98.絆を信じて
「そん、な……なんだよ、それ……」
世界樹の記憶。それを見たユウは言葉を失い、マナやクレハ達も呆然としていた。暴走、破壊、自身の死……そんな光景を見たのだから、この反応は当然だ。
そして、そんな彼らの前でヴィータは微笑む。幸せを望み、その結果愛する者の全てを奪ってしまった終の女神。
だからこそ、もう世界を救うなどという夢は見ない。どれだけ足掻いても滅びの運命から逃れられないのなら、愛する者以外は何一つ必要ではない。
「私は1度、ユウ君やマナ先生を殺しているんだ。そしてその後、核の魔力を使って時を超えて来た。全ては君を救う為だよ、ユウ君」
「お、俺を……」
「でもまあ、ショックだよね。私が時を跳躍した事で、英雄達が死んだ世界と君達全員が力を合わせて私に挑んだこの世界に分かれた。もう一つの世界は、平行世界としてまだ存在している筈だよ」
ゆっくりと歩き、倒れるかつての仲間達の隣を通り過ぎる。この敵は、あまりにもスケールが違い過ぎた。口だけで世界を滅ぼすなどと言っているのではない。本当に、それを可能にするだけの力を持っている。
(無理だ……私達程度じゃ、ヴィータちゃんを止められない……彼女の理想を阻む事なんてできっこない……!)
あまりの絶望に涙を流してマナは思う。この状況をどうにかするなど、父であるタローやテミス、英雄達でも無理だろう。
「1度全てを失っているからこそ、私は何も躊躇わない。理想の新世界を創造する為に、君達には消えてもらうよ」
「待て……まだ、終わってないだろ……」
震える声が、全員の耳に届く。マナは、立ち上がった1人の少年を見て更に涙を溢れさせた。
そう、父や母には無理かもしれない。しかし、彼なら……自分が最も信頼し、愛しているユウなら。
「世界樹の記憶を見て、より決意が固まったよ。ヴィータ、やっぱり君に世界を滅ぼさせたりなんてできない」
「だから言ったよね?私が世界を滅ぼそうとしなくても、最終的には終末領域がこの世界を完全に侵食する。そうなった場合、もう何もかもが手遅れになるんだ」
「たった1人残されたとして、俺は幸せになんてなれない。それにヴィータ、これ以上君に辛い思いをさせるわけにはいかないからな」
「っ……!」
ヴィータが僅かだが動揺をみせた。そんな彼女を見てユウは神雫を握りしめ、再度魔力を纏い直す。
「どれだけ強がろうと、俺の目は誤魔化せないぞ。親父達と戦っていた時も、世界を滅ぼすとかそういう事を言った時も、君は本当に辛そうな表情を浮かべるんだ。無意識だろう?」
「そんな、適当な事を……!」
「ああそうだ、俺は知っている。本気で君が世界を救おうとしていた事を……誰よりも平和を願っているという事を!」
ヴィータが目を見開く。これまでとは比べものにならない程の力がユウの体を駆け巡り、闇を照らす銀色の閃光となる。あの時、曇りの無い美しい心を持つ夫婦が立ち向かってきた時。
誰よりも慈愛に満ちた母が放った銀の魔力。そして誰よりも勇敢な父が放った世界樹の力───すなわち神力。その二つを同時に纏い、ユウは神雫を構えた。
「───………ッ!だったら、だったらその力で私を止めてみなよ!君の想いは私を越える事なんてできやしないんだ!」
「ああ、1人ならな!だけど俺には仲間がいる!どれだけ絶望的な状況になろうと、背中を押してくれる頼りになる仲間達が!」
ユウの背後で、マナやクレハ……彼の仲間達が立ち上がる。もう全員恐怖など忘れてしまったかのように、本気で覚悟を決めていた。
「行くぞヴィータ、これが最後の戦いだァッ!!」
「このっ、わからず屋ああッ!!」
ヴィータの姿が消え、同時にユウも地を蹴った。次の瞬間凄まじい力と力がぶつかり合い、空間が激しく振動する。
「風ノ太刀────」
「っ、なんだその構えは……!」
人の域を超えた速度で駆け回り、互いに何度も神力と魔力を衝突させるユウとヴィータ。しかし見た事も無い構えをとったユウの前で、ヴィータは咄嗟に障壁を展開した。
「【絶空】!!」
「くっ、障壁を一撃で……!?」
膨大な神力を風へと変え、全力で振り上げた刀から刃が放たれた。それはヴィータの障壁を粉砕し、彼女を勢いよく弾き飛ばす。
「炎ノ太刀───」
「神力を各属性の魔法に変換しているのか。なるほど、魔力で生み出した魔法よりも威力は遥かに高い……厄介な事をしてくれるものだねッ!!」
「【灼砲】!!」
突きが燃え盛る咆哮となり、虚空を蹴ったヴィータを包み込む。しかし彼女はその場で回転して炎を消し飛ばし、ユウに急接近して彼の顎に膝蹴りを叩き込んだ。
「でも、遅い!その程度じゃ私には届かない!」
「だから、俺だけならな……!」
「っ!?」
ふらりと蹌踉めいたユウの背後で閃光が解き放たれ、半神獣状態となったマナが駆け出した。恐れを捨てた彼女は全てを置き去りにする程の速度を手に入れ、完全に反応が遅れたヴィータを本気で蹴り飛ばす。
(馬鹿な、目で追えなかった……!?)
