101.金色の夜明け
目の前にそびえ立つ世界樹。地上へと転移したマナ達は、終末領域の中に向かったユウとヴィータの無事を祈ることしかできない。
「うっ、うぅっ、うっ……」
「姉さん……きっと大丈夫ですよ」
「おいおい、戦いは終わったのか?」
先程から泣き止まないマナを、クレハが涙を浮かべながら慰めていた時、一斉にソンノやタロー達が転移してきた。そしてタローは泣いているマナを見て早速取り乱し、事情を聞いて納得する。
彼の隣に立つテミスは顔を青ざめさせ、ソンノやベルゼブブ達も動揺していたが、そんな彼女達にタローはまあ大丈夫だろと声をかけた。
「お父さん……?」
「2時間半で帰ってくるって約束したんだろ?それじゃあ信じてやらないとな」
「でもぉ……」
「まっ、あいつはこの俺とテミスの息子だ。サクッと世界を救って帰ってくるさ」
「どこかの誰かさんには4年も待たされたけど」
「うぐっ、テミスぅ」
テミスの言葉を聞いて半泣きになるタロー。それを皆が見て、重い空気が少しだけ軽くなった気がした。そうだ、いつまでも泣いているわけにはいかない。
(お願い、無事に帰ってきて……ユウ君)
この想いが、最愛の人に届くと信じて。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
闇に包まれた拳が、白銀の魔力を纏うユウの顔面を歪める。しかし次の瞬間、踏ん張ったユウの拳がロイドの顔面にめり込んだ。
世界を揺るがす決戦は、全ての魔力を得て神の領域へと踏み込んだ1人の少年と、終末領域を完全に取り込んだ負の化身によって繰り広げられている。力を失ったヴィータには、2人を目で追うことすら簡単ではない。
「おのれええッ!!ユウ・シルヴァあああッ!!」
大量の魔法陣を展開し、漆黒の槍を撃ちまくる。それをユウは冷静に神雫で弾き返し、突きを放ってロイドを吹き飛ばした。
「新世界に神は2人もいらないぞおおおッ!!」
「ああ、そうだな────」
着地し、闇を纏って駆け出したロイド。そんな彼が放つ魔法を全て躱し、すれ違いざまに腹部へと膝蹴りを叩き込む。
「神様は、ユグドラシル様やティアーズ達だけで充分だ」
「ぐっ、ごはッ……!」
蹌踉めきながら、ロイドは頭を掻き毟る。しかし、何故かケタケタと笑っている。不気味に体をくねらせながら、ロイドは狂ったように叫び出した。
「アーーーヒャッハッハッハッハァッ!!調子に乗るなよ糞ガキが!!カスがカス共の魔力を得たところで、何勝った気になってるんだあああッ!?」
放った瘴気が身を黒く染め上げ、ロイドを更に異形の存在へと変貌させていく。
『ユウ様、敵の魔力が爆発的に跳ね上がっています……!』
「ここは奴のホームだ。終末領域を取り込めば取り込む程力が増すんだろう。だが────」
腰を低く落とし、魔力を神雫に集中させてユウは構える。母が得意とする抜刀術、その構えだった。
「勝つ。それだけだ」
『なんと心地よい魔力……ええ、全力でお供いたします』
「しいいぃねええええええッ!!!」
ロイドが駆け出し、凄まじい勢いでユウに迫る。しかし、それすらも上回る速度でユウは技を放った。
先程のヴィータ戦でも見せた終ノ太刀。凝縮された魔力が空間を引き裂き、ロイドの胴体を上下に両断。直後に納刀したユウは、這いつくばりながら笑うロイドを睨む。
