけじゃなく、魔族の王にまで手を出してるとは」
「手は出してませんね」
「出せよ意気地無し」
そう言ってソンノさんが欠伸しながら寝転んだ。もうこれ以上俺と戦う気もないようだ。
「あー、イライラする。なんか寝ようとしてるけど、私はまだやる気なんですけどー?」
「この人は俺の力を見ようとしてただけだよ。でも、俺の為に怒ってくれたのはちょっと嬉しかった。ありがとな」
ベルゼブブの頭を撫でてやると、何故か彼女の顔は真っ赤になった。それに加えてニヤニヤし始める。
「どした?」
「んー、今日は来てよかったなって思っただけ」
理由は分からんけど可愛いからいいや。
「まおうのおねーちゃん、ひさしぶりー!」
「神狼マーナガルムか。ほんと、タローに懐いてるみたいね。封印を解いて良かったかも」
「ん?どういうことだ?」
「言ってなかったっけ?私が封印されてた神狼マーナガルムを蘇らせてタロー達の所に送り込んだのよ」
「そうだったのか。そのおかげで俺達は出会えたんだな、マナ」
「そーなのー?」
・・・ん?
てことは、ベルゼブブは神獣種の封印を解けるってことか。
「なあ、ベルゼブブ」
「ん?」
「この前ケルベロスって奴と戦ったんだけどさ、ベルゼブブってあいつの封印解いたりした?」
「ケルベロスって・・・ああ、魔犬か。いいえ、私は何もしてないわよ。というか、マーナガルムの封印解除法が記された古い本がたまたま魔王城にあったから、私はマーナガルムの封印を解くことが出来たのよ。それ以外の神獣種を使役する方法なんて知らないわ」
「そっか・・・」
じゃあ、ケルベロスは自力で封印を破ったってことか?封印されてから何千年も経ったから、最近になって封印の力が弱まった可能性もあるな。
「又は、そこの魔王娘以外の何者かが封印を解いたか、だ」
俺が何を考えてたのか分かったらしく、寝転びながらソンノさんがそう言った。
ベルゼブブは、多分テミスを倒す為にマナをオーデムに送り込んだはず。それならケルベロスは、一体何の為に封印を解かれたんだ?
「また別の神獣種の封印が解かれる可能性もある。一応警戒しておいた方が良さそうだ」
テミスの言う通り、ケルベロスだけじゃなくてこれから何匹も神獣種が地上に姿を見せるかもしれない。
いや、もう既に現れてるかも・・・。
「タロー、何か力になれることはある?」
「え。んー、そうだな。俺はこの世界のどこに神獣種が封印されてるのかなんて全然知らないから、封印が解かれた神獣種が現れた時に対処してくれると助かるかも」
「ふふ、分かったわ。この紅魔王ベルゼブブが力を貸してあげましょう」
「おおっ、ありがとな!」
やっぱりベルゼブブは良い奴だな。
そう思いながら頭を撫でてやると、また彼女は嬉しそうに笑い始める。可愛いんだけど、初めて会った時と比べるとかなり変わったよなぁ、ベルゼブブも。
「いいねぇ、こりゃあいい。レベル2の最強男に再び現れた魔王、そして各地で目を覚まし始めた神獣種・・・。退屈な日々が続いてたけど、眠気も覚める刺激的な日々がやって来そうだ」
「俺は平和に過ごしたいんですけどねぇ」
「マナもー」
何かが起ころうとしてるのかもしれない。
でも、まだ起こってないからのんびりしたい。
雲一つ無い青空を見上げながら、俺はぼんやりとそう思った。