「降神雷脚、【閃滅無双】ッ!!」
「がはッ!!」
吹っ飛んだヴィータに一瞬で追いつき、炸裂した膝蹴りに続いて目にも留まらぬ速さで何度も蹴りを放つマナ。それを完全にはガード出来ず、ヴィータは遥か上へと飛翔した。
(まさか、ユウ君が全員に力を与えているというのか!?微量だけどマナ先生から神力を感じる……選ばれた者しか身に宿せない神力の共有なんて、聞いたことが無いッ!!)
「逃しません!【世界樹の星王】!!」
呼び出された世界樹の根が巨人となり、ヴィータを下に叩き落とす。更に数えきれない量の根がヴィータに絡みつき、そこにリースとソルが突っ込んだ。
「なんか、今やったら何でもできる気がする!」
「じゃあ俺とデートを────」
「それは嫌です!」
リースの拳がヴィータの腹部にめり込み、浮いた体にソルが槍を振るう。根が全身の自由を奪っているので真横から迫る薙ぎ払いをヴィータは避けれない。確実にその一撃は彼女を捉えたかと思われたが、全方向に魔力を放って根を消し飛ばし、ヴィータは高く跳んだ。
「【裂龍輝弾】!!」
「あまり調子に乗らないことだね、人間風情が!終の女神であるこの私が本気を出せば、君達程度は雑草と変わらないんだ!はああああッ!!」
魔剣に魔力を集中させ、右腕を包んでいた瘴気が形のある真の魔剣へと変貌する。それを握り、ヴィータはユリウスが放った魔弾を跳ね返した。
「水ノ太刀【鏡月】!!」
「なっ!?」
しかし、間に割り込んだユウが更にそれを跳ね返す。ティアーズの魔力も足された水が壁となり、魔弾を形成していた魔力の流れを逆転させたのである。
「勝負だあああああァッ!!」
「おの、れえええぇ……ッ!!」
神雫と魔剣が衝突する度に空間が崩壊していく。そして、徐々にヴィータは押され始めていた。
(ど、どうして諦めないの……!?私に抗ったところで、この先に待つのは破滅だけだというのに……!)
「地ノ太刀【峰仙】!!」
「ぐあっ!?」
真下の空間に突き刺された神雫から神力が解き放たれ、衝撃波がヴィータを襲う。そのまま吹っ飛び、体勢を立て直すよりも前に空から雷が降り注いだ。
「【ジャッジメントボルト】!!」
「ぬうううッ……!」
エリナの最大魔法を浴び、ヴィータは派手に落下した。気がつけば、全員に強力な強化魔法が複数付与されている。阻止する暇もなく、アーリアが大規模な強化領域を展開していたらしい。
「ど、どうして私が、傷を……」
おかしい。魔力を上手く引き出せない。決着をつけようと終末領域を纏おうとしたが、それすらも出来ていない。
「まさか、ユグドラシルが……!?」
完全に侵食した筈の世界樹から、いつの間にか終末領域が殆ど感じられなくなっている。可能性があるとすれば、弱っていた女神ユグドラシルがユウ達に気を取られているヴィータの隙を突いて、終末領域を弾き返したという事だろう。
「くそっ、くそくそくそくそッ!!」
額に手を当て、取り乱したように叫ぶヴィータ。脅威度ならば英雄達の方が遥かに上の筈だというのに、格下だと侮っていた相手にここまで追い込まれている。