「無駄なんだよ、無駄!人を超越した私に、その程度の攻撃が通じると思っているのかい!?そのおめでたい頭を叩き割ってやりたい気分だ!」
「……神というより悪魔だな」
切断面から漏れ出した瘴気が交わり、胴体は再び引っ付いた。まるで何事も無かったかのようにロイドは首を鳴らし、おぞましい量の終末領域をその身に取り込む。
「さて、そろそろ終わらせようか?」
「チッ、面倒だ」
ロイドが大量の魔法陣から次々と魔法を放つ。それを弐ノ太刀で迎え撃ったユウだったが、一瞬で背後へと移動したロイドに蹴り飛ばされて宙を舞った。
そしてロイドは跳躍し、そのまま空中でユウを叩き落とす。派手に落下したユウは地面にめり込み、更に真上から闇魔法を連続で浴びて巨大なクレーターが出来上がる。
「ほらああ、さっきまでの勢いはどうしたんだああ!?」
クレーターの隣に着地したロイド。直後、足元に巨大な魔法陣が展開された。
「っ、これは────」
「【刺し穿つ銀の剣山】」
そこから飛び出した大量の剣がロイドの全身を斬り裂く。傷はすぐに再生したものの、煙の中から飛び出したユウは蹌踉めいたロイドを逃がさない。
「肆ノ太刀【三日月】……!」
「ぐうっ!?」
振り下ろされた神雫を咄嗟に腕で受け止めたロイドだったが、その衝撃で吹っ飛んだ。しかしユウは攻撃の手を緩めない。
「漆ノ太刀【月衝閃】!!」
「ごはあっ!!」
突きが猛スピードでロイドに迫り、その体を魔力が貫く。
「お前こそ、さっきまでの勢いは何処に行った?」
「このッ、ゴミがああああああッ!!」
秒毎に増していくロイドの魔力。これ程までの終末領域を取り込んでも、まだユウを圧倒できない。段々と、ロイドは焦り始めていた。
「さっさとくたばれえええええッ!!」
「陸ノ太刀【銀月輪】!!」
「世界を統べるのは、この私だああああッ!!」
銀色の刃を消し飛ばし、ロイドがユウの顔面を全力で殴る。しかし、ユウは倒れない。
「世界の支配とか、そんなものに興味は無いよ」
「なっ……!?」
「大切な人達と、毎日笑って過ごせたらそれでいい」
お返しとばかりに放たれたボディブローがロイドの腹部を陥没させた。あまりの衝撃にロイドは血を吐き、フラフラと後ずさって膝をつく。
「くっ、くくくっ……随分つまらぬ夢を抱いているようだねぇユウ君。笑って過ごす、それだけで満足かい?何をいい子ぶっているんだよ、本当は色々我慢しているんだろおぉ?」
「あ?」
「だってマナ先生に嫌われたくないんだもんねぇ?あんなに素敵な人を前にすれば、我慢するだけでも大変だよねえぇ?」
「お前、何が言いたい」
「分かりやすいなぁ、マナ先生の事になると君はすぐ怒る。そういう怒りや欲望も、全て私の力になるんだよユウ君んんん……ッ!!」
「っ、ユウ君離れて!!」
ヴィータの声を聴いてユウが振り返った瞬間、ロイドが終末領域を一気に解き放った。それは空間を粉々に吹き飛ばし、負の感情が表の世界へと溢れ出す。まるで波のようにそれは広がり、次々と町を領域内に取り込み始めた。
「ぐっ、町が終末領域の中に……!」
「ひゃはははははは!!これが終末領域を支配する神の力!!全部……全部この私が取り込んでやるよおおおおッ!!」
闇は巻き込まれた人々を一瞬で蝕み、魔力を吸い上げ灰に変える。そんな光景を見てユウは拳を握りしめ、両手を広げて叫ぶロイドに斬撃を放った。
