103.決戦!神狼VS英雄王
激しい爆発音と共に、巨大な火柱が出現する。その中心で、炎を纏う男性と水を纏う女性が魔力をぶつけ合っていた。
「熱い……いいね、消火しがいがありますよ!」
「チッ、炎すら凍らせるとは……!」
男性が大剣を片手で軽々と振るうが、猛スピードで駆ける女性には当たらない。飛び出した炎の刃も空中で凍りつき、離れた場所から放たれた水の魔弾が降り注ぐ。
それを大剣で弾く男性に女性は急接近、腹部に拳をめり込ませて魔法陣を展開した。
「零距離、【天地魔壊の大海龍大口】!!」
「ぐっ──────」
魔法陣から最上位魔法が放たれ、男性は吹き飛ばされた。そしてそのまま壁に衝突し、動かなくなった数秒後にゴングが鳴り響く。
『魔闘終了ーーー!!王都ギルド長アレクシス・ハーネット様と魔王ディーネ様の魔闘戦は、ディーネ様の勝利です!!』
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「もうっ、アレくんのおバカさん!絶対勝つって言ってくれたのに〜〜〜!」
「す、すまん。でもお前だってネビアに敗北したじゃないか」
「あたしはか弱い女性なの!」
ギャーギャー言い合っているハーネット夫妻の声を聞きながら、マナは何度も深呼吸していた。彼女の前にはユウが立ち、落ち着かせるように頭を撫でている。
「うぅ、緊張してきた……」
「大丈夫だ。今日までの努力を思い出して、全力をぶつけてくるといい」
「うん、でもちょっといい?」
「おっと……」
マナに抱き着かれ、ユウは踏ん張る。
「落ち着いてきたかも……」
「やれやれ、甘えたいだけじゃないだろうな」
「んーん、半分だけ」
暫くユウに密着し続けたマナだったが、やがてすっきりしたような表情で彼から離れ、笑顔で控え室の扉を開けた。
「行ってこい、マナ姉!」
「うん、勝ってくるね!」
王都アルテアの近くに建てられた巨大魔闘場。そこで開催されている『ティアーズ王国魔闘祭』の英雄決戦。一般人による王国最強を決めた後、かつて世界を救った英雄達のみが参加する特別な魔闘祭。
ユウも永遠黄昏解決の英雄として参加する事になった今回の魔闘祭は、過去最大規模の盛り上がりを見せている。この日の為に何日も前からソンノ達が観客席前に特殊な障壁を展開、更に空間を固定している為ソンノの魔力が尽きない限りは観客達も安心して英雄達による魔闘を観戦できるのだ。
『さあーー、皆さんお待ちかね!遂に、英雄親子決戦の時がやってまいりましたーーー!!』
実況の声を聞き、魔闘場があまりの盛り上がりっぷりに震える。魔闘が行なわれるフィールドに姿を見せた2人は、それだけ人気があるという事だろう。
『かつて魔神の手から世界を救った地上最強の男!しかし超がつく程の愛妻家&親バカで知られる我らが英雄王、タロー・シルヴァ様!!』
「いやー、どもども」
『対するは、今年度の結婚したいランキング1位の座を獲得した可憐すぎる神狼!学園の卒業式では卒業生の大半から告白されるという人気っぷりの、是非2人きりで授業がしたい愛され教師!マナ・シルヴァ様!!』
「あ、あはは、よろしくお願いします……」
魔闘場だけではない、オーデム全体が震えた。あまりの歓声に実況の声が掻き消される中、タローとマナは魔力を纏う。
「まさか俺の相手がマナちゃんになるとはなぁ。チッ、観客席のスケベ共め。これ以上いやらしい視線を俺のマナちゃんに向けるのなら、後で俺が全員個別指導してやんよ……!」
「ら、乱暴しちゃ駄目だよ?それとお父さん、お願いがあるの」
「ん?どうした、何でも言ってごらん」
ニコニコしているタローに、マナは真剣な眼差しを向けた。
「本気で来てね」
「……大きくなったなぁ、ほんと」
両者共に構え、その時を待つ。やがて、会場が自然と静まり返った数秒後。
『魔闘、開始ーーーーーッ!!』
「行くよ、降神雷脚!!」
開始と同時にマナは稲妻を両脚に纏わせ、地を蹴ってタローに急接近。それを目で追えているようだが、タローはその場から動こうとしない。
「【白刃神威】!!」
全力で放たれた蹴りを、タローは屈んで避ける。直後に脚から広範囲を消し飛ばす威力を誇る雷が飛び出し、観客席前に展開されている障壁に衝突した。
「くっ、【閃滅無双】!!」
ヴィータ戦で生み出した、雷霆万鈞の上位版とでも言うべき魔法か。攻撃を避けられたマナは、そのまま限界以上の速度で超高速連続蹴りを繰り出した。しかし、当たらない。その全てをタローは躱し続ける。
『わ、私達では目で追えない程の速度でマナ様が攻めていますが、やはりタロー様は強い!どうやらギリギリで避けているようです!』
(か、加速魔法も使ってないのにこの速さ……やっぱりお父さんは凄い!)
