0.4 終わりの始まり
「兄さん、クレハは寂しいです……」
「ご、ごめんな。明日には戻ってくるから」
「うぅ〜、クレハも一緒に行きますぅ」
翌日。王都へ出発するユウに抱き着き離そうとしないクレハを見て、やれやれと息を吐いたマナは彼女の首根っこを掴んで無理矢理引き離した。
「もう、出発できないでしょう?」
「ね、姉さんも担任として王都に行くのですよね?ずるいですっ!」
「時間がある時に連絡するからさ。クレハも、俺達が居ない間に変な男が寄ってくたらすぐ連絡してくれよ?」
「兄さん〜……」
出発するその時まで甘えてくる妹を愛おしく思いながら、ユウはマナと共に王都へと向かった。そんな彼らを見送った後、クレハは落ち込みながら教室へと向かう。
父と母、ベルゼブブとディーネは霧の魔物の調査でオーデムを出ており、学園長であるソンノも王都に到着している頃だろう。今この地で最も高い実力の持ち主はこの少女だ。
(はぁ、兄さん……)
元々兄を家族以上に想い、慕っているクレハ。今回もそれ故に彼と離れ離れになるのを嫌がっていたのだが、それ以上に嫌な予感がしていた。何故かは分からないが、兄ともう会えなくなる……そんな気がしたのである。
(気の所為、ですよね……)
不安に思いながらも、何事もなく時は過ぎた。しかし、こういう時の予感というものは、やはり的中する運命なのか。
「っ、この魔力は……!?」
もうすぐ6限目の授業が終わる、そんな時だった。突如妙な魔力が学園内で解き放たれ、同時にあちこちで爆発が発生。直後に残っていた生徒達の悲鳴が響き渡る。
「くっ、まさか学園長や姉さんの不在を狙って……!?」
急いで魔導フォンを取り出して兄へ連絡しようとしたが、何故か起動しない。どれだけ魔力を流し込んでも、画面が表示されることは無かった。
「そ、そんな、どうして……!」
「ぎゃあああッ!!」
焦るクレハだったが、すぐ近くで発せられた悲鳴を聞いて我に返る。顔を上げれば、廊下を複数人の生徒が吹っ飛んでいくのが見えた。
「目標発見、攻撃を開始する」
「傭兵……!?くっ、【世界樹の星根】!」
廊下に飛び出したクレハ目掛けて、2人の傭兵が魔導機銃を乱射した。しかし迫り来る弾丸を呼び出した根で防ぎ、クレハはそのまま傭兵達を拘束。勢いよく床に叩きつける。
「その程度で、私の動きを止めれるなどと思わないことです……!」
「そうだなぁ、英雄の娘なんだしなぁ」
「え────」
次の瞬間、視界がグルグル回転した。脇腹に味わったことの無いレベルの激痛が走り、ボキボキと音が鳴り、口から血が溢れ出す。吹っ飛んだクレハは、そのまま壁を突き破って外へと投げ出された。
「はっ……がッ……!?」
2階から落下し、地面に叩きつけられたクレハはその場から動けずに呻く。そんな彼女の前に、空いた穴から跳躍した男が着地。片手で持つ大剣の切っ先をクレハに向ける。
「よう小娘、元気か〜?」
「がはっ!?げほっ、うああァッ……!」
「痛いよなぁ。分かるぜぇ、その気持ち。だって無防備な脇腹、大剣で思いっきりぶん殴ったんだからよォ!」
痛みに悶えるクレハを見て、男は心底楽しそうに笑う。それはもう、悪魔のような悪趣味な笑みである。
「俺は傭兵団〝隻腕の巨人〟団長、ギルバード。聞いてっかぁ?クレハ・シルヴァちゃん」
「ふぐぅ、うう……!」
「誰からも愛されてきたお嬢ちゃんにはちょいと刺激が強かったかね?ははっ、その姿はお似合いだけどなぁ!」
「うあああああッ!!」
目に涙を浮かべながらも、クレハは大樹の根を操作してギルバードに巻き付けた。そして魔法陣を展開し、地面を爆発させて彼を吹き飛ばす。
「おおう、まだ動けたのかい」
「はぁ、はぁ……何が、目的なのですか……!?」
「ククッ、学園の破壊とお前の抹殺。依頼主は明かせねえが、まあ自分の両親を恨むんだな」
いつの間にか、他の傭兵達も集まってきていた。彼らは血を吐きながら震えているクレハを取り囲み、魔力を纏う。
「へへっ、団長。こんなにいい女、滅多にお目にかかれねえ。ぶっ殺す前に楽しませてもらってもいいだろ?」
「そうだなぁ。確かに、身も心もズタズタにしておいた方が両親や魔導王にも結構な精神的苦痛を与えられるか。いいぜ、ぶっ壊れる程度に遊んでやりなぁ!」
「ひっ……!?」
下品な笑みを浮かべる傭兵達が、ジリジリと迫って来る。何が理由でこんな目に遭っているのか。それは分からないが、クレハが思い浮かべていたのは今朝見た兄の笑顔だった。
「に、兄さん……兄さん……ッ!」
家族……兄……最愛の人。世界で最も尊敬する人にもう一度会う為、ここで……こんな理不尽な理由で死ぬわけにはいかない。
「兄さん、私に力を────」
「────クレハ……?」