しかし、斬撃はロイドが纏う魔力に弾かれ消滅。攻撃された事すら気付かなかったのか、ロイド狂気的な笑みを浮かべ続ける。
「いいぞ、どんどん力が増していく!!もうすぐだ……もうすぐ私の夢は叶うんだあ!!」
「こんの……変態ストーカー野郎がッ!!」
『だ、駄目ですユウ様!敵の現段階の魔力量は、先程の比では────』
激怒したユウがロイドに接近、膨大な魔力を神雫に纏わせ振り下ろす───が、それをロイドは片手で受け止め、驚きのあまり動きが止まったユウを容赦なく殴り飛ばす。
「ッ──────!!」
「君に理想を実現させるだけの力があるかあ!?」
更に闇を落としてユウに直撃させ、取り込まれた町ごと吹き飛ばす。咄嗟に魔力を壁にしてダメージは減らしたものの、魔法はユウの魔力を貫通していた。
「その程度でマナ先生を幸せにできるのか!?」
急接近と同時に腕を振り下ろし、手刀でユウの肩を切り裂く。それによって噴き出した血を浴びながら、ロイドはニタリと笑みを浮かべた。
「無理に決まってるよねぇ……?」
「ごふっ……!」
顎を蹴り上げられ、ユウは派手に転倒する。ティアーズが必死に傷を癒しているものの、終末領域の瘴気が回復を阻害しているらしい。明らかに、世界樹の超速再生能力が機能していない。
「ねえユウ君、君の正義はそんなものなの?」
倒れるユウの頭を踏みつけ、ロイドは言う。
「ほら、分かりやすい構図だよ。君が世界を守る為に戦う正義の味方で、私は理想を実現させる為に戦う絶対悪。だけど、必ず勝つ筈の正義はこのざまだ。奇跡なんてものは信じない事をオススメするよ。ここは負の感情が集まる終末領域、善は全て悪にひれ伏す世界なのさ」
ミシミシと、嫌な音が鳴った。
「しかし、私は悪から神となる!穢れた大地を浄化し、世界に美しい輝きを取り戻す!その中心で輝くのがマナ先生だ!もう一度その身から汚れを取り払い、魂を磨き……そう、新世界の女神として生まれ変わるのだ!」
ユウを蹴り飛ばし、ロイドは恍惚とした表情のまま腕を広げて天を見上げる。
「これを神と言わずして何と言う?腐ってしまった世界に再び光を与える、それは間違いなく正義だ。その世界に必要なのは、マナ先生のように美しい存在だけなのだよ。君達人間や魔族、その他諸々の種族は私とマナ先生……いや、我が妻となるマーナガルムの世界に不必要なのさ!!」
ヴィータは戦慄していた。自分がやろうとしていた事は、今のロイドと同じような事だったのだ。誰が見ても狂っている。そんな理想の為に、全てを犠牲にしていい筈がない。
「……馬鹿馬鹿しい」
そんな彼女と同じ考えだったのか、そんな声が聞こえた。ふらりと立ち上がったユウを見て、ヴィータの目から涙が零れる。
「おい、神に向かって何様のつもりだい?」
「マナ姉が女神というのは認めよう。だけど、お前のような神は誰も望んでいないんだよ」
ボロボロのユウが、ロイドを睨む。
「害虫共から望まれる必要なんて無い。世界を作り替える力があるからこそ神なんだ!君には一生分からな────」
そんなボロボロのユウに、どこからともなく浮遊してきた小さな魔力の粒が吸い込まれていった。上を見れば、他にも大小様々な大きさの魔力がユウに向かって飛んできている。
まるで、夜空に輝く流れ星のように。どこまでも暗い終末領域を、流星が駆け抜けていた。