雷霆万鈞を使い、魔闘場内を駆け回りながら更に攻撃を仕掛けるマナ。それでもタローは全力の技をひらりと躱し、息ひとつ乱さずに笑ってみせた。
「やるなぁマナ!うーん、娘の成長っぷりが素晴らしすぎて泣いてしまいそうだ」
「はぁ、はぁ……もう、余裕ぶって!」
駆け出し、蹴りを放つと見せかけて跳躍。マナの姿を一瞬見失ったタロー目掛けて踵落としを放つ。
「【轟絶天魔】!!」
「さて─────」
ここで遂に、タローが手でマナの一撃を受け止めた。衝撃波が魔闘場を駆け抜け、障壁がビリビリと振動する。
「っ……!?」
「本気で来てって可愛い愛娘からお願いされてんだもんな。殴る蹴るは無理だけど、魔闘祭を盛り上げようか!」
ニヤリと笑い、マナの踵落としを受け止めたままタローは魔力を解放した。桁違いな魔力を浴びてマナは吹っ飛び、勢いよく壁に激突。望んでいた父の本気、それを引き出したのだ。
「さあ、マナも本気でおいで」
「うん、全力で……!」
詠唱と同時に拳を握りしめ、マナが爆発的に魔力を上昇させる。稲妻が駆け抜け、それを体内に吸収していく。
「はああああああッ!!」
そして、弾けた雷の中から現れたマナの姿からは言葉にできない神々しさを感じ、タローの頬は自然と緩む。
あれから更に完璧な魔力コントロールが可能となった半獣神化。神狼本来の姿に近づきながらも意識はしっかりと保っており、踏み込んだマナは空気を裂いてタローに接近した。
「降神雷脚、【閃滅無双】!!」
「っ、速─────」
これにはさすがのタローも驚きを隠せない。先程までとは比べものにならない速度での連続蹴りは、回避しようとするタローの体に次々と打ち込まれていく。
(いってえ……!とんでもない威力だな)
「降神雷脚、【裂電魔砲】!!」
距離をとったタローの目に映る、かなりの魔力が込められた雷球。それをマナは蹴り飛ばし、タローにぶつけて大爆発を引き起こした。
それだけでは終わらない。猛スピードで地を蹴り、宙を舞うタローを真上に蹴り上げ、障壁に衝突した彼の腹部に膝蹴りを叩き込む───が。
「やっぱ親が一番嬉しいのは、可愛い子供達の成長をこの目で見た時だな!」
「なっ……!?」
タローはそれを片手で受け止めていた。この数秒間でマナの動きを冷静に観察し、対応してきたのだ。その事に衝撃を受けながらも、マナの頬は自然と緩む。
「やっぱりお父さんは凄いね……!」
「ははっ、マナの方こそ!」
空中で繰り広げられる、別次元の攻防。衝撃波が絶えず魔闘場を揺らし続け、歓声が上がる。互いに全力だが、タローはさすがにマナを殴れない。軽くデコピンしたり、頭をポンポンしたり、背後から魔力をぶつけたり。しかしそれは、着実にダメージを加え続けていた。
「はぁ、はぁ……くっ、強い……」
距離を取り、荒い呼吸を繰り返すマナ。タローも多少は疲れが見えているものの、まだまだ余裕が感じられる。
(やっぱりあれを試すしか……でも、ぶっつけ本番で成功するとは思えないし……)
「正直、俺としてはわざと負けてマナを勝たせてやりたい。だけどそれをしたら、マナのプライドに傷を付けてしまうだろうし、真剣に挑んで来る相手に失礼だ。だから────」
「っ、この力は……!」
魔力とは違う、あらゆるものを凌駕する凄まじい力が解き放たれる。荒れ狂う白銀のオーラを身に纏ったタローは、間違いなく世界最強と呼ぶのに相応しい。
「し、神力……!」
「決着といこうか、マナ」
「くっ────」
駆け出したタローは、既にマナの背後へと移動していた。振り返った瞬間、拳圧がマナを吹っ飛ばす。直接殴られたわけではないが、あまりの衝撃にマナの意識は一瞬飛んだ。
(駄目だ、今の私じゃ勝てない……)
壁が迫る中、マナは必死に考える。どうすれば父に勝てるだろうか。そもそも、どうして自分はここまで勝利に拘っているのだろうか……と。
そんな時、目が合った。観客席に座る、最愛の人と。
(そんなの、ユウ君に褒めてもらいたいからに決まってるじゃない。それに、私はもっともっと強くなりたい。守られるだけじゃない……ユウ君と肩を並べて戦えるように……私達は二人で一つだって思ってもらいたいから……!)