王都にて、別の魔法学園との魔導交流戦を行っている最中だった。待機室で数戦後の出番を待っていたユウだったが、不意に嫌な予感がしてそう呟いた。
「ユウ、どうしたん?」
「い、いや、別に……」
大量の汗が流れ落ちる。そんな彼を見て同じく待機中のリースは不思議がっており、すぐそばに控えていたマナもユウを心配していた。
『うぅ〜、クレハも一緒に行きますぅ』
元々甘えん坊な子だったが、今日はいつも以上に自分と離れたがらなかった。単純に一緒に居たかっただけなのかもしれないが、それでもユウにとって嫌な予感というのは良くないものだ。
「悪い、すぐ戻る!」
「えっ、ちょっとユウ君!?」
マナとリースを押しのけ、ユウは待機室から勢いよく飛び出した。そして加速魔法を使って廊下を全力疾走し、別の部屋で別校長と話をしていたソンノに叫ぶ。
「ソンノさん!お、俺を学園に戻してください!」
「はあ!?ユウか、びっくりさせるなよ。というかなんだそりゃ、お前もうちょっとで試合だろう?」
「お願いします、早くッ……!」
「はぁー?理由はなんだよ」
膝に手を置きぜえぜえ息をした後、ユウは必死の形相で言った。
「忘れ物です!」
「お前なぁ……まあいいや、空間転移陣を開きっぱなしにしておくから、さっさと戻ってこいよ?」
不審がられながらも、地面に浮かび上がった転移陣をユウは踏む。そして切り替わった景色の先で彼が見たのは────
「……………え?」
数十人の傭兵が、中庭一面を染める血溜まりの中で倒れていて────
「あん?誰だお前────」
全身が真っ赤に染まった最愛の妹を踏みつける、大剣を持った大柄な男と目が合い────
「うあああああああああッ!!!」
狂ったように駆け出したユウに、不意を突かれた男……ギルバードは弾き飛ばされた。
「クレハ、クレハッ!!」
血に沈んだ妹を抱き起こしたユウだったが、一目見ただけで絶対に助からないと思ってしまう程深い傷を見て、自分の中にある全てが砕け散るような感覚に陥った。
「にい……さん……?」
そんな彼を、消え入りそうな声でクレハが呼ぶ。うっすらと開いたその目には、果たして兄の姿は映っているのだろうか。
「あぁ、来てくださったのですね……兄さんが私に力をくれました……兄さんにもう一度お会いする為に……私……頑張ったんです」
周囲に倒れる傭兵達は、クレハがたった1人で撃破したのだ。もう魔力は微塵も感じず、触れる箇所が異様に冷たい。ユウの目から零れた涙がクレハの頬を何度も叩いた。
「兄さん……どこに居るのですか……?もう、何も見えなくって……でも……あたたかい……もう一度だけ、私の名前を────」
それが、最期の言葉だった。これまで何年もの間共に過ごしてきた妹の命が燃え尽きてから、どれだけ時間が経過しただろう。
「へぇー。お前、出来損ないのユウ・シルヴァかぁ。丁度いいや、お前を殺せば追加で報酬が貰えんだよなー」
血に濡れた大剣を楽しげに持ち直し、ギルバードは笑みを浮かべながらユウに向かって歩き出す。しかし次の瞬間、凄まじい殺気を浴びて足を止めた。
「お前ぇ……お前えぇぇぇ……ッ!」
「何だこりゃ……気持ち悪い魔力だなおい。まあいい、こっちも壊滅寸前までそのガキに暴れられてんだ。さっさとぶっ殺して報酬上乗せだ!」
「うぅあああああああーーーーーッ!!!」
魔力と魔力がぶつかり合い、そしてまた一つの命がこの世から消えた。
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「嘘だ……嘘だよ……」
呆然と両膝をつくテミス。その視線の先で狂ったように笑いながら、ギルバードに馬乗りになったユウが何度も何度も刀を振り続けていた。
その度にギルバードの体がびくりと動き、おびただしい量の血と肉片が周囲に飛び散る。ユウを迎えに来たソンノとマナ、そして隻腕の巨人のオーデム入りを知ったテミスが駆けつけた時点で、もうギルバードはただの肉塊と化していた。
それでもユウは手を止めない。叫び続けながら、ただひたすらに刀を振り続ける。
「やめて……もうやめてよユウ君!」
あまりにも凄まじい殺気と魔力に圧倒されて動けなかった3人だったが、マナがユウに駆け寄り彼の腕を掴んだ。しかし振り返ったユウの充血した瞳で睨みつけられ、マナは言葉に詰まる。
「邪魔するなあああああッ!!」
「やめろ馬鹿ッ!!」
刀を投げてもう片方の手で取り、邪魔をするマナ目掛けてユウが刀を振るう。しかしソンノの空間干渉で吹っ飛ばされ、そのまま校舎に突っ込んだ。
「テミス、早くタローに連絡しろ!私はベルゼブブ達を呼び戻して生徒達の安否を確認する!おいッ!!」
「は、は……い」
震える手で魔導フォンを操作し、テミスがタローに連絡する。彼が学園に戻ってきたのは、その僅か1分後の事だった。