「な、なんだ……何が起こっている」
「やはり君は神になれないよ、ロイド」
魔力を取り込み続けるユウを見て、ロイドは手元に魔法陣を形成する。そんな彼に、ヴィータが座り込んだままそう言った。
「神とは、世に生きる全ての生命に希望の光を与える者。人々の願いを聞き、叶える者。それに相応しいのは君じゃない」
「だ、黙れ!この程度の魔力を取り込んだところで、真の神たるこの私には─────」
「皆の想いを感じる」
取り乱すロイドの前で、ユウが胸に手を当てる。
「ヴィータや共に戦った仲間達、尊敬する英雄達」
あまりにも膨大な魔力を、ユウは完全に我がものにしていた。
『ユウ、負けんなよ!』
『信じているぞ、ユウ……!』
『私達の想いを、兄さんに!』
「いつも俺を支えてくれる家族達」
時間をかけて馴染んだ魔力。その全てを解き放つ時が来たのだ。
『勝って、ユウ君……っ!』
「誰よりも大切な人」
不敵に笑い、少年は言う。
「皆を守る為なら、俺は何度だって立ち上がる!!いくぞ、全魔力解放ッ!!」
次の瞬間、ロイドは知った。否定し続けた、人々の希望となる存在が……今此処に誕生したのだと。
「か、神─────」
「うおおおおおおおおおおッ!!!」
目で追えない程の速度でユウはロイドに迫り、全力で神雫を振り下ろした。その一撃は咄嗟に交差したロイドの腕を豆腐のように切断し、飛び出した魔力の刃がロイドを遥か遠くへ吹き飛ばす。
「真・捌ノ太刀!!」
「お、おのれええええッ!!」
「【月落】!!」
一瞬でロイドの真上へと移動したユウ。彼が放つ超高速の連続突きは腕を再生させたロイドを容赦なく切り刻み、地面に数え切れない程のクレーターを作り上げた。
「真・伍ノ太刀!!」
血を吐き宙を舞うロイドを、ユウは逃がさない。
「【天魔月食】!!」
「ぐおああああああ!?」
剣先から伸びた不可視の刃がロイドを斬り裂き、更にユウは神雫を連続で振るう。ロイドはそれを直感で躱しているものの、刃が身に触れた際に受けるダメージは桁違いだった。
「巫山戯るなァ!!【フューネラルゲート】!!」
空間を裂き出現した門から大量の腕が飛び出しユウに迫る。しかし、その全てが一瞬で弾け飛んだ。目に見えない程の超高速連撃。真・弐ノ太刀【閃月】をユウが放ったのである。
「ぐっ、馬鹿な!今の私がどれ程終末領域を取り込んでいると思って……!」
『これがユウ様の力です、終末の化身よ!』
「ぬうっ!?」
神雫を受け止めた腕がひび割れる。
『自らの発言、行いを悔いなさい!貴方は偉大なる我が主の手によって討たれるのです!』
「ノリノリだな、ティアーズ……」
『これ程までに気分が高揚したのは初めてです、ユウ様!今ならこの程度の魔力、敵ではありません!』
「こ、この程度の魔力だとォ!?貴様、私は神だぞ!?私の魔力はあらゆるものを凌駕する────」
「本物の女神様に何言ってるんだお前」
蹴り飛ばされ、ロイドは吹っ飛ぶ。あまりの衝撃に纏っていた魔力が弾け、耐久力が一気に低下した。
「【雷霆万鈞】」
「っ、マナ先生の……!?」
「合技だ、【限界加速】」
2つの加速魔法を同時に使い、稲妻を纏ったユウが地を蹴る。その速度はマナがヴィータ戦で見せたものを遥かに上回っており、瞬きをする間に数え切れない程の連撃をロイドは叩き込まれた。
終末領域が肉体を侵食していなければ弾け飛んでいただろう。全身が陥没する感覚を味わいながら、終末の化身は勢いよく地面に衝突する。
「真・漆ノ太刀【滅衝閃牙】!!」
「終末領域よ!!」
突きが空間を貫く中、ロイドは更に終末領域を取り込んだ。ボコボコと肉体が盛り上がり、より異形の存在へと化していく。
「飲み込んでやる……全て私が飲み込んでやる!!君は新世界に最も不必要な存在なんだ!!」
「なら、お前は今の世界に必要の無い存在だ」
「必要だよ!私はこの世界の声を聴いている!私は世界から必要とされているのだ!世界の滅亡は世界の運命、それを否定するなど間違っている!」
「この世界の声、ね。主神であるユグドラシル様はそんな事言っていなかったし、世界を守る為に力を貸してくれたが」
「あんな女が主神?笑わせるなよ!!」
ロイドの拳を首を傾けて避け、逆に顔面に魔力を纏わせた拳をめり込ませる。そのまま腕を振り抜き大砲のように吹っ飛ばし、回転するロイドに追いつき腕を掴み、全力で地面に叩き付けた。
「私の行いは結果的に穢れた世界の救済へと繋がるというのに!何故君にはそれが分からない!」
「お前はマナ姉が欲しいだけだろうが。そう言えば俺達が満足してくれるとでも思っているのか?」
「それの何が悪い!?欲しいものの為なら、人はどんな事でもするものだ!」
「そういう事だ。つまりお前は神じゃない」
「いいや神だッ!!」
追撃しようとしたユウを蹴り上げ、立ち上がったロイドは距離を取る。充血して真っ赤に染まった瞳からは、涙のように血が名が落ちていた。
「神、即ち万物の頂点!!始まりも終わりも、全てこの私が支配するのだ!!」
『終末領域に精神を侵食されているのでしょう。ユウ様、このままでは世界全体が闇に沈みます』
「ああ、決着の時だ」
互いにゆっくりと歩きながら、爆発的に魔力を高めていく。そして魔力が極限まで高まった次の瞬間、同時に拳を互いの顔面に叩き込んだ。
両者共に吹っ飛んだものの、再度距離を詰めて神速の域に達した次元の攻防が幕を開ける。
拳を避け、神雫を振るうユウ。それを展開した障壁で弾いてロイドは膝蹴りを放つが、ユウも膝で受け止め頭突きでロイドの体勢を崩す。
「【ストームハンマー】!!」
「ぐおッ!!」
暴風を纏わせたユウの拳がロイドの顔面を歪め、吹き飛ばす。更に連続で放たれた斬撃を浴びて地面を転がるロイドをユウは蹴り上げた。
「【ライジングストーム】!!」
「な、仲間の魔法を─────」
魔法陣から激しい稲妻を帯びた竜巻が飛び出し、ロイドを飲み込む。全身が焼けた彼目掛けてユウは跳躍し、強力な身体強化魔法を自身に付与した状態で膝蹴りを叩き込んだ。
それだけでは終わらず、魔法陣を踏み台にして何度も蹴りを放ち、最後に雷を纏わせた踵落としがロイドの顔面にめり込み、地面に向かって墜落させる。
(何故、神である私がこんな目に……?)
地面に衝突したロイドは、ふらりと体を起こしてぼんやりとそう思う。
(神とは至高の存在……傷を負う事も老いる事も無い、人智を超えた万物の頂点……なのに、何故私はただの人間にここまで追い込まれているんだ……?)
「【炎狼破獄陣】!!」
真上から投げられた炎の槍が目の前の地面に突き刺さり、広がった巨大魔法陣が大爆発を起こす。
(何故だッ……!?)
「【世界樹の星根】!!」
呼び出された世界樹の根をロイドの全身に絡ませ、動きが止まったところを全力で斬る。完全に圧倒されながら、ロイドは何度も地面を転がった。
「終わりか?ロイド」
「ぐぬっ、ううぅ……!」
拳を握りしめ、ロイドは唸る。
「くっ、ふふふっ……」
そして、笑った。
「……?何がおかしい」
「くひひっ!くひゃははははははっ!!」
これ以上終末領域を取り込み、どのような存在になろうというのか。ほぼ完全に自我を失っているロイドは、狂ったように笑いながらとてつもない速度で駆け出した。
「お前なんかにいぃ、私のマナ先生を渡してたまるかあああああッ!!!」
「お前じゃマナ姉を幸せにはできないよ」
迎え撃つユウは、神雫から大量の魔弾を駆けるロイドに撃ち込む。それを障壁で防ぎ爆煙の中から飛び出したロイドだったが、その隙に距離を詰めていたユウに蹴られて体勢を崩す。
「マナ姉はな、優しいんだ。困っている人を見たら放っておけないし、誰かの力になれる事が何よりも嬉しい人だ。俺が悩んだりしていたらさり気なく隣で支えてくれる、そんな人」
「そんな事は分かっている!!」
「確かに、マナ姉はお前の言う通り綺麗で美しい心の持ち主だ。けどな、それを汚そうとしているのはお前自身なんだよ」
振り下ろされた神雫を受け止め、ロイドは更に魔力を解き放つ。
「私がマナ先生を汚す!?そんな筈がないだろう!!私はあの輝きを失わせない為に、この世界を作り替えるのだッ!!」
「結局は自己満足だろうが。悪いが、お前のようなくだらない男にマナ姉を付き合わせる気は微塵もない」
「何様だあ!?私は神だ、神の言う事は絶対だ!!世界の浄化、そして再生!!マナ先生だってそれを望んでいる筈!!」
ユウを魔力で吹き飛ばし、接近して連続でユウを殴りまくる。それを全て受け止めながら、ユウは先程泣かせてしまった最愛の人を思い浮かべた。
「マナ姉が、お前の話を聞いて賛成してくれると思うのか?」
「当たり前だろう!!マナ先生こそ唯一の理解者、君の言う通りマナ先生は困っている人を放っておけないからねえ!!」
「そんな誰よりも優しい人に、世界を滅ぼす手助けをしろとお前は言えるのかッ!!」
荒れ狂う魔力がロイドの動きを鈍らせ、拳が顔を歪め、蹴りが骨を粉砕し、白銀の刃がその身を斬り裂く。
「これ以上大切な人を傷付けて、その先に幸せなんてものが待っていると思うのかァッ!!」
「黙れえぇえぇぇええーーーーーーッ!!!」
終末領域が一斉にユウを襲う。まるで意志を持った悪魔のように迫る闇を躱し、斬り、弾きながらユウは踏み込んだ。
「君に何が分かる!?努力しても報われず、研究の結果も馬鹿馬鹿しいと相手にされず、毎日毎日蔑まれて生きていた者の気持ちが!!だから逃げるように駆け込んだ学園で死ぬ程努力したさ!!それを評価してくれたのがマナ先生なんだ!!私を支えてくれたのがマナ先生なんだああーーーーーッ!!」
「うるさいッ!!」
本気の頭突きがロイドの顔を歪め、連続で放たれた技の数々が闇を斬り刻む。
「もう言い合うのも面倒だからはっきり言おう。俺はマナ姉が好きだ。大好きだ!これからもずっと一緒に居たい、支え合って行きたいと思ってる!だからお前には渡さない!マナ姉にはずっと笑顔でいてほしいから……それが俺の戦う理由だ!!」
「ぬうぅおおおォォあああああッ!!!」
ふらついたロイドだったが、踏ん張って終末領域を更に取り込む。そんな彼の眼前で、ユウは全ての魔力と神力を神雫に纏わせた。
「ティアーズ、行くぞ!!」
『はい!これが人々の想いを結集させた最終奥義です!!』
「滅ぼしてやる……この世の全てを滅ぼしてやるうぅッ!!【永劫なる終末世界】オオオオッ!!!」
その闇の中では全ての命が無に還る。しかし、かつて落ちこぼれだと言われていた少年は、溢れる程の想いを背負ってその闇の中を駆け抜ける。
「なあッ……!?」
「うおおおあああああああッ!!」
やがて、遂に闇を抜けた少年は目で追えない程の速度で終末領域を疾走し、四方八方から負の化身を斬り裂いた。あまりの速さに軌跡は光の筋として残り、再生が追いつかずに負の化身はこの後訪れる終わりを実感して目を見開く。
「真・終ノ太刀!!」
「まだ……だ……」
離れた場所に姿を現した少年が輝く神雫を振り上げ、交わる2つの力は空間全体を照らす程の閃光を放ち。
「【滅神裂破】!!!」
振り下ろされた神雫から解き放たれた光は闇を祓う金色の刃となり、負の化身を包み込む。
「私は……マナ先生の為に……汚れの無い美しい世界を───」
やがて、最後の一撃は空間全体まで広がり……この世のありとあらゆる負の感情が流れ込む終末領域は弾けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あ……」
光が弾け、世界中に光が降り注ぐ。広がり続けていた終末領域はその光に照らされ消滅し、金色の夜明けが訪れた。
その瞬間、人々は知る。長い戦いが遂に終わりを迎えたのだと。ある者は涙を流し、ある者は抱き合って喜び、ある者は救世主に手を合わせた。しかしその一方で、後悔する者達も居る。
込められていた魔力によって起動した魔導フォン。そこに表示されていた時間は、マナが世界樹の外へと転移してから丁度3時間が経過した事を教えてくれた。
「ユウの魔力が……消えた」
拳を握りしめ、ソンノは言う。他の者達はそれがどういう事なのか分かっていたようで、テミスは口元に手を当てて涙を流し、クレハも号泣しながら崩れ落ちる。そんな彼女達に寄り添うタローも馬鹿野郎と涙を浮かべ、学園の仲間や英雄達も、共に戦えなかった事を激しく後悔した。
「嘘、だよ……だって、2時間半で帰るって約束したじゃない……」
マナは、誰もいない虚空に手を伸ばす。
「ねえユウ君、居るんでしょう……?いじわるしないで、返事してよ……」
「……マナ、ユウはもう」
「そんな筈ない!!」
肩に置かれたソンノの手を払い、マナは俯きながら怒鳴る。
「だって……だってユウ君は……っ!」
どれだけ周囲を見渡しても、どれだけ魔力を探っても。最愛の人を感じる事はできなかった。
「うっ、くぅっ……うあぁ……」
両膝をつき、ポタポタと零れ落ちる涙が地面を濡らす。
「嫌だよぉ……お願いだから、いつもみたいにマナ姉って呼んでよぉ……!」
どれだけ待っても、返事はない。
「うああああああああっ!!」
「マナ……」
泣き叫ぶマナを見つめながら、何を言ってやればいいのかと思っていた時。ふと妙な魔力を感じ、ソンノは空を見上げた。
「ソンノさん……?」
「空間が歪んでいる……まさか!」
次の瞬間、ビシビシと空がひび割れた。何事かと全員が一斉に顔を上げ、そしてまさかと期待する。
やがてそれに応えるかのように空間が砕け散り、中からボロボロになった少年が飛び出してきた。
「うおあああああっ!?」
「え……きゃああっ!?」
目の前に落下し、地面に衝突した少年。彼を見て、マナの頭の中は真っ白になる。
「ユウ、君……?」
「お、おー、マナ姉……無事で良かった」
「本物、なの……?幽霊じゃない……?」
「当たり前だろ……ぐえええッ!?」
震える指先で、マナは少年の頬を何度もつつく。そんな時、割れた空から落ちてきた少女がうつ伏せになっている少年の上に落下。少年……ユウは変な声を出した。
「あ、あはは……ごめんユウ君」
「し、死ぬかと思った……」
「………………………」
無言で涙を流すマナを見て、ユウは痛みに耐えながらにっと笑う。
「約束、ちゃんと守っただろ?」
「時間過ぎてるよ、馬鹿ぁ!!」
マナが抱き着いたのがきっかけとなり、この場に居た全員がユウに押し寄せる。もみくちゃにされながら帰還を祝福される彼を、ヴィータは優しさに溢れた瞳で見つめていた。