目を見れば分かる。ユウは、自分が勝利すると信じてくれている。それが分かっただけで、力が湧いてきた。やはり自分が最も力を発揮できるのは、彼と想いが通じ合った時なのだ。
『マ、マナ様、壁に衝突ーーーー!!土煙で確認出来ませんが、はたしてマナ様は立ち上がる事が出来るのでしょうか!!』
タローが息を呑む。土煙の中でふらりと立ち上がった影が、秒毎に魔力を上昇させているからだ。
「おいおいマジかよ……!」
姿を見せたマナは、元の姿に戻っていた。しかし、身に纏う魔力はこれまでとは比べ物にならない。感じるプレッシャーはかつて魔神と相対した時よりも遥かに上で、英雄王の手はぶるりと震えた。
『なーるほどな。マナのやつ、神狼としての魔力を100%引き出しやがったのか』
『わおっ!?と、突然ソンノ様が実況席に!?』
『今まで7割程度しか魔力を引き出さなかったのは、神狼の本能に呑まれて自我を失わない為だった。だけどあいつ、今は獣人の姿で神狼としての力全てを引き出している。こりゃやばいぞ、下手すりゃタローやテミスに匹敵する程の魔力だ』
その言葉に誰もが驚愕した次の瞬間、マナが凄まじい勢いで地を蹴った。その速度は幾つもの残像を生み出し、その全てが同時に稲妻を放つ。
「降神雷脚─────」
「ぐぅッ……!!」
稲妻を浴びて蹌踉めくタロー。しかし、一瞬だろうと気を緩めてはならない。今のマナは、それこそ〝殺す気で〟相手をしないと止められないだろう。
「閃滅─────」
「ふんッ!!」
駆け出すマナを見たタローが、全力でフィールドを踏み砕く。足場を崩せばそれ以上は進めない。動きが止まった瞬間を狙い、心は痛むが降参させる───そう思ったのだが。
「─────無双!!」
「ぐッ……!?」
どうやら読まれていたらしい。既に跳躍していたマナは障壁を足場にしてタローに急接近、目にも留まらぬ速さで連続蹴りを叩き込んだ。
かなり効いたらしく、遂にタローが膝をつく。娘相手に手を出せないというのも追い込まれている理由ではあるが、単純に一撃の破壊力が桁違いだった。それに、タローですら一瞬姿を見失う程マナの移動速度は凄まじい。
(やばっ……これはマジでやばい……!)
「【テラ・ボルテクス】!!」
「だらっしゃあああああッ!!」
放たれた最上位雷魔法がタローを包む。しかし、それを神力で弾き飛ばし、タローは猛スピードで駆け出した。
「っ、その動きは……」
「秘技、スーパー娘センサーだ!直感で進行方向を予測してついて行くぜ!」
「なら……!」
更に移動速度を上昇させ、魔闘場内をマナは駆け回る。観客達にはフィールドで何が起きているのかさえ分からないだろう。本来の力を解放したマナは、間違いなくタローにとって最大級の脅威となっていた。
「ははっ、最高だ……!」
「えっ?」
「いつかマナは俺以上に強くなるって思ってた。ほんと、最高だよ!」
拳に神力を纏わせ、タローが構える。それを見たマナは、壁に巨大な魔法陣を展開して足を置いた。壁に引っ付いたような状態で静止したマナ。これが互いに最後の一撃となる筈だ。
「来い、マナ!!」
「うん、行くよ!!」
魔法陣が弾け、マナがタロー目掛けて弾丸の如く壁を蹴った。最高速度で迫るマナを迎撃しようとタローが拳を振るうよりも速く、マナはタローの腹部に足裏を当てる。
衝撃で吹き飛びそうになったタローだったが、驚くべき事に踏ん張ってみせた。そして勝利を確信して顔を上げた直後、足裏から展開された魔法陣を見て目を見開く。
「まさか、これが狙いか……!」
「【マーナガルムロア】ーーーーーッ!!!」
「うお───────」
次の瞬間、魔法陣から放たれた極大魔法が障壁を貫き、魔闘場を破壊して遥か遠くの空で大爆発が起こった。観客に被害は出なかったものの、至近距離でそれを食らったタローは魔闘場の外に吹き飛ばされたらしく……。
「あっ、ど、どうしよう!お父さーーーん!」
『これは……ええと、場外です!タロー様、場外へと吹き飛ばされた為敗退となりました!よって、勝者はマナ様となります!』
焦りながら魔闘場の外へと駆け出していったマナを見てユウは苦笑し、勝利を祝福する観客達の声援が魔闘場を震わせた。