「そんな事があってなるものかーーーーッ!!!」
「降神雷脚、【轟絶天魔】!!」
膨大な魔力をヴィータが魔剣に纏わせようとした瞬間、凄まじい稲妻を纏ったマナの踵落としを食らってヴィータは真下に叩き落とされた。そしてその先では、納刀したユウが目を閉じ腰を低く落としている。
「銀閃一刀流、終ノ太刀────」
「くうぅっ、【スカーレットノヴァ】!!」
咄嗟に放った深紅の弾丸が猛スピードで迫る中、目を開けたユウは最高速度で抜刀。集中して溜め込んでいた魔力を刃に変えて、あらゆるものを両断する奥義を解き放つ。
「【絶界】!!」
「ッ──────!!?」
奥義は大魔法を消し飛ばし、ヴィータの胸部から血が噴き出す。それを見てユウは歯を食いしばり、それでも攻撃の手を緩めずに跳躍した。
「くそっ、魔力さえ引き出せれば私の勝ちなんだッ!!」
「光ノ太刀【閃華】!!」
「風ノ太刀【絶空】!!」
2つの斬撃が激突し、互いに衝撃で吹っ飛んだ。ユウは驚く。先程からユウが使っている太刀は、神力を応用して生み出したアドリブ技。それなのに、一目見ただけで再現したというのか。
「私がどれだけユウ君を想っているのか、私がどれだけ君を救おうとしているのか、どうして君が分かってくれないんだッ!!」
黒い魔法陣を展開し、飛び上がったヴィータがユウを睨む。
「【ブラックラグナロク】!!!」
『ユウ様、防御を!!』
「水ノ太刀【鏡月】!!」
放たれた闇の最上位魔法目掛けて神雫を振るったユウだったが、跳ね返せずに目を見開く。全力で踏み込み受け止めたものの、勢いが強すぎて押し返せない。
「むぐぐぐぐッ……!!」
「せ、先輩……!」
そんなユウを見て強化魔法を上乗せしようとしたアーリアが、魔力枯渇現象を起こして倒れかける。彼女だけではない。リースやエリナ達も、限界が訪れていた。
「もう諦めてよ、ユウ君ッ!!」
踏ん張るユウ目掛けて更にブラックラグナロクを放つヴィータ。膨れ上がった漆黒の魔法が、ユウを押し潰そうと勢いを増す。
「諦めない者にだけ、奇跡は起こるんだ……!」
「現実を見なよ!私はこの世界そのものを破滅から救うって言っているのに!」
「ぐっ!?」
3発目が追加され、神雫が軋む。それでもユウは耐え続け、更に神力を解放する。
(駄目、私だって……私だって、少しは先輩の力にならなきゃ……その為に来たんだから!)
その姿から勇気を貰ったアーリアが魔法陣を展開し、残った魔力全てを魔法へと変換。自分以外のステータス全てを一時的だが爆発的に増加させた。
「アーリア……!」
「あ、あとは、お願いします……!」
「っ、任せろ!」
僅かだが、ユウが魔法を押し返す。そんな馬鹿なとヴィータは驚愕し、4発目を放とうと魔力を手元に集中させる。
「頑張ってユウ君!」
「私達も諦めませんから!」
その直後、マナとクレハがユウの隣に立ち、闇魔法に持てる魔力全てをぶつけた。再び、闇魔法は押し返され始める。
(ああもう、マナ先生とクレハさんにはやっぱり勝てないわね!だけど、私だって……!)
(ウチだって、負けてられへんわ!)
更にリースとエリナも加わり、遂に闇魔法は跳ね返された───が。
「ぬうううッ!!【ブラックラグナロク】!!!」
4発目が追加され、再度闇魔法を巨大化させてユウ達を襲った。しかし、そこへ立ち上がったソルとユリウスが加わり魔法を受け止める。
「うっはーー!こりゃやばい!」
「僕達だって、譲れないものがあるんだ!」
「くそっ!ブラック────」
5発目の魔法陣を展開したヴィータだったが、妙な気配を感じて顔を上げる。あまりにも膨大な魔力のぶつかり合いで気が付かなかったが、何かが様々な方向から迫っている。
「事前に放っておいた伍ノ太刀【新月】、そして闇ノ太刀【月影】だッ!!」
「ぐうッ!?」
数えきれない程の不可視の斬撃に襲われ、ヴィータは蹌踉めいた。そして、それが最大の好機となる。
「今だーーーーーッ!!!」
「「「「「「はあああああッ!!!」」」」」」
魔法の威力が弱まった隙に、全ての力を使ってユウ達はブラックラグナロクを弾き返した。しまったとヴィータは目を見開くが、もう遅い。
4発分の魔力が込められた闇魔法はヴィータを飲み込み、そして盛大に炸裂する。ここで限界を迎えたのは、ユウとマナ以外の全員だった。
「終の女神が、ただの人間程度に負けてなるものかあああッ!!」
「なっ!?」
「うそ……まだ倒れないなんて!」
「そう、これだよ!この感覚だ!全世界から奪った魔力と終末領域、この全てを纏えば敗北なんて有り得ないッ!!」
封じられていた全ての力を纏い、ヴィータは笑う。あまりにも桁違いな魔力を浴びてマナは震え上がるが、隣に立つユウを見て驚いた。
彼もまた、笑っている。微塵も絶望などせずに、神力を神雫に集中させて構えていた。
「ユウ、君……?」
「マナ姉、世界樹の記憶は衝撃的だったけどさ。それでも、今この世界に生きる俺が愛しているのはマナ姉だ。俺達2人が一緒なら、どんな事だってできる……そうだろう?」
「っ……うん」
「信じてるぞ、マナ姉」
「うんっ!!」
完全なる負の化身と変貌したヴィータ目掛け、ユウは駆け出した。そんな彼にヴィータが大量の魔法を放つが、ユウはそれを迎撃しようとはしない。
「馬鹿な、特攻でもするつもり……!?」
「ちなみに信じているのはマナ姉だけじゃないからな!」
「ええ、信じてもらわないと困るわ!」
稲妻がヴィータの魔法を迎え撃つ。これにはさすがのヴィータも驚愕した。限界を迎えた筈のエリナ達が、立ち上がっている。
「ウチらが道を拓くから!」
「さっさとお姫様を連れ戻してきなあ!」
暴風と爆炎が交わり、盾となる。
「先輩に、ありったけの加速魔法を……!」
「頼みます、ユウ先輩!」
強化魔法がユウの移動速度を更に上昇させ、魔弾が迫る魔法を撃ち落としていく。
「君達程度、私がその気になれば……!」
「だったら本気で魔法を使え、ヴィータ!」
跳躍し、ユウが叫ぶ。
「君だって本当はまだ諦めてないんだろう!?世界樹の記憶の中に居た君と同じで、まだ他に世界を救う方法があるんじゃないかって!」
「何を馬鹿な事をッ!!」
「どうして俺達を一撃で消さないんだ!?それは君が、俺達に自分を止めてもらいたいからじゃないのか!」
「うるさいッ!!黙れ、黙れ黙れ黙れえッ!!」
「だったら俺が、君を止める!君を終末領域の呪縛から解き放ってみせる!」
ヴィータ目掛けてユウがクレハの星根を蹴る。空中では逃げ場が無い。ユウの言葉を聞き、ヴィータは本気で全ての力を魔剣に集中させた。
「それなら受け止めてみせなよ!終の女神が放つ絶対なる破滅の一撃を─────」
しかし次の瞬間、彼女は膝をつく。
「なっ……!?」
これまで、英雄達との戦いで受けたダメージ。そしてユウ達との激戦で受けたダメージは、確実に蓄積されていた。回復魔法では補いきれなかったそれが、このタイミングで彼女を襲ったのだ。
「来い、マナ姉ーーーーーッ!!」
「残った魔力全てを、ユウ君の力にっ……!」
そんな彼女の前で、マナが解き放った全魔力が闇を照らす雷となって神雫に集中する。
「ま、負けるわけには……」
駆け巡る稲妻を見ながら、ヴィータが魔剣を握りしめる。
「真の平和を手に入れる為に、私は……!」
「行くぞヴィータあああッ!!」
ユウが神雫を振り上げたのと、ヴィータが立ち上がったのはほぼ同時。
「奥義、雷ノ太刀!!」
「負けるわけにはいかないんだあああッ!!!」
しかし、一瞬の差は時として決着の要因となる。
「【衝破神鳴斬】!!!」
仲間達に背中を押され、放たれた絆の一撃。それはヴィータの魔剣を粉砕し、圧倒的な魔力を彼女に叩き込んだ。
(そん、な……私が、負ける……?)
視界が白く染まる中、ヴィータは呆然としていた。負ける要素など、どこにも無かった筈なのに。
(……ああ、そうか。結局私は、最後まで君に甘えていたという事なんだね……)
魔力を制御させ、この空間に呼んだのも。全ては今、手遅れの状態まで歪んでしまった自分を止めて欲しかったからだったのか。
(なら、この結果は当然だね……私の負けだよ、ユウ君────)
やがて、閃光は終わりの闇を消し飛